かみてんせい

あゆみのり

文字の大きさ
上 下
14 / 89

力任せ。

しおりを挟む
 帰りを待つ二人娘を残し、迷うことなく水玉を飛び出す。
 水をかく私の手足は前回よりさらに力強い。
 なにせ私だ。「神殺し」で「今を愛す女」タチ。

 水中の景色を楽しむ事もなく一直線に突き進み、黒い剣へと再び手を伸ばした。

 水圧とは別の、薄汚くて、卑しい圧力が伸ばした右手に入り込む。

 片腹痛い。
 この私の「我」に影響を与えようなどと……!
(誰に喧嘩を売ったか思い知らせてやる…!)

 指先が黒くなり、手の甲、二の腕までの血管が皮膚の内側でブチブチ音をたて千切れていく。

(面白い!面白いぞ!)
 帰りを待つ、かわいい二人も私の戦いを見ている。それもまた、たまらなく燃える。

 無念、喪失――なるほど怒りの感情の次は、そういう感じで私の心を揺さぶろうというわけか。
 自分の心が、感情の荒波にもまれているのがわかる。
 勝手に涙が零れているが、そのまま湖の中に溶け込んだ。

 くだらない。私は負けない。私は強い。私はエロい。
 悪魔と契約し、元気で丈夫な体を欲したほど、エロい。

(見ていろ!私の勇士を!!)
 背中を押す二人の熱い視線を感じる。
 あきれ返った冷たい視線なような気もするが、私に届くころには何もかもが熱く燃え上がるのだから、結果的には熱線だ。

 目視はしていないが、二人とも惚れた女の顔をしてるに違いない。

(貴様もだ!神殺し!)
 じっとりじっとり柄へと指を伸ばす。
 混じりまざった負の感情を流し込まれ、涙も鼻血も出しっぱなしだが問題は無い。ここは水中だ。
 爪がはがれ、神経が裂け、激しい痛みが体を襲うが、ただの生きている証拠だ。

(私のモノになれ!私の……!!)
 どんなに汚い感情を押し込まれようと、心を掴んで乱されようと、私の湧き上がる熱はとどまることをしらない。
 いや、むしろ燃え上がる。

(帰ったら抱いてやろう、ズーミもナナも全部全部!!)
 私は全てを愛せる。――もっともっと全力で打ち負かしに来い。
(お前にも見せつけてやるからな……神殺し!)
 
 強い気持ち。強い思いは必ず勝つのである。
 なぜなら、強いのだから。
 
 黒々とした剣を手に取った私は、勝利の雄たけびを泡に変え、ボロボロの腕を水中に掲げた。



一方その頃、ナナ達はというと。

「あちゃ~まずいの……手に取りおった……」
 額に手をあて目をつぶるズーミちゃん。
 私たち二人の全力での応援もむなしく、神殺しはタチに組み伏せられてしまった……。

「あ…あぁ~…あぁ――ッ!!!」
 あんな化け物が、神殺しを手に入れてしまった絶望。
 私の波乱が近づいた悲しみ。
 ちょっとでもタチを心配してしまった愚かさ。

 その全てがのしかかり、うめき声がだだ漏れる私。



「どうしよう――他の化身に怒られてしまう……!神様すまぬ~!!」
「すまぬじゃすまないッ――すまないよぉぉおおお~!!絶対手にできないって言ってたじゃん!!!」
 あたってもしょうがないのは重々承知だけど、あたらずにいられるものか。
 だって、してやったり顔でタチがこっちに泳いでくるんだもん――「神殺し」片手に…!

 やだ。だめ。そんな物騒なモノ持って帰ってこないで!!
 
ザプン。
 勝者タチ様が水玉にご帰還した。
 こちらの気など知らず、神と、神の眷属には御法度の剣を持って。

「まてまてタチ!わらわそれ近寄れんし水玉ごと破裂して――……あれ?」
「犯ったぞ!!」
 戦利品を再び掲げるタチ。
 距離を離そうと、慌てて水玉の内壁に体をこすり寄せる私とズーミちゃん。
 
 ――しかし何事も起こらない。どうも剣の様子がおかしいのだ。

「……なんか灰色になってない?」
 真っ黒だった刀身が少し白みがかっている。
 周りの景色も飲み込むほどに黒かった剣が、灰色に変色していた。
「圧も消えておるな…?」
 ツンツンとズーミちゃんが剣をつつく。
 近寄れもしなかった剣に、眷属である化身が触れている。
 ……ということは、剣の持つ独自の力が消失した?

「そんな…!まさか……死んだのかお前!?」
 タチが愕然と剣を見つめた。
 死ぬとかあるの……?それ?

「もともと生きとらんじゃろ」
「力任せに屈服させたからな……こう絵にすると頭を掴んで強引に後ろからパンパン腰を――」
 なにか例えに色がまじってるのが気になるが、神殺しが無力化されたのなら私にとって、とても喜ばしい。
 タチが無理やり捕まえたおかげで、剣に宿った意志が打ち消されたのかも?
 
「やっぱり、それぞれの意志とか気持ちとか大事にしないとね…!」
 自分の強引さを悔やみ、水玉の中で膝を堕とすタチにお説教をくれてやる。
 良かった。本当に良かった。絶望の淵に希望ありだ。

「負けるな!神殺し!お前はその程度じゃないだろう!やれば出来る子なはずだろう!!!」
 今際の際を引き延ばそうと、必死に剣に声をかけるタチ。

 とっても怪しい絵面だけど、全然受け入れましょう。
 だって一難去ったもん。いいよ、いいよ。たくさんしゃべりなさい。
 死んでしまった剣と。

「私と戦った時のお前は、もっと薄汚く粘り強かったじゃないか!!」
 まるで戦地で相まみえた好敵手への言葉だ。
 往生際の悪いことを……時にはあきらめることも肝心なんだよタチ。
 もう、静かに逝かせてあげ――

「……ひっ!?」
 ズーミちゃんが悲鳴を上げ、私の体がビクンと跳ねた。
 二人の視線は同じ武器に注がれている……。
 
 黒さを取り戻した、神殺しの剣に……!

「良い子だ!やればできる子だ!そうでないとな!!」
 満足げにうなずくタチが、黒に染まった剣を、ちょっとやらしい手つきで撫でまわす。


「ちょっとまって!そんなことある!?」
 膝がガタガタと怯えて笑うのが止まらない。
 神への恨み。禍々しい圧力――!
 
 とっさにズーミちゃんにしがみ付くが、そのズーミちゃんももちろん、ぷるぷる体を震わせている。

「そッ……そうじゃそうじゃ!さっき死にかけてたじゃろう!なんでそうなるんじゃ!最初からずっとデタラメじゃ!!」
 失態を怒られずに済む道が見え、一安心だったはずのズーミちゃんも、剣の圧に気おされ涙目だ。
 二人で抱き合い、一緒に縮こまる事しかできない。

「なんでといわれても……気のものだろうしな」
 軽い!確かに、そもそも人の意志で力の宿った剣だけど…!
「とはいえ…・・・元気はないようだ」
 タチの言う通り。
 剣が力を取り戻したのは一瞬だけで、スゥゥと黒味が引いて圧が消える。

「死んだ……というより引きこもった感じじゃったのか…?」
「のようだ。激しいぶつかり合いだったからな。少し休ませてやろう」
 寝かしつけるかのように、剣を一撫でし、後ろ腰に装備するタチ。

「「のようだ。」じゃない!それじゃ困るよ!」
 ズーミちゃんと二人、抱き合った抗議の声を荒げる。

「なぜだ?意思や気持ちは大事なのだろう?大切にしてやらんとな」
「う゛っ……」
 ちゃんと聞いてたのか、私の説教。
 他人を尊重する姿勢……それはとっても大切だ……でも。でも!

「そう怯えるな。乗りこなしてやるさ」
 使いこなされたら困るの!あなたの目的も剣の思いも成就(じょうじゅ)した日には……!
 
(神殺しの剣……これで斬られたらどうなるんだろう?)
 今は圧が消えているが、目に入るだけで、心臓が冷えるのは変わらない。
 
 滅茶苦茶痛そうなのはもちろん。本当に死ぬのだろうか?
 
 つまり人のように神様も終わるのだろうか?
 今この体で斬られたら、転生を断ち切られる事もあるのだろうか?――そしたらどうなるのだろう?

「手間取らせた、次はナナの目的地だな。パンテオンだったか?共に行くぞ」
「う……うん」
 もっともっと手間取ってほしかったですけど……。
 なんなら手にできない、せめて手にできても使いこなせない、ぐらいを期待してたんだけど……。
 
 ――何にしてもだ。今の私じゃわからないことだらけ。とりあえず元に戻ってから何事も始めればいい。
 そのためにともかく聖地へ……

「神殺しと旅か……ゾッとするの」
 そうなんだよズーミちゃん。しかも私標的の神様なんだよ。
 今すぐにでも愚痴りたいところだけれど、いらぬ面倒ごとを巻き起こしそうなので、胸の内に隠しておく。

 水の化身と、神と、神殺しを持った人間が、水面へと浮上していく水玉の中で寄りそう。
 宿敵のような、仲良しのような不思議な関係……。
 うち二人はさっきからずっと震えが止まらないんだけれども……。

「狭いから。狭いからな!」
 行きと同じく、タチの手に握られているのは私のムネ。
 だけどまぁいい、恐ろしい剣を握られるよりは――

「上にあがったら、今度こそ抱いてやるからな。安心しろ!」
「……」
 興奮冷めやらぬタチが何かわめいているけど、それもいいのだ。
 そんな俗でしょうにもない事、気にしてる場合じゃない。

「楽しみだな!剣に見られながらヤるなんて人類初の体験じゃないか!?よかったなナナ貴重な初体験だぞ!!」
「……」

 ――やっぱり良くない!!聖地にたどり着く前に、色々どうにかしないと!!!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺わかば🌱
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

処理中です...