かみてんせい

あゆみのり

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力任せ。

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 帰りを待つ二人娘を残し、迷うことなく水玉を飛び出す。
 水をかく私の手足は前回よりさらに力強い。
 なにせ私だ。「神殺し」で「今を愛す女」タチ。

 水中の景色を楽しむ事もなく一直線に突き進み、黒い剣へと再び手を伸ばした。

 水圧とは別の、薄汚くて、卑しい圧力が伸ばした右手に入り込む。

 片腹痛い。
 この私の「我」に影響を与えようなどと……!
(誰に喧嘩を売ったか思い知らせてやる…!)

 指先が黒くなり、手の甲、二の腕までの血管が皮膚の内側でブチブチ音をたて千切れていく。

(面白い!面白いぞ!)
 帰りを待つ、かわいい二人も私の戦いを見ている。それもまた、たまらなく燃える。

 無念、喪失――なるほど怒りの感情の次は、そういう感じで私の心を揺さぶろうというわけか。
 自分の心が、感情の荒波にもまれているのがわかる。
 勝手に涙が零れているが、そのまま湖の中に溶け込んだ。

 くだらない。私は負けない。私は強い。私はエロい。
 悪魔と契約し、元気で丈夫な体を欲したほど、エロい。

(見ていろ!私の勇士を!!)
 背中を押す二人の熱い視線を感じる。
 あきれ返った冷たい視線なような気もするが、私に届くころには何もかもが熱く燃え上がるのだから、結果的には熱線だ。

 目視はしていないが、二人とも惚れた女の顔をしてるに違いない。

(貴様もだ!神殺し!)
 じっとりじっとり柄へと指を伸ばす。
 混じりまざった負の感情を流し込まれ、涙も鼻血も出しっぱなしだが問題は無い。ここは水中だ。
 爪がはがれ、神経が裂け、激しい痛みが体を襲うが、ただの生きている証拠だ。

(私のモノになれ!私の……!!)
 どんなに汚い感情を押し込まれようと、心を掴んで乱されようと、私の湧き上がる熱はとどまることをしらない。
 いや、むしろ燃え上がる。

(帰ったら抱いてやろう、ズーミもナナも全部全部!!)
 私は全てを愛せる。――もっともっと全力で打ち負かしに来い。
(お前にも見せつけてやるからな……神殺し!)
 
 強い気持ち。強い思いは必ず勝つのである。
 なぜなら、強いのだから。
 
 黒々とした剣を手に取った私は、勝利の雄たけびを泡に変え、ボロボロの腕を水中に掲げた。



一方その頃、ナナ達はというと。

「あちゃ~まずいの……手に取りおった……」
 額に手をあて目をつぶるズーミちゃん。
 私たち二人の全力での応援もむなしく、神殺しはタチに組み伏せられてしまった……。

「あ…あぁ~…あぁ――ッ!!!」
 あんな化け物が、神殺しを手に入れてしまった絶望。
 私の波乱が近づいた悲しみ。
 ちょっとでもタチを心配してしまった愚かさ。

 その全てがのしかかり、うめき声がだだ漏れる私。



「どうしよう――他の化身に怒られてしまう……!神様すまぬ~!!」
「すまぬじゃすまないッ――すまないよぉぉおおお~!!絶対手にできないって言ってたじゃん!!!」
 あたってもしょうがないのは重々承知だけど、あたらずにいられるものか。
 だって、してやったり顔でタチがこっちに泳いでくるんだもん――「神殺し」片手に…!

 やだ。だめ。そんな物騒なモノ持って帰ってこないで!!
 
ザプン。
 勝者タチ様が水玉にご帰還した。
 こちらの気など知らず、神と、神の眷属には御法度の剣を持って。

「まてまてタチ!わらわそれ近寄れんし水玉ごと破裂して――……あれ?」
「犯ったぞ!!」
 戦利品を再び掲げるタチ。
 距離を離そうと、慌てて水玉の内壁に体をこすり寄せる私とズーミちゃん。
 
 ――しかし何事も起こらない。どうも剣の様子がおかしいのだ。

「……なんか灰色になってない?」
 真っ黒だった刀身が少し白みがかっている。
 周りの景色も飲み込むほどに黒かった剣が、灰色に変色していた。
「圧も消えておるな…?」
 ツンツンとズーミちゃんが剣をつつく。
 近寄れもしなかった剣に、眷属である化身が触れている。
 ……ということは、剣の持つ独自の力が消失した?

「そんな…!まさか……死んだのかお前!?」
 タチが愕然と剣を見つめた。
 死ぬとかあるの……?それ?

「もともと生きとらんじゃろ」
「力任せに屈服させたからな……こう絵にすると頭を掴んで強引に後ろからパンパン腰を――」
 なにか例えに色がまじってるのが気になるが、神殺しが無力化されたのなら私にとって、とても喜ばしい。
 タチが無理やり捕まえたおかげで、剣に宿った意志が打ち消されたのかも?
 
「やっぱり、それぞれの意志とか気持ちとか大事にしないとね…!」
 自分の強引さを悔やみ、水玉の中で膝を堕とすタチにお説教をくれてやる。
 良かった。本当に良かった。絶望の淵に希望ありだ。

「負けるな!神殺し!お前はその程度じゃないだろう!やれば出来る子なはずだろう!!!」
 今際の際を引き延ばそうと、必死に剣に声をかけるタチ。

 とっても怪しい絵面だけど、全然受け入れましょう。
 だって一難去ったもん。いいよ、いいよ。たくさんしゃべりなさい。
 死んでしまった剣と。

「私と戦った時のお前は、もっと薄汚く粘り強かったじゃないか!!」
 まるで戦地で相まみえた好敵手への言葉だ。
 往生際の悪いことを……時にはあきらめることも肝心なんだよタチ。
 もう、静かに逝かせてあげ――

「……ひっ!?」
 ズーミちゃんが悲鳴を上げ、私の体がビクンと跳ねた。
 二人の視線は同じ武器に注がれている……。
 
 黒さを取り戻した、神殺しの剣に……!

「良い子だ!やればできる子だ!そうでないとな!!」
 満足げにうなずくタチが、黒に染まった剣を、ちょっとやらしい手つきで撫でまわす。


「ちょっとまって!そんなことある!?」
 膝がガタガタと怯えて笑うのが止まらない。
 神への恨み。禍々しい圧力――!
 
 とっさにズーミちゃんにしがみ付くが、そのズーミちゃんももちろん、ぷるぷる体を震わせている。

「そッ……そうじゃそうじゃ!さっき死にかけてたじゃろう!なんでそうなるんじゃ!最初からずっとデタラメじゃ!!」
 失態を怒られずに済む道が見え、一安心だったはずのズーミちゃんも、剣の圧に気おされ涙目だ。
 二人で抱き合い、一緒に縮こまる事しかできない。

「なんでといわれても……気のものだろうしな」
 軽い!確かに、そもそも人の意志で力の宿った剣だけど…!
「とはいえ…・・・元気はないようだ」
 タチの言う通り。
 剣が力を取り戻したのは一瞬だけで、スゥゥと黒味が引いて圧が消える。

「死んだ……というより引きこもった感じじゃったのか…?」
「のようだ。激しいぶつかり合いだったからな。少し休ませてやろう」
 寝かしつけるかのように、剣を一撫でし、後ろ腰に装備するタチ。

「「のようだ。」じゃない!それじゃ困るよ!」
 ズーミちゃんと二人、抱き合った抗議の声を荒げる。

「なぜだ?意思や気持ちは大事なのだろう?大切にしてやらんとな」
「う゛っ……」
 ちゃんと聞いてたのか、私の説教。
 他人を尊重する姿勢……それはとっても大切だ……でも。でも!

「そう怯えるな。乗りこなしてやるさ」
 使いこなされたら困るの!あなたの目的も剣の思いも成就(じょうじゅ)した日には……!
 
(神殺しの剣……これで斬られたらどうなるんだろう?)
 今は圧が消えているが、目に入るだけで、心臓が冷えるのは変わらない。
 
 滅茶苦茶痛そうなのはもちろん。本当に死ぬのだろうか?
 
 つまり人のように神様も終わるのだろうか?
 今この体で斬られたら、転生を断ち切られる事もあるのだろうか?――そしたらどうなるのだろう?

「手間取らせた、次はナナの目的地だな。パンテオンだったか?共に行くぞ」
「う……うん」
 もっともっと手間取ってほしかったですけど……。
 なんなら手にできない、せめて手にできても使いこなせない、ぐらいを期待してたんだけど……。
 
 ――何にしてもだ。今の私じゃわからないことだらけ。とりあえず元に戻ってから何事も始めればいい。
 そのためにともかく聖地へ……

「神殺しと旅か……ゾッとするの」
 そうなんだよズーミちゃん。しかも私標的の神様なんだよ。
 今すぐにでも愚痴りたいところだけれど、いらぬ面倒ごとを巻き起こしそうなので、胸の内に隠しておく。

 水の化身と、神と、神殺しを持った人間が、水面へと浮上していく水玉の中で寄りそう。
 宿敵のような、仲良しのような不思議な関係……。
 うち二人はさっきからずっと震えが止まらないんだけれども……。

「狭いから。狭いからな!」
 行きと同じく、タチの手に握られているのは私のムネ。
 だけどまぁいい、恐ろしい剣を握られるよりは――

「上にあがったら、今度こそ抱いてやるからな。安心しろ!」
「……」
 興奮冷めやらぬタチが何かわめいているけど、それもいいのだ。
 そんな俗でしょうにもない事、気にしてる場合じゃない。

「楽しみだな!剣に見られながらヤるなんて人類初の体験じゃないか!?よかったなナナ貴重な初体験だぞ!!」
「……」

 ――やっぱり良くない!!聖地にたどり着く前に、色々どうにかしないと!!!
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