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序章
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私は、ずっと暗闇の中で佇んでいた。ここがどこなのか、今が何時なのか、何も分からない。
なぜ私がここにいるのか、それさえも。ただ、そこに居させられた。
ここは一体・・・?途方に暮れて、天を仰いだ、その時。
先生。誰かの声がした。一体誰だ?
先生。声は段々と大きくなってくる。先生、と3度目に呼ばれたとき、私はやっと声の主を確認することができた。
先生。あ、ああ、こんにちは。話しかけてきたのは、黒川だった。気がつくと、私は職場である機械科の職員室前に立っていた。さっきの暗闇は一体何だったのか?私はさっきまで確かに暗闇の中に居たはずだった。でも、辺りを見回すと、そこはいつもの廊下で、他の職員や生徒たちも普通に居た。腕時計で時刻も分かった。今は4限が終わったところで、昼休みに入ったところだ。何も変わったことはない。いつもの風景、いつもの職場。
先生、どうしたの?声のする方を向くと、黒川が心配そうに私を見ていた。大丈夫?何か体調でも悪いの?先生、最近虚ろっていうかよくぼーっとしてるけど、ちゃんと眠れてる?熱とか無い?え?私はわざとキョトンとした表情を見せた。そうですか?私は特に健康面では問題ありませんが・・・。
そうなの?何か最近見かけないから、色々忙しいのかなとか思ってたけど。まあ、忙しいですね。仕事ですから。忙しくなければ仕事とは言いませんから。
大変だね。きつくない?いえいえ、お金をもらって働いている以上は、これくらいで弱音を吐いてはいけませんよ。そうかあ。エグいな。それより、黒川。あなたはなぜ職員室前に?
先生と話がしたかったんだ。話?うん、あのさ、えっと、あんまりうまく言えないんだけど・・・。と黒川が口を開きかけた時。
ガラッと職員室のドアが開いて、学科主任が。伊丹先生、今、少し大丈夫かな?あ、はい。すぐに伺います。私はそれを合図にそさくさと職員室に入った。
それが、最後だった。
ハッと目が覚めると、私はベッドの上にいた。病院のベッドの上に。病室は灯りが消されていて暗い。ドア越しに廊下から漏れる蛍光灯の灯りだけが唯一の光源だ。ベッド辺りを見回すと、ベッドは黄緑色のカーテンで囲われていて、外から遮断されているようだった。
私が倒れたのは、その黒川との話を遮ってすぐのことだ。もう何も見れなかった。目の前が闇で、世の中のあらゆるものすべてが悪で強烈で、もう何も見れない、聞けない、聞きたくない。私はじっと目と耳を塞ぐしかできなくなっていた。
あらゆる罵声、裏切り、理不尽、無理解。私はひとりでじっとそれに耐えてきた。ひとりでそれを受け止めようとした。だけど・・・。もうできない。限界だ。なぜ私はこんなにたくさん苦しみを背負わねばならないのだろう。今までだって、たくさん苦しいことはあった。なのに、なぜ次から次へと苦しみが来るんだ。私はそんなに何か悪行を施したのか?
どす黒くてどろどろした、タールのような思いが私の心にとぐろを巻く。次第にそれは胸から喉へ巻き付いていく。・・・息苦しくなってきた。
色々思い出したくない記憶が、信号の点滅のように色々思い出されてくる。やめろ、やめてくれ。もう見たくない、聞きたくないんだ。とっさに、何かから逃げるように、ベッドの横にある棚の上の台から錠剤の入ったPTPシートを取る。もう見たくない、聞きたくないんだ。でも、どんなに目と耳をふさいでも、頭が動いている限りはすべてが見えてしまう。見なくするようにするには眠ってしまうしかなかった。自分が生きているのかも分からなくなるような深さの眠りが。
錠剤を口に入れて、台の上にあるボトルに手を伸ばし、水で流し込む。ふう、しばらくはこれで安心だ。逃げ切った。しかし、逃げることですべて良かったかと聞かれれば、実はそういうわけでもない。さっきの安心感から一転して、一気に罪悪感が湧き上がる。プラスの感情よりマイナスの感情のほうが湧き上がるスピードが速いのはなぜだろう。
しかし、最後まで話を聞いてやれなかった黒川や、その他たくさんの人や物事を置いてきてしまったことが、いつまでも悔やまれる。
この気持ちを、どこでどう懺悔し、どう償えばいいのだろう。私は、どうすればいいのだろう。
薬が効いて、だんだん眠くなってきた。
もし、誰かが私の願いを、祈りを聴いてくれるなら・・・もう一度あの時に戻してくれないだろうか。いや、時を戻さずともいい、ただ一目会わせてくれないだろうか。
虚しい願いだということはよく知っている。でも、罪に罪を重ねたと世が裁くなら、私はその罪を懺悔し償いたい。そうでもしなければ、私はこの世にただの悪人としてしか記されないだろうから・・・。
目を閉じて、一呼吸吐く。届かないことは知っている。だけど、「ごめんな」目を閉じても映るその姿に今日も懺悔するしかなかった。
なぜ私がここにいるのか、それさえも。ただ、そこに居させられた。
ここは一体・・・?途方に暮れて、天を仰いだ、その時。
先生。誰かの声がした。一体誰だ?
先生。声は段々と大きくなってくる。先生、と3度目に呼ばれたとき、私はやっと声の主を確認することができた。
先生。あ、ああ、こんにちは。話しかけてきたのは、黒川だった。気がつくと、私は職場である機械科の職員室前に立っていた。さっきの暗闇は一体何だったのか?私はさっきまで確かに暗闇の中に居たはずだった。でも、辺りを見回すと、そこはいつもの廊下で、他の職員や生徒たちも普通に居た。腕時計で時刻も分かった。今は4限が終わったところで、昼休みに入ったところだ。何も変わったことはない。いつもの風景、いつもの職場。
先生、どうしたの?声のする方を向くと、黒川が心配そうに私を見ていた。大丈夫?何か体調でも悪いの?先生、最近虚ろっていうかよくぼーっとしてるけど、ちゃんと眠れてる?熱とか無い?え?私はわざとキョトンとした表情を見せた。そうですか?私は特に健康面では問題ありませんが・・・。
そうなの?何か最近見かけないから、色々忙しいのかなとか思ってたけど。まあ、忙しいですね。仕事ですから。忙しくなければ仕事とは言いませんから。
大変だね。きつくない?いえいえ、お金をもらって働いている以上は、これくらいで弱音を吐いてはいけませんよ。そうかあ。エグいな。それより、黒川。あなたはなぜ職員室前に?
先生と話がしたかったんだ。話?うん、あのさ、えっと、あんまりうまく言えないんだけど・・・。と黒川が口を開きかけた時。
ガラッと職員室のドアが開いて、学科主任が。伊丹先生、今、少し大丈夫かな?あ、はい。すぐに伺います。私はそれを合図にそさくさと職員室に入った。
それが、最後だった。
ハッと目が覚めると、私はベッドの上にいた。病院のベッドの上に。病室は灯りが消されていて暗い。ドア越しに廊下から漏れる蛍光灯の灯りだけが唯一の光源だ。ベッド辺りを見回すと、ベッドは黄緑色のカーテンで囲われていて、外から遮断されているようだった。
私が倒れたのは、その黒川との話を遮ってすぐのことだ。もう何も見れなかった。目の前が闇で、世の中のあらゆるものすべてが悪で強烈で、もう何も見れない、聞けない、聞きたくない。私はじっと目と耳を塞ぐしかできなくなっていた。
あらゆる罵声、裏切り、理不尽、無理解。私はひとりでじっとそれに耐えてきた。ひとりでそれを受け止めようとした。だけど・・・。もうできない。限界だ。なぜ私はこんなにたくさん苦しみを背負わねばならないのだろう。今までだって、たくさん苦しいことはあった。なのに、なぜ次から次へと苦しみが来るんだ。私はそんなに何か悪行を施したのか?
どす黒くてどろどろした、タールのような思いが私の心にとぐろを巻く。次第にそれは胸から喉へ巻き付いていく。・・・息苦しくなってきた。
色々思い出したくない記憶が、信号の点滅のように色々思い出されてくる。やめろ、やめてくれ。もう見たくない、聞きたくないんだ。とっさに、何かから逃げるように、ベッドの横にある棚の上の台から錠剤の入ったPTPシートを取る。もう見たくない、聞きたくないんだ。でも、どんなに目と耳をふさいでも、頭が動いている限りはすべてが見えてしまう。見なくするようにするには眠ってしまうしかなかった。自分が生きているのかも分からなくなるような深さの眠りが。
錠剤を口に入れて、台の上にあるボトルに手を伸ばし、水で流し込む。ふう、しばらくはこれで安心だ。逃げ切った。しかし、逃げることですべて良かったかと聞かれれば、実はそういうわけでもない。さっきの安心感から一転して、一気に罪悪感が湧き上がる。プラスの感情よりマイナスの感情のほうが湧き上がるスピードが速いのはなぜだろう。
しかし、最後まで話を聞いてやれなかった黒川や、その他たくさんの人や物事を置いてきてしまったことが、いつまでも悔やまれる。
この気持ちを、どこでどう懺悔し、どう償えばいいのだろう。私は、どうすればいいのだろう。
薬が効いて、だんだん眠くなってきた。
もし、誰かが私の願いを、祈りを聴いてくれるなら・・・もう一度あの時に戻してくれないだろうか。いや、時を戻さずともいい、ただ一目会わせてくれないだろうか。
虚しい願いだということはよく知っている。でも、罪に罪を重ねたと世が裁くなら、私はその罪を懺悔し償いたい。そうでもしなければ、私はこの世にただの悪人としてしか記されないだろうから・・・。
目を閉じて、一呼吸吐く。届かないことは知っている。だけど、「ごめんな」目を閉じても映るその姿に今日も懺悔するしかなかった。
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