かみてんせい

あゆみのり

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媚びろってなんだ!

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 いつ終わるともしれない戦闘はまだ続いていた。「無い」「無い」の私にできる事なんて当然ない。
 ただただ戦いを見守るばかりがもどかしい。

「タチ!!」
「なんだ!」
「なんかおっきくなってる!!」
 至近距離で攻防を繰り広げているタチにはわからなかったのかもしれない。
 けど確かに、ダッドは大きくなっている。
 
ギュムギュム!
 唐突に、三体の土の化身がくっつき滅茶苦茶大きな一つの塊となった。
 たぶん十メートルはある。見上げる首が痛いほどの高さだ。

「まだ、芸を隠していたとは……悪くないぞ!」
 傍から見るとだいぶ窮地《きゅうち》に見えるけど、タチ的には嬉しそうだ。
 ……どういう心の流れをしてるのだろう?

「ナナ!」
「なに!?」
「もっと応援してくれ!」
 やっぱり追い詰められているんだ――
 タチの額に流れる汗は増え、動きの切れがなくなっているのが私でもわかる。
 
 悪魔と契約したとはいえ、たった一人で土の化身と戦っているのだから当然だ。

「そんなものでよければ!がんば――」
 私の声援なんかにすがるほど、余力がないんだね……!
 せめて全力で応援しようとする声に割って入られた。

「違う!!なんかこう――もっと媚びた可愛いヤツをくれ!!!」
 ――あれ?どうしてそうなるの?タチさん??
 健気にも人々のために戦うあなたの勇士を称え、声を出そうとしたんだよ?
 神が。

「えっと……なんでー!?」
 ちゃんと彼女の耳に届くよう大きな声で伝える。
 バカヤローと叫ぶかの二択は少し迷った。

「元気が出るからだ!早く媚びろ!!!」

(ぐぬぬぬ……!)
 なんか私怒られてますか?
 彼女という存在を学べていない私が悪いみたいに、変わらず、引かず、悪びれず、怒鳴られた。

「思いは力だぞ!!早く媚びろ!!!」
「良いコト風に言わないでよ!」
 人として正しい姿勢を示すかのように、神様を急かすタチ。

 えぇい!「恥ずかしい」とか「なんで?」とか迷っている場合か!
 実際に戦ってくれている、彼女の助けになるというなら従うのみ!
 別に損するわけじゃない!!!

「タ……タチすてきぃ~!かっこいぃー!」
 だめだ!テレが隠しきれない。結果よけいに恥ずかしい感じになってる……!

「ふざけているのか!!!」
 ここ一番の怒号が敵ではなく私に降り注ぐ。
 それはもう、めちゃくちゃ大きな声で。

 なぜ……!!
 その思い、殴り合ってる相手にぶつけてよ!!!

「媚びた可愛い応援ってどうやればいいのさ!」
 昔の事はだいぶ忘れているけど、十三回の人生でたぶん一度もしたことはない。
 媚びた可愛い応援ってなんだ?

「愛と欲情を込めてだな――」

ドゴン!
 寝返ってやろうか――
 そんな思いが脳裏に浮かんだ時、高所で鈍い音がした。

「タチ!!」
 ダッドの振った大きな腕をかわし損ねたのだ。
 先ほどまでと大きさも距離感も違う相手にたまる疲労、いつかこうなるのは必然だった。
 
 巨大化したダッドの体を駆け上り、攻防を繰り広げていたタチ。
 撃ち落とされる形で攻撃を食らった彼女が、宙に舞い落ちてくる。

(あの高さじゃ死んじゃう!)
 意識がないのかぐったりしたまま落下するタチ。
 ともかく駆け寄る私。

(受け止めに行く意味なんてあるのかな!?これ――!?)
 足が動く、全力で。
 私は死んだって次がある。せめてクッション代わりにでもなれれば。 
 
「間に合って……!」
 どうにか、ギリギリ受け止めッ――。

ドプン。
 目の前に青い色が広がった。
 
 もっちゃりした水音にタチが包まれ、全力で走っていた私もその水玉につっこむ。

 見たことのある粘度の高い水の玉。
 タチが水攻めを楽しんでいたヤツだ。

「無謀じゃな。間に合ったとしても、二人ぶつかって共倒れするだけじゃろ」
「ズーミちゃん!」
 ぱちゃりと水から顔を出すと、目の前には両腕を組んだ水の化身が立っていた。

「ナンノ…ツモリダ……」
 空がしゃべっているみたいに、高い高いとこからくぐもった声がする。

「こちらのセリフじゃ。わらわが引き継いだ地で勝手をしおって!」 
 ズーミちゃんがダッドと向かい合い睨みつける。
 一方私は水玉に受け止められたタチが、溺れてしまわないように抱きかかえた。
 

「人と化身なら化身につく――と言いたい所じゃが」
 ズーミちゃんがグッと右手の拳を固め、ダッドの方に勢いよく伸ばした。
「勝手に我が地を荒らすアホウと、おいしいもちもちを作るおじさんならば別!素敵なおじさんにつくのがどおりじゃ!!!」
 その小さな体から迷いは消え、強い意志がみなぎっているのがわかる。

 水玉から抱えだしたタチが、ゲホゴホと咳き込む。
 良かった生きてるし、意識もある。
 タチの容体を確認し、私は声を張り上げたズーミちゃんの背中に声をかける。


「そうだ!そうだ!もちもちは美味しいんだぞ!!!」
 タチの事が心配で話をちゃんと聞いてなかったけど、なんとなくノリで同意しておく。
 もちもちって単語は聞こえたので、乗っておいて間違いはないはずだ。
 

「タチ、まだ戦えるか?」
「まかせろ」
 さっきまで意識が飛んでいたはずのタチが、私の腕の中で目に闘士をギラつかせていた。。
 さすがタチ。言葉通り常人じゃない。

「本当に大丈夫……?」

むにむにむに。
 攻撃を受け撃ち落された彼女を助けに走り。
 水玉の中、意識の無いタチが沈まぬようにと抱きかかえた私。
  
 そのとっても親切な私の胸に、顔をグリグリと押し付けビッと親指を立てるタチ。

 さすがタチ。言葉通り常識人じゃない。

「ナナのおかげで全快した。まかせろ」
「移動はわらわが担《にな》おう!」
 ズーミちゃんが腕を上げると、水の玉が伸びて道となり、私とタチをダッドの方へと流れ運ぶ。
 走らなくても水の流れで移動する道だ。
 なんと楽ちん。

「ナナ!おぬし、わらわの源の場所を正確に見抜き、つかみおったな!」
「えっ――うん…!!」
 突然その話?急に出た予想外の話題に、少し返事が遅れる。
 もしかして、私が神様だってバレた?

「ここにいるのはダッドの一部分といえど、ある程度の密度をもてば源の力も塊がある!だからこその合体パワーアップ!」
「……そうか!」
 確かに、三体に分かれていたときは感じなかったけど、今はかすかに力を感じる。
 化身達に神が分け与えた「源の力」
 懐かしい感覚。
 
 ダッドがくっついてくれたおかげで、「源」もある程度の塊になっているわけだ。

「策があるんだな?」
 流れる水に乗り、剣を構えるタチ。
 今気づいたけれど、タチの右腕が紫色に腫れている。
 さっき攻撃を受けた部分だろうか?だいぶ心配だ。

「ダッドの源の位置はどこじゃ!?おぬしなら、わかるのじゃろうナナ!!」
「ちょっとまってね!」 
 ダッドの攻撃をかわすため、私とタチを乗せたままウネウネと蛇行するズーミちゃんの水流。
 私はバランスをとりつつ目を凝らす。
 
 焦るな――、焦るな――、えっと、えっと……。

「かわいいぞナナ!今すぐ抱いて可愛がってやりたいほどだ!!」
 ダッドの縦ぶりの攻撃を避けるため、裂けるように二手に分かれた水の道。
 一本が細くなった水の道には、一人ずつしか乗れる幅がないので、必然タチと私も二手に離れた。
 その、離れた向こうの方でなんか叫んでる。



「小娘の邪魔をするな色ぼけ!!」
 下の方でも何か叫んでる。
 巨大なダッドに私達を送り出したズーミちゃんが。

「正しい応援の仕方をだな――」
「緊張感をもてんのかおぬしは!!」
 二人とも私を思っての言葉だろうけど――、どっちも耳に入りまくって気が散るんだけど!……ん?

 太陽光が水流に反射した輝きかな……?今キラリと――

「見つけた!左の肩!でっぱてる所のあたり!」
「良い子だ!!!何か知らんがそこに着けばいいんだな!!」
「そうじゃ!ナナをそこまで運べばなんとかなるはずじゃ!」
 分かれていた水流が再び繋がり、合流しざまタチに頭を撫でられた。
 まるでお触り通り魔――でもなぜか、ちょっとだけ嬉しい。

「ちっと速めるが落ちるなよ!」
 ズーミちゃんの声で水流が加速し、ダッドの左肩へと向かって大きな弧を絵描く。
 水しぶきが私の体を叩き、風が髪を描き乱す。
 
「続け!私が露払う!!」
「うん!」
 タチが先に飛び、続く私。
 空中で襲い来るダッドの攻撃を、斬撃と水撃が撃ち落とし、目標である肩の出っ張りにタチが斬りかかる。
 連続した斬りで、細切れになる土の体。

(……見えた!)
 崩れ落ちる土の中にキラリと輝く「源」。
 タチが斬りだしてくれたソレに飛び掛かる。

「ガ……!?」
 表情の読めない土の化身の顔に、驚愕の色が浮かんだ。 
 今私が握ったこれは「源」で正解みたい。

「ごめんね!!」

ギュウゥウウ!
 ズーミちゃんを握りしめた時と違い、全力で。
 じゃないと止められそうにないから。

(ごめん!ホントごめんね!私を思って行動してくれたんだろうけど……!)

「ゴッガ……!ガ…ッ!?」
 ダッドが苦しそうにひとしきり暴れ、やがてその動きが固まる。
 長いこと揺れていた地面も、やっと平静を取り戻した。

「ガァアアァアア!!!」

パァン!
 大きな破裂音と共に高さ十メートルはあったであろう土の塊が一斉に崩れた。
 土の豪雨だ。

「やった!!」
 余りの喜び――というより、安堵の気持ちで声が出た。
 空中に放り出され、土と一緒に落下しながら。
 
 わりとピンチな気もする。
 タチが落下した時より高度もあるし。

「よくやったぞナナ。握った拳が可愛らしいな!」
 まぁ、私は死んでも次があるし、いいか。
 そんな気持ちが湧くと同時に耳元で声がした。

 ズーミちゃんの操る水流に乗り、タチが私をキャッチしてくれたのだ。
 もちろん胸は触ってる。

 完全に変態で、許されざる行為だけども、許してあげよう。
  
 実は、タチが攻撃を受けて落下した時の事が気になってたから。
 タイミングがタミングだったので「もしかして私の応援が下手だったばかりに負けたのかも?」とか、ちょっと思ってしまって……。

 もしあの時、私が全力で「媚び可愛く応援」できてたら……そんなわけないと思うけど、このタチさんなら滅茶苦茶パワーアップとかしたかもしれないとか思ってしまう。
 そうしたら、今私を抱きかかえている腕も、紫色に変色しなかったわけで――

 まぁ――。まぁ――。今ぐらいは、胸ぐらいは。
 

「後で褒美に抱いてやるからな!たっぷり味わうんだぞ?」
 そう言ったタチが、王子様のごとくおでこにキスをした。
 私の。

 もう驚かない――なんてことはなく、普通にびっくりするし頬も赤らむ。

「誰にとってのご褒美さ!?」
「双方にとってだ!!」
「おい!いちゃつくのは良いが暴れるな!振り落してしまう!」
 今朝と同じ、三人でのわちゃわちゃがまた始まった。
 
 崩れてしまった店並や、タチのダメージは心配だけど、とりあえず土の化身を退けることには成功したみたい。
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