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いつまでも一緒に

いつまでも一緒に

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翌年の春、俺は結月と岩崎先生と3人で薄墨桜の撮影に行った。新型感染症が、一応終息を迎えたことで。根尾谷は、他にも撮影や観光を楽しむ人でごった返していた。その人だかりの中で、淡墨桜は風に揺れて花びらが空に舞う。その幻想的な雰囲気に、わあっと歓声が上がった。
その、舞い上がる花びらや、淡い色で儚く咲く花を俺たちは撮った。まるで、誰かに見せんがために必死になっていた。
結月は、仕事が休みの日に全国の山や渓流、湖などの撮影に行っていたらしく、その腕は高校生のときよりぐんと上がっていた。
岩崎先生も、写真部時代には見せなかった自前のSONYの一眼レフを構え、撮影していた。今までは、仕事として写真部に関わっていたから、カメラを持つことは公私混同しているような気がして、ためらっていたらしい。でも、くも膜下出血から一命をとりとめ、目を覚ましてから、先生は、何か俺たちに積極的に関わろうとしてきた。何があったのかと尋ねると、ここまでずっと色んなことから逃げ続けてきたから罰が当たったんだし、大した身よりも無い中で、俺と結月が来てくれたことが嬉しかったみたいた。自分なんか、誰からも相手にされない人間だと思っていたのが、少なからず寄り添ってくれる人ができたことで、寄りかかってもいいのかなと思ったそうだ。俺も結月も、「いいと思う」と迎え入れた。
それから、岩崎先生が退院するまで、俺達は先生とずっと一緒にいた。土日になるたびに先生のところへ会いに行ったし、結月はかつて自分が足を故障した時にやったリハビリを応用させて、先生のリハビリを手伝った。おかげで先生は比較的早く回復することができ、2月頃には退院することができた。その後は、俺達はかつての土日撮影会を復活させ、不定期でだけど、色んなところへ行った。かつて写真部で訪れたところも行ったし、もうみんな社会人だから、ということで、県外へも行った。時には旅行みたいな形で撮影して土日を過ごした。その時、自分の悩みとか考えてることを色々ありのままに話し、時にはぶつかりもしたがその時は岩崎先生か結月が俺をなだめた。
真澄、すっかり変わったな。と結月に言われた。高校の時は、本当に影薄くて、クラスにいるかさえ怪しかったのに。
確かに、明るくなったようには思うね。あと、自分の意見をはっきり言えるようになった。と岩崎先生。
だって、西島先生が、人には自分の意見を言う権利があるし、失敗する権利もある、って言ってたもん。
お前、また西島先生かよ。結月が笑った。ホントいつでもべったりだな。うるさい、お前だって泣いてただろう。
初めに岩崎先生から西島先生の訃報を聞いた時、こいつは電話口で泣いていた。だって、結月を写真好きにしてくれたのは西島先生だし、どんなに下手くそな写真でも怒らず、アドバイスをして伸ばしてくれた。結月にとって西島先生は、陸上コーチに変わる写真コーチだった。しかも、こいつは驚くことに、中津川に先生が異動しても、個別でLINEで写真を送って指導を受けていたらしい。色々ちゃっかりしてやがる。そんな西島先生が亡くなったと聞いた時、こいつは状況が分からずただただ泣くだけだった。だけど、逆境に強い結月は、ここでくじけたら終わりだと思って、また土日に写真を撮りに行ったらしい。しかも極寒の日本海へ。
ここでやめたら、陸上諦めたこと、損しちゃうだろ、とのことらしい。それから結月はますます写真に没頭したんだという。
俺だって、まだ西島先生の死の悲しみが無くなったわけじゃない。時々まだ会いたくなるし、何で死んでしまったんだ、と言いたい時もある。でも、先生はいないのだ。いないなら自分が強くなるしかない。そう思って、岩崎先生が積極的になっているのに合わせて、俺もなるべく自分の話をするようにした。最初は、結月も岩崎先生も、よく分からなさそうにしてたけど、それでも俺が一生懸命話し続けるうちに少しずつ理解してくれるようになった。だから、今ではラジオの話だって音楽の話だって平気でする。
そうすれば、少しは西島先生が生きた証が残せるような、そんな気がするのだ。形はなくなっても、その人の語ったことは消えない、いや、消したくない。誰だって誰かの大切な人だ。だから、せめてその人が好きだったものや、語ってたことは、残してあげなくちゃその人がかわいそうだ。人間の本当の死は、人から忘れられることだ、と何かで聞いたことがある。だから・・・。俺は空を見上げた。「見てる?」
その時だった。ふと、急に県美術館を思い出した。西島先生が一番好きだと言った県美術館の庭。地上の楽園、とか言ってた。あそこにいるときの先生は、本当に幸せそうで楽しそうで・・・。ひょっとしたら、淡墨桜じゃなくて、先生は今でも県美術館の庭にいるかもしれない。だとすれば・・・。
「結月、県美術館行こう」俺は結月に言った。
はあ?!今から県美術館?お前バカじゃないの?樽見鉄道の終点から岐阜までどんだけかかると思ってんだよ。
そんなん、車で来てるんだから行けるって。行けないよ、さっき大渋滞にはまっただろ。それ抜けるのだって大変だったんだから。ですよね、岩崎先生。結月は岩崎先生を見た。でも、岩崎先生は黙って俺たちを見ているだけだった。「考えなさい」って言ってるのかな。でも・・・俺は呼ばれてる気がした。霊感とかはないけど、何となく。ひょっとしたら、先生は俺たちが淡墨桜を見に行くっていう約束を果たしたから、安心して、本当に永遠に、あの世に行くのかもしれない。それに・・・俺もあんまりいつまでも死んだ人のことばっか考えてちゃ前に進めないし、それを先生は心配してるのかもしれない。だから、本当の別れ、けじめをつけようって言ってるのかもしれない。何か感じるんだ。西島先生が県美術館の庭にいるような、そんな気配が。西島先生は、県美術館の庭が一番好きだって言ってたよ。それに、けじめをつけなきゃいけないのは、俺だけじゃない。結月だっていると思う・・・。お前だってまだつらく思う時あるだろ?
無きにしもあらずってところかな、俺は。
意見が合わない。どうすればいいんだろう。諦めて1人で出直すというのもアリかもしれない。だけど・・・。今しか無い気がするんだ。今を逃したら、きっと後悔する。それははっきりと感じた。
付き合えるところまで付き合ってやる、というのはどうかな?と岩崎先生。あんまり言い合っても埒が明かない。それに、後で後悔されて未練グチグチ言われるのは結月だって嫌だろ?
まあ・・・嫌ですね。でも、俺もそうかもしれない。陸上とか、色んなこと結構未練言ってる気がする。
だいぶ言ってるぞ。俺は言った。
結局一緒なんだな。じゃあ、付き合ってやるよ。仕方ないから。だいぶ上から目線だ。少しイラッときたけど、付き合ってくれるなら。俺はホッとして、駐車場へ足を進めた。

県美術館についたのは、夕方だった。4月の陽は幸いにも長くて、すぐには沈まないみたいだ。庭自体は閉園時間が迫っていて、ちょっと焦ったけど。
美術館の庭に入ると、俺は先生を探した。石畳の小川や、御影石の石像が並ぶところや、木々が生い茂るところ。色んなところを歩いて回った。少し足を伸ばして県図書館の方にも行ってみたけど、いなかった。
やっぱり、気のせいだったのかな・・・だとしたら結月達に申し訳ない。せっかく、ついてきてもらったのに・・・。図書館からの道をとぼとぼと歩き、美術館の庭に戻った。その時だった。小川沿いのベンチに、西島先生が座っているのが見えた。俺は走った。
「西島先生」先生は、あの春に別れたときと何にも変わってなかった。セミロングの茶色の髪を下ろし、グレーのジャケットにグレーのフレアスカート、茶色いローファー。ゆったりとベンチに座っていた。まるで誰かと待ち合わせしてるみたいに。
先生、と俺は声を掛けた。先生は俺を見た。
分かったんだ。俺だって霊感あるわけじゃないから、びっくりしたけど・・・。私は幽霊じゃないよ。苦笑いされた。生前の思いが強く残った心、みたいなものかなあ。
幻、みたいな感じ?まあ、そんなところかな。
何か、別れたときみたいだ。
約束、果たせなくてごめんね。先生が言った。そのことを生きる希望にして、生きればよかったのかもしれない。顔を曇らせた。
いや、先生は約束を果たしたと思うよ。だって、さっき根尾谷にいたでしょ?俺は分かったんだ。
よく分かったね。
でも、淡墨桜じゃなくて、やっぱりここが良かったんだね。そう。だってここは、私の安穏の地、地上の楽園だもの。私を傷付ける者は誰もいない、ただ愛する人たちがこの空間にいて、私がいて―ずっと私はここにいたかった。
私ね、前、よく想像してたの。本当にくだらないものだけど。私はここを庭にするお家に住んでいて、朝はこの庭を眺めながらお茶を飲む。しばらくすると、私の生徒たちが庭に来て、思い思いに遊びだすの。私はそこに入って、一緒に遊んだり、音楽を聴いたりして時間を過ごすの。そして、季節が移ろう事に、その風景をそっと愛でる。なんてね。
先生はクスッと笑った。バカな妄想でしょ?
ううん、すごく素敵な妄想だと思う。それこそイージーリスニングが似合うし、ひょっとしたらレコードとかラジオとか一緒に聴いてたかもしれない。その世界では、きっとレコードもラジオも当たり前に必要で、俺も生きやすい世界かもしれない。
真澄はまだまだ来ちゃダメだよ。うんと長生きしてから来てもらわないと、お庭で話すことがないじゃない。
え、俺が話すの?だって、私はもうこんなんだし。逆に聞きたいわ、みんなの話。それで私はみんなの話を聴いて、「そうなの?それで、その後はどうなったの?」って言うの。それを楽しみにしていれば、きっと、私は真澄たちをずっと待っていられる。前にはそれができなかったことだから。先生は微笑んだ。
真澄。ん、何?
真澄、私がいなくても、忘れないでね。未練とは違って、ひとりの仲間として、ずっと4人の中に置いてほしい。そうすれば、私は本当の意味で死んだりしないから。きっとまた会えると思う。
そうなの?
うん。だから、これからもよろしくね。
消えた。音もなく、ろうそくの火が消える時みたいに、フッ、と消えた。そこには花びらの1枚もなかった。でも、確かに先生はそこにいた。

おーい真澄。どこかから声がして、俺は辺りを見渡した。結月だった。岩崎先生もいた。
会えた?うん。それは良かった。と岩崎先生が言った。ひと思いに話したのか?と結月。
そんな大した話はしてないけど。ただ、忘れないで欲しいって。いつまでも俺たちの中に置いて欲しいって言ってた。
忘れるわけないだろ、そんな大切な人。結月が突っ込んだ。だいたいさあ、あんなに仲良かった人を忘れるなんて無理だって。やっぱり、俺たちは4人でひとつなんだと思う。考え方とか、色んなこと俺達違うし、西島先生だって違うと思うけど、でも、こんなに深くぶつかりあって分かり合えるのってここしかないもん。こんなに絆を感じることは、他にない。だから、俺達はいつだってどこだって一緒だ。結月は俺の手を握った。俺も握り返す。お前のことだって忘れないし、これから色々ぶつかっても、一緒にいるよ。俺も。僕も、2人と一緒にいるよ。と岩崎先生。2人がいたから、年齢なんて関係なく友情を知ることができた。仲間の大切さや、人と関わるためのことを色々学べた。2人には色々勉強させてもらってるよ、ありがとう。そして、俺達の手をそっと包み込んだ。
もしここに西島先生がいたら、どう思うだろうか。喜ぶだろうか、それとも面白がるだろうか、気味悪がるだろうか。いずれにしても、俺達には分かっていることがある。俺たちはお互いを忘れることはないし、どんなことがあっても、どんなに考え方が合わなくても、お互いを分かり合う関係。本当に大切な仲間だということ。分かっていたけど、もう一度確かめあった。
やがて、陽が沈んで夜が来ようとしていた。そろそろ帰ろう、と思って俺たちが庭の門へ足を進めようとしたときだった。俺は、西島先生が嬉しそうに微笑みながら門の外へ歩いていくのを見た。「じゃあ、ね真澄。またね」うん、いつか、また、ね。(了)

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