かみてんせい

あゆみのり

文字の大きさ
上 下
8 / 89

逃げて欲しい。

しおりを挟む
「まてまてまて!なに人の土地に入り込んでおる!!」
 小さな水の化身ズーミと、大きな土の化身。
 なかなか可哀そうな対比だが、ズーミちゃんは物怖じすることもなく物申す。

「カミ…ゴロシ……」
 体と同じ大きく、くぐもった声が空気を振動させる。
 土の化身がしゃべるだけで、私の足元がグラつき地面が揺れた。

「う゛っ――ちゃ……ちゃんとわらわが管理しておるよ。ダッド」
 みるからに困惑顔のズーミちゃん。
 表情だけでなく体内にある気泡までもぷるぷる震えているのがわかる。

 ごまかすの苦手そうだな…。

「カン……リ?」
 大きな土の塊の上のほう、いわゆる頭部に穴がみっつあった。
 ちょうど人でいう目と口の位置に。

 土の化身、ダッドはあたりをゆっくり見渡した。
 見るといっても目の位置にあるのはただの穴、彼に視覚があるのかは不明だけど。

「カン…リ……」
 あの大きさだと、さぞ見通しの良いことだろう。
 数々の青い店並びと、色んな「神殺し」と冠したのぼりがたくさん……。

「う、うむ。その……人間どもは、ただ賑わかしてるだけじゃ!それを台無しにしおって!」
 ダッドの出現前の揺れ。
 あれもだいぶ広域に被害を及ぼしたようだが、なによりせりあがって来た時の動きで、ダッドの周辺にあった十近くの店は全壊していた。
 泥にまみれた青色の旗と、少し前までお店だった木くずが散らばっている。

「キケン…ホウチデキナイ」
「ここはわらわが任された土地じゃ!互いの地に無下に踏み込まぬのが礼節じゃろう!!」
「オマエ…タヨリナイ……ニダイメ」
 
 二代目……?化身に世代なんてあるの?記憶をさぐれど覚えがない……。
 そういえば、ズーミちゃんには抱かなかったけど、目の前のダッドは懐かしい感じがする。

 そもそも化身たちに直接あったのが千年ぶりとかだ。
 姿かたちに変化があっても不思議じゃないので気にしてなかったけど、記憶を探れば確か水の化身は二対の存在だったはず……。
 
 それでもズーミが化身とわかったのは、体内に神の与えた「源」があったからだ。
 アレはかつて私の力だったもの、元は私の一部だった力。

 人間の狭く短い視野で生きているとわからない事だらけ、神だった時と同じようには当然いられない。
 視点も知識も感覚もなにもかもが、小さな枠に収まっている。

 たぶん今一番世界が見えているのは私の代理。
 光の化身・イトラ

ドシャ!
 うつ向き考え込む私に土の粒がふりそそぐ。
 あれ?私の胸を撫でまわしてたタチがいつのまにか消えている。

ドシャ!ドシャ!
 続けて上の方で音がした。
 大きく重い音が。

「何してんのタチ!?」
 そりゃー驚く。
 だってタチがはるか上方、ダッドの頭部があったあたりに立っていたから。
 抜き身の水の剣となくなったダッドの頭部を見るに、タチが斬ったのだ。
 

「撃退だが?」
 崩れ落ちる土の塊と、かろやかに着地するタチ。

「今話あってたところじゃったろ!?」
 さっきまで土の化身に怒りを表していたズーミが、めちゃくちゃあわてている。

「何が話し合いだ。お前らの話し合いとやらでこのザマだ」
 タチが顎で指した先には全壊した店、いや――その下敷きになった人がいた。
 不自然なほど地面に埋まり、体を貫いた木片が赤く染まっている。
 
「人をなめるな」
 少しイラついた様子でズーミに言葉を吐き捨てるタチ。
 なぜか、私の胸もチクリと痛む――、なぜかではない。当然だ。

「ヤハリ……キケン」

ゴゴゴ。
 また揺れが始まり。地面がせりあがる。さっきと同じサイズものが今度は三つ。

「ダッドは群体……こやつらは、いわばプチ土の化身なんじゃ!一人倒した所でどうにもならん!」
(えっ――?そんなことになってるの?)
 私が人間をやってる間に、やはり化身にも色々あったようだ。
 水の化身が二代目になったり、土の化身が増殖したり。

「ミズガ……タダサヌナラ、オレガヤル」

ゴガン!
 三つのダッドがそれぞれ腕を振り下ろし攻撃をはじめた。
 建物、店、人間――見境なのない攻撃が襲い掛かる。

「魔物だ!魔物が突然現れた!見たこともない巨大なヤツが――!」
「あぁ!なんで急に!なぜこんな事が!」
「総督に連絡を!!兵士や傭兵を早くかき集めろ!」
 完全に破壊を目的としたダッドの行動に、人々の混乱と恐怖がより深まる。

「無駄だ!こいつは土の化身!そこらの兵じゃ歯が立たん、ともかく離れろ!」
 ダッドに切りかかりながら、タチが叫ぶ。
 水の剣を手にした彼女は。もう完全に戦闘態勢に入っていた。

「化身?そんなものが本当にいたのか!?おとぎ話じゃないのかよ!!」
「ただのでかい魔物じゃないのか!?」
 あれ?化身の存在を知らない人がいるんだ?
 耳を通り抜けた言葉に、かすかな違和感を感じる。

 神の源を分け与えられた存在。世界を司る地水火風の化身――常識なはずだ。

「おぉ……神よなぜ神の使いがここに!!」
 人形劇を演じていたおじちゃんだ。
 土の化身から離れるようと流れる人波に取り残され、一人座り込んで天に願っている。

「神様なんているわきゃねーだろ!逃げるんだよ!」
 親切な男の人が腕をひっぱり逃がそうとするが、おじちゃんはその手を振り払い、天に懇願する。
 
 あれれ?神様……信じていないの?

ザシュ!ドシュ!

 私の困惑と裏腹に、タチはダッドに立ち向かっていた。一体。また一体。
 土の化身の体を駆け上り、その首を落としている。



「スライム!こいつら何体倒せばいい!」
 そう。タチが首を切り落とすと、土の塊は崩れ落ちる……さも死んだかのように。
 だが、地面がせりあがりまた新たに出来上がってくるのだ。

 斬っても斬っても常に三体いる状態は変わらない。

「わからん……!わからんけど、ここはダッドの領地ではない!そこまで大量には送り込めんはず――その証拠に三体以上は同時に現れておらん!」
「有限ならばそれでいい!」
 迷うことなく走り出すタチ。
 私はと言えば、ぼーっと見ていた。
 取り残された人々と、天に願うおじちゃんを……。
 
 自分の意識が体を離れ、少しはみ出してしまったような感覚から抜け出せない。
 これは私が神だからなる状態なのだろうか?

「ねぇ。逃げなって」
 どうしても気になって、人形劇のおじちゃんに話しかけてしまう。
 だってこんな状態――ここにいても死んでしまうだけだ。
 
 大地は揺れ、建物は次々にくずれ、化身が戦ってるというのに、傍で跪《ひざまず》き祈っている。 

「これは試練なのか、それとも罰なのか…神よ――」
 私に聞かれても……と言いたいどころだがおじちゃんは、私など見ていない。空を見ていた。
「逃げてってば、危ないよ。」
 服の裾をひっぱってみたが、気にもとめてもらえない。
 私なんか、まるで存在しないかのように。
 ただただ天に願っている。神など存在しない空の向こうに。

「やはり愚かな人間が憎いのですか?」

「私は憎んじゃいないってば!」
 つい。
 つい大声を出してしまった。
 だって人の話聞かないんだもん。

「君は……?私はいいから、早くおにげなさい」
「それはこっちのセリフ!逃げてよ!」
 もう強引に腕をひっぱる。
 できるだけここから遠くに行ってほしい。
 
 特にこの人には。
 
「私は真意が知りたいのだ。御心を知る機会なのだ!」
「知れないから!神様とかどうでもいいから!人間命あっての物種だってば!」
 正直、自分でも何を言っているのかわからない。
 どの立場、どの立ち位置で言っているのか。
 ともかく、この頑固者が目の前で死なれるのは嫌だ。
 
 必死に地面から引きはがそうとするが、私の力じゃなかなか動かせない。


ドス!
 おじちゃんの腹に拳がめり込んでいる。
 颯爽《さっそう》と現れ、お腹にパンチ。

「何をグダグダしている!早く連れていけ!」
 さすがタチ。強引の化身。
 おじちゃんはぐったりと、私の腕に倒れこんだ。

「えっと……ありがとう」
 なぜ私がお礼を言うのかしっくりこないけど、この言葉が適切な感じがした。
 人間になってからというもの、言葉や文字で考える事が多い。
 昔より遥かに縛られている。

「できる事をするのは良いことだぞ。ナナ褒めてやろう」
 汗でしっとりした手で雑に私の頭をグリグリと撫で、タチはまた駆ける。
 ダッドの方へと。
 
 きっとタチには私が人助けをしているように見えたのだろう。
 このおじちゃんのタメに、必死に行動しているのだと――。

 そんな献身的な理由じゃなく、もっと自分勝手な思いからなんだけど――。
 
 
 でも、なぜか、ずっとあるモヤモヤが少し晴れた気がした。
 意識が体の中に納まり、しっくりと手が動く。
 私はおじちゃんを、ひきずりながら運ぶ。
 
 それが「今」として、正しい行動だと信じて。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

戦力より戦略。

haruhi8128
ファンタジー
【毎日更新!】 引きこもりニートが異世界に飛ばされてしまった!? とりあえず周りを見学していると自分に不都合なことばかり判明! 知識をもってどうにかしなきゃ!! ゲームの世界にとばされてしまった主人公は、周りを見学しているうちにある子と出会う。なしくずし的にパーティーを組むのだが、その正体は…!? 感想頂けると嬉しいです!   横書きのほうが見やすいかもです!(結構数字使ってるので…) 「ツギクル」のバナーになります。良ければ是非。 <a href="https://www.tugikuru.jp/colink/link?cid=40118" target="_blank"><img src="https://www.tugikuru.jp/colink?cid=40118&size=l" alt="ツギクルバナー"></a>

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります

京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。 なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。 今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。 しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。 今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。 とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。

処理中です...