かみてんせい

枝拾い。

「他の旅人さんもいると、なかなか機会がないね」
　馬車移動を始めて二日。
　日中は客車で揺られ、夜はテントで過ごす生活が続いている。

「う……うむ。そうじゃな」
　なにせ乗合馬車だ、途中の村で人が降りたかと思えば、別の人が増えてたり馬車には常に他の人が居る状態。
　私達三人だけの機会は少ないし、身を潜めるためにズーミちゃんは服を着こんで動きが鈍い。
　剣奪取けんだっしゅの隙すきがうかがえずにいる。

　港までは後三日……焦りも募るけど、気になることが一つ。

「ど…どうしたもんかの～」
　ぷるぷる震えて、雑な相槌《あいずち》でなにかをごまかすズーミちゃん。
　オインの街で一夜離れ過ごして以降、どうも様子がおかしい。

「ね。ズーミちゃん、一緒に木の枝取りに行こう」
　空が赤く染まり、馬車が街道脇に止まる。
　これから、日が落ちる前に野営の準備、焚火たきびの燃料探しに誘ってみた。

「私も手伝おう」
　いち早く客車から降りたタチが、腰に手を当て、背を反らしながらこちらを見る。

「大丈夫。いつも力仕事まかせちゃってるし、たまにはね」
「そうか。では天幕張りでもしておくか」

　
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　全身を服で隠したズーミちゃんと二人、少し離れた森林へと足を運ぶ。

「わらわは…お主が好きじゃよ……」
　ポツリと小さな声でズーミちゃんがつぶやいた。
　やっぱり、何かあるようだ…。

　葉の間から漏れる夕陽が地面を赤く照らす。
　二人きりで、もくもくと乾いた木の枝を拾い集める作業。

「私…何かしちゃったかな？ズーミちゃんの嫌がる事とか――」
　なかなか口を開いてくれないので、こちらから直球で訪ねてみる。

「ナナ……お主、イトラ様を知っておるか？」
「！？」
　なぜ、その名を私に！
　意外過ぎる返しの言葉に、動揺が隠せない。

「先日、お話しする機会があっての、その別れ際に命をうけた」
　バクバクと心臓が激しく脈打つのがわかり、今私は人の体なんだと強く意識させられる。

「今、わらわが共にしているモノに、不届きものがおる…そ奴に対処せよ…と」
「…対処」
　光の化身イトラ。さすが神代理、今の私がどうしているかを把握していたんだ。

　いったいいつから？
　もしかしたら、ダッドとの騒動で見つかったのかもしれない。

「当然。タチの事じゃと思ったよ。あやつは確かに不届きものじゃし、神殺しを目論んでおる…だが違った」
　神殺しを目的に、神殺しの剣を持つ女。
　普通そっちが対象だと考える。普通は。

「……」
「……」
　少しの間、気まずい空気が二人の間を流れた。
　赤く照らされる木々の中、どちらから口を開くべきなのか、私にはわからない。

「ナナ、お主いったい何をした？そもそも何者なんじゃ？イトラ様から直接命を授かるなんて――初めての事じゃ」
　光の化身様から、ただ一個の人間に対しての対処命令。
　混乱するのも無理はない。

　言うべきだ。隠しているのは自分の都合だけだもん。

「……今まで隠しててごめんなさい。…私――私は神なの」

カラカラ。
　突然の告白に、ズーミちゃんが抱えていた枝を腕からこぼす。
　乾いていた筈の枝は、しっとりと湿り気を帯びていた。

「――なるほど、行き過ぎた狂信者というわけか。自らを神と名乗るなどと……！」
「ちがう、本当に――」

「わらわを馬鹿にするな！お会いした事がなくとも、神と人の見わけぐらいつく！！」
　ずっと隠してた自分が悪いとはいえ、やっはり一筋縄ではいかなかった。

「見損なったぞナナ！根の優しいただの食いしん坊だと思っていたんじゃがな！」
　まだ見ぬ憧れの存在への侮辱。
　ズーミちゃんの思い違いだけど、彼女を責めることはできない。

「ごめん…わかりやすくいくね！」
　ズーミちゃんの服の前を強引に開け、ズブリと腕を中に突っ込む。
　青くプニプニした体の中に。

「ひゃう！？」
「わかるでしょ？ただの思い込み人間に、触れられるものじゃないって…！」
　ビクビクと体を波打たせるズーミちゃん。
　その体内にある源を軽く撫でる。神に授かりし源の力を――

「にゃっ……にゃぜ――！？」
「だって元々私の力だもん！これが何よりの証明だよ！」
　なでり、なでり、ズーミちゃんの体の中で、輝く塊を撫でまわす。
　普通の人間に触れるはずがない、奥の部分。


「わかっひゃ――わかっひゃからぁ…！手を……！」
「人間には無理だよね？こんなことできないよね？」
「んひゃっ…！？！？！？」
　最後にもう一撫でして、ズーミちゃんの体から腕を抜く。
　両手には懐かしい感覚と、ねっとりした液体が貼りついていた。

「ハァ…ハァ……」
「……」
　乱れた息を整えるズーミちゃん。
　これ以上の説明の手立てが思いつかない私。
　またしても、気まずい沈黙の時が流れた。

「しかし……ナナが神様…？そんな話が――まてまて！そう急くな！」
　もう一度教え込もうと、手をにぎにぎしながら、近寄った私を慌てて止めるズーミちゃん。

　少し、タチに影響を受けたかもしれない――
　とりあえず強引にやっちゃえ的な感覚が。

「聞け！例え、どうあったとしても、お主に酷い事するつもりなどなかったよ」
　えっ――そうなの？
　凄く深刻な雰囲気を出していたし、イトラに直接なにか言われたみたいだし、てっきり私にひどいことするもんだと……

　むしろ、私がひどいコトしてて。ごめんなさい。

「どうして？」
　イトラの命令は絶対なはず。
　地水火風より上位存在でもあるし、単純に力も強い。
　逆らえる相手じゃないはずだ。

「……いい奴じゃから」
　本当にごめんなさい。勝手に体の中を撫でまわしたりして。

「ダッドの件で学んだのじゃ、自分の感覚をもうちょっとは信じると……」
「ありがとう――なんか嬉しい。」
「しかし、本当にお主は神様なのか？どうして人間に……？」
　当然の疑問だ。それの答えは今でも明確に覚えている。

「えっと、人生を楽しんでみたくて！」
「……」
　まじかコイツと、ズーミちゃんの顔に描いてある。
　私が神だとバレてなければ、きっと口に出して言っていた。
　それぐらい言い合える仲になっていたから。

「信じてもらうのは難しいとおもうけど、私が地上に降りた場所、パンテオンに行けば戻れるから」
　聖地パンテオン。私が人に転生し、初めて受肉した場所。

「それじゃ。聖地に向かわせぬよう対処しろと言われたんじゃ……旧聖地に」
「それが命令？」
「遅延、足止め、で手段はなんでもよいと……」
　ズーミちゃんが少し口ごもる。

「殺せって？」
「明確に言われんかったが……」
「殺しても、生まれ変わるだけだからね。下手したら聖地の近くで生まれるかもだし」
　パタパタ手を振って、冗談めかすが事実だ。

「ナナが――神様。」
　まだ、信じ切れていないのだろう。
　考え込むように深くうつ向き、思い出すように天を仰ぐ。じっくりと。
　

「すいませんじゃったのでしたじゃーーー！！！」
　突然盛大に土下座し、地面に何度も頭をこすりつけるズーミちゃん。
　体中がプルプル震えている。

「ど、どうしたの急に！？」
「じゃって！じゃって！今までいろいろと失礼な口や行動を……！しかもタチに剣を…！！」
　確かに言ってたね。ただの食いしん坊とか、そんなに食うとブタになるぞとか。割と気になるようなことを――！
　
　べちんべちんと平謝りで、頭とツインテールを地面にぶつけるズーミちゃん。

「私が悪いんだよ！隠し事して、黙ってて！こっちこそごめんね！！」
　負けじと私も両ひざをついてズーミちゃんに謝る。

「やめてくだされ！だめですのじゃ！！」
「ズーミちゃんがやめなきゃ私もやめられないよ！」
　向かい合って土下座をする。
　二人のおでこは泥だらけ。
　ある意味とっても仲良しだ。

「思い返せば「ただの卑しい食いしん坊」「変態の愛玩動物」「ただの囮おとり」などと思っておって…！」
「それは――ッ！言われた言葉よりだいぶきつくない！？」
　ガバリと顔を上げズーミちゃんを見る。土下座勝負は私の負けだ。
　だって「ただの食いしん坊」に「卑しい」付けられちゃったらね。

　確かに、前から少し漏れてた。作戦のエサとか平気で言ってたし。

「とりあえず。この話は一旦ここで終わり。もう戻らないと、怪しまれちゃう」
「わ……わかりましたのですじゃ…！」
「今まで通りに話そうよ。なんか語尾もおかしくなってるし」
「はいなのですじゃ！」
　
　二人、急いで散らかした枝を拾いなおし、馬車の所に戻る。
　泥だらけの顔の言い訳を考えながら。