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魔物娘からは逃げられない(1)
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「私もこの子達もお腹が空いていたの。ちょうどいいわ。食事の時間にしましょうか」
美女はまるで挨拶をするようにワンピースの幅広のスカートを摘んで持ち上げた。
久方振りに死を覚悟した。これまで遭遇したどんな魔法使いよりも、どんな魔物よりも強大な魔力を放っている。
いや、昨日も露天風呂でミソラに見られて死を覚悟したけど、あれはまあ社会的な死と事故のようなものなのでさておいて――なんでこんな化け物と対峙する羽目になっているんだろうか。
アルベルトは走馬灯みたいで嫌だなと思いながらも、ここに至るまでの記憶を振り返った。
***
「この場所は温泉の形を取っていますが神聖な儀式場なのです」
衣服を纏った三人は脱衣所で正座を命じられた。シフォンとシトロンは慣れない姿勢に戸惑っていたが、アルベルトはますますミソラへの転生者疑惑を深める。
この世界にも日本的文化は世界のあちこちに見られるが、これまで反省と正座を結び付けた言動を聞いた覚えはない。
向かい合うミソラも正座をしていた。背が真っ直ぐに伸びた綺麗な姿勢だ。碧眼を除けば純和風美人のため正座がよく似合っていた。場所が場所なので現代日本に戻ってきたように錯覚してしまいそうだ。
「日輪一族をご存知ですね。この露天風呂を建てた一族です。彼らは自分達の先祖が生まれたという『日出ずる国』を探し求めて世界中を旅しています。その過程で霊脈を見付けてはこのように温泉を築くのには理由があります」
日出ずる国――日本の美称だ。
それも王国共用語ではなく日本語で発音した。
「故郷で愛された入浴という文化を広めることで、逸れた一族の道標にすると共に故郷の手掛かりを得ようとしているのです。入って頂ければ分かったでしょう。儀式魔法によって半永久的にお湯を生成し続ける清めの場は、どんな国であれ喜ばれます。どんな偶像よりも確実に名声となり故郷へと繋がっていくのです」
他人事のように話しているが詳し過ぎる。日輪一族が故郷を追い求めていることだけは有名だがそれ以外の情報はアルベルトも初耳だった。故郷の名称や温泉を築く理由まで把握している者が無関係だとは思えない。
「言わば祈りとも表現するべきでしょうか。それを貴方達は……」
故郷を求めて流離う一族の悲願。
どこにあるかも分からない故郷への道標。
無言で睨み付けるミソラに、シトロンは頭を抱え込んで言葉にならない懺悔を繰り返して、シフォンは顔を真っ青にしてがくがくと震えていた。
アルベルトは土下座をする。社畜生活で磨かれた土下座の威力は異世界でも遺憾なく発揮された。
「そ、その謝罪方法は……! 腹を切れとまでは言っておりませんよ!?」
「………………えっ」
「アルさん!?」
「センパイ!?」
「ですが、その覚悟は受け取りました。このミソラ、不肖ながら介錯人を務めさせて頂きます」
ミソラがアルベルトの前にすっと短刀を置いた。
「……………………ええっ」
「ミソラさん!?」
「ミソラ!?」
ミソラは立ち上がり、アルベルトの背後に回ってきた。そして鞘から刀が抜く音が聞こえた。
その後、何度も頭を床に打ち付けて全力で謝罪した。
ここは異世界だと痛感する。例え転生者らしき痕跡があったとしても日本文化が正しく伝わっているとは限らない。まさか土下座がすぐに切腹に繋がるとは予想外だった。
長い夜だった。なんとかミソラに誤解を解いて一時間以上にも及ぶ説教を耐え抜いた後、シトロンとミソラを送り届けてシフォンと共に彼女の家に戻った。離れの客室に辿り着くとアリアは先に就寝していた。
アルベルトはベッドに寝転がる。流石は天下のメディナ商会が用意した寝具だ、安宿の湿気ったベッドとは比べ物にならないほど寝心地が良い。
「……ミソラが日輪一族なのは確実か」
あそこまで文化に詳しく刀の扱いにも手慣れている。
ただ今回の件で余計に聞き出し難くなった。
日輪一族は世界を常に旅しており定住をすることはない。ミソラのプライベートについてはほとんど知らないが、ロマエルカを拠点にした冒険者パーティに参加しているので完全に旅から外れているのだろう。特殊な事情を抱えていることまで推測できてしまったので、不用意に踏め込めない話題だと気付けてしまった。
土下座イコール切腹という文化の変化を見るに、転生者の子孫だとしても何代も後の世代だ。他の転生者の存在が明らかになったところで、アルベルトの抱える問題は解決に繋がるとは思えなかったので、気長に話を聞ける機会を待つことにした。
あれこれと考えていると眠りに落ちていた。
唇に何か湿った感触が触れて、ぼんやりと意識が覚醒する。続けて顔に生暖かい息が掛かったような気がして目を開けると視界一杯にシフォンの顔が広がった。
「お、おはようございます、アルさん!」
「おはようございます、シフォンさん」
ベッド脇に腰掛けていたらしいシフォンが飛び退くように立ち上がった。
「……あの、なかなか目覚めなかったので、その」
「すみません、どうも疲れが溜まっていたみたいで。起こして頂けて助かりました」
「いえいえ! アリアさんは先に起きて散歩をしてくるそうです。朝食の用意はもうすぐできるので、準備ができたらいらっしゃってください」
「何から何まで助かります」
「いいえ、朝食は私もお手伝いしたので期待してくださいね」
微笑みを残して去っていくシフォンを見送る。
「……うん、いつも通りで良かった」
最初の挙動は怪しかったが、顔を近付けたタイミングで起きられたら誰だってびっくりするものだ。昨日のことがあるので、気不味い雰囲気になったらどうしようかと心配していたが、シフォンは少なくとも表面上の素振りに違和感はなかった。
着替えを済ませて母屋にあるダイニングに向かう途中でアリアと顔を合わせる。シフォンの家族と一緒に朝食を終えた後は、三人で先代ギルドマスターであるサヴァランの家に向かった。
「パティエ村の北方を囲む山脈に乱れがある」
一行が揃うと前置きなしに、サヴァランは話し始めた。
今回は特に秘匿された話ではなくサヴァランからの頼み事を聞くことなっており、どうやらそれには冒険者の力が必要とのことだった。そのためサンライトも全員が揃っている。
「生態系に影響を及ぼす何かが起きているようじゃ」
「……共和国かあるいは闇ギルドの不法採掘ですか?」
エルネストは真っ先に魔石鉱山のことを思い付いたようだ。パティエ村を囲う山脈は魔石が発掘されることで有名だ。王国と共和国の間で領土争いの原因になっている。
「原因までは分からぬが、狩人が獲物が減ったとぼやいておる」
「確かに昨日の夕食でパパが成果無しだって言ってました。最近はずっとそうだって」
シトロンが口を挟んだ。
父親が狩人で幼い頃から訓練を受けていたと話してくれことを思い出す。
「ワシは別口で違和感を覚えてのう。日頃から周囲の魔物を観察して記録しておるのだが、魔物の数も減っておるのだ」
「魔物まで……それは厄介ですね」
「えっ、どうして? 魔物が減るならいいことなんじゃ」
シトロンが再びギルドマスターの会話に口を挟むと、サヴァランが出来の悪い生徒を見る目に変わった。
「少しは考えることを身に着けんといかんな。お前は頭が悪いのではない、熟慮する習慣が欠けておるのだ」
「ご、ごめんなさい、先生!」
外に旅立つ村人はみんなサヴァランの教えを受けているので、どうやら生意気なシトロンも頭が上がらないようだ。
アリアは教師と生徒の会話を興味深そうに聞いていたが、何か思い付いたのかアルベルトに目を向けてきた。
「道中でほとんど魔物に遭遇しなかったけど、パティエ村に近付いた後もキミが監視している時に魔力の反応はなかったのかい?」
「そうだな、流石に静か過ぎたと思ったが……そういうこともあるかと思えばそれまでのようにも思える。だが、サヴァランさんが仰るように何日も続けてとなると話が変わってくる」
「ボクも同感だ」
皆は分かっていることに気付いたシトロンが涙目を向けてくる。
アルベルトは肩を叩いて慰めると、代表して危惧される事態を口にした。
「元々生息していた魔物よりも恐ろしい何かが現れた可能性が高いですね」
美女はまるで挨拶をするようにワンピースの幅広のスカートを摘んで持ち上げた。
久方振りに死を覚悟した。これまで遭遇したどんな魔法使いよりも、どんな魔物よりも強大な魔力を放っている。
いや、昨日も露天風呂でミソラに見られて死を覚悟したけど、あれはまあ社会的な死と事故のようなものなのでさておいて――なんでこんな化け物と対峙する羽目になっているんだろうか。
アルベルトは走馬灯みたいで嫌だなと思いながらも、ここに至るまでの記憶を振り返った。
***
「この場所は温泉の形を取っていますが神聖な儀式場なのです」
衣服を纏った三人は脱衣所で正座を命じられた。シフォンとシトロンは慣れない姿勢に戸惑っていたが、アルベルトはますますミソラへの転生者疑惑を深める。
この世界にも日本的文化は世界のあちこちに見られるが、これまで反省と正座を結び付けた言動を聞いた覚えはない。
向かい合うミソラも正座をしていた。背が真っ直ぐに伸びた綺麗な姿勢だ。碧眼を除けば純和風美人のため正座がよく似合っていた。場所が場所なので現代日本に戻ってきたように錯覚してしまいそうだ。
「日輪一族をご存知ですね。この露天風呂を建てた一族です。彼らは自分達の先祖が生まれたという『日出ずる国』を探し求めて世界中を旅しています。その過程で霊脈を見付けてはこのように温泉を築くのには理由があります」
日出ずる国――日本の美称だ。
それも王国共用語ではなく日本語で発音した。
「故郷で愛された入浴という文化を広めることで、逸れた一族の道標にすると共に故郷の手掛かりを得ようとしているのです。入って頂ければ分かったでしょう。儀式魔法によって半永久的にお湯を生成し続ける清めの場は、どんな国であれ喜ばれます。どんな偶像よりも確実に名声となり故郷へと繋がっていくのです」
他人事のように話しているが詳し過ぎる。日輪一族が故郷を追い求めていることだけは有名だがそれ以外の情報はアルベルトも初耳だった。故郷の名称や温泉を築く理由まで把握している者が無関係だとは思えない。
「言わば祈りとも表現するべきでしょうか。それを貴方達は……」
故郷を求めて流離う一族の悲願。
どこにあるかも分からない故郷への道標。
無言で睨み付けるミソラに、シトロンは頭を抱え込んで言葉にならない懺悔を繰り返して、シフォンは顔を真っ青にしてがくがくと震えていた。
アルベルトは土下座をする。社畜生活で磨かれた土下座の威力は異世界でも遺憾なく発揮された。
「そ、その謝罪方法は……! 腹を切れとまでは言っておりませんよ!?」
「………………えっ」
「アルさん!?」
「センパイ!?」
「ですが、その覚悟は受け取りました。このミソラ、不肖ながら介錯人を務めさせて頂きます」
ミソラがアルベルトの前にすっと短刀を置いた。
「……………………ええっ」
「ミソラさん!?」
「ミソラ!?」
ミソラは立ち上がり、アルベルトの背後に回ってきた。そして鞘から刀が抜く音が聞こえた。
その後、何度も頭を床に打ち付けて全力で謝罪した。
ここは異世界だと痛感する。例え転生者らしき痕跡があったとしても日本文化が正しく伝わっているとは限らない。まさか土下座がすぐに切腹に繋がるとは予想外だった。
長い夜だった。なんとかミソラに誤解を解いて一時間以上にも及ぶ説教を耐え抜いた後、シトロンとミソラを送り届けてシフォンと共に彼女の家に戻った。離れの客室に辿り着くとアリアは先に就寝していた。
アルベルトはベッドに寝転がる。流石は天下のメディナ商会が用意した寝具だ、安宿の湿気ったベッドとは比べ物にならないほど寝心地が良い。
「……ミソラが日輪一族なのは確実か」
あそこまで文化に詳しく刀の扱いにも手慣れている。
ただ今回の件で余計に聞き出し難くなった。
日輪一族は世界を常に旅しており定住をすることはない。ミソラのプライベートについてはほとんど知らないが、ロマエルカを拠点にした冒険者パーティに参加しているので完全に旅から外れているのだろう。特殊な事情を抱えていることまで推測できてしまったので、不用意に踏め込めない話題だと気付けてしまった。
土下座イコール切腹という文化の変化を見るに、転生者の子孫だとしても何代も後の世代だ。他の転生者の存在が明らかになったところで、アルベルトの抱える問題は解決に繋がるとは思えなかったので、気長に話を聞ける機会を待つことにした。
あれこれと考えていると眠りに落ちていた。
唇に何か湿った感触が触れて、ぼんやりと意識が覚醒する。続けて顔に生暖かい息が掛かったような気がして目を開けると視界一杯にシフォンの顔が広がった。
「お、おはようございます、アルさん!」
「おはようございます、シフォンさん」
ベッド脇に腰掛けていたらしいシフォンが飛び退くように立ち上がった。
「……あの、なかなか目覚めなかったので、その」
「すみません、どうも疲れが溜まっていたみたいで。起こして頂けて助かりました」
「いえいえ! アリアさんは先に起きて散歩をしてくるそうです。朝食の用意はもうすぐできるので、準備ができたらいらっしゃってください」
「何から何まで助かります」
「いいえ、朝食は私もお手伝いしたので期待してくださいね」
微笑みを残して去っていくシフォンを見送る。
「……うん、いつも通りで良かった」
最初の挙動は怪しかったが、顔を近付けたタイミングで起きられたら誰だってびっくりするものだ。昨日のことがあるので、気不味い雰囲気になったらどうしようかと心配していたが、シフォンは少なくとも表面上の素振りに違和感はなかった。
着替えを済ませて母屋にあるダイニングに向かう途中でアリアと顔を合わせる。シフォンの家族と一緒に朝食を終えた後は、三人で先代ギルドマスターであるサヴァランの家に向かった。
「パティエ村の北方を囲む山脈に乱れがある」
一行が揃うと前置きなしに、サヴァランは話し始めた。
今回は特に秘匿された話ではなくサヴァランからの頼み事を聞くことなっており、どうやらそれには冒険者の力が必要とのことだった。そのためサンライトも全員が揃っている。
「生態系に影響を及ぼす何かが起きているようじゃ」
「……共和国かあるいは闇ギルドの不法採掘ですか?」
エルネストは真っ先に魔石鉱山のことを思い付いたようだ。パティエ村を囲う山脈は魔石が発掘されることで有名だ。王国と共和国の間で領土争いの原因になっている。
「原因までは分からぬが、狩人が獲物が減ったとぼやいておる」
「確かに昨日の夕食でパパが成果無しだって言ってました。最近はずっとそうだって」
シトロンが口を挟んだ。
父親が狩人で幼い頃から訓練を受けていたと話してくれことを思い出す。
「ワシは別口で違和感を覚えてのう。日頃から周囲の魔物を観察して記録しておるのだが、魔物の数も減っておるのだ」
「魔物まで……それは厄介ですね」
「えっ、どうして? 魔物が減るならいいことなんじゃ」
シトロンが再びギルドマスターの会話に口を挟むと、サヴァランが出来の悪い生徒を見る目に変わった。
「少しは考えることを身に着けんといかんな。お前は頭が悪いのではない、熟慮する習慣が欠けておるのだ」
「ご、ごめんなさい、先生!」
外に旅立つ村人はみんなサヴァランの教えを受けているので、どうやら生意気なシトロンも頭が上がらないようだ。
アリアは教師と生徒の会話を興味深そうに聞いていたが、何か思い付いたのかアルベルトに目を向けてきた。
「道中でほとんど魔物に遭遇しなかったけど、パティエ村に近付いた後もキミが監視している時に魔力の反応はなかったのかい?」
「そうだな、流石に静か過ぎたと思ったが……そういうこともあるかと思えばそれまでのようにも思える。だが、サヴァランさんが仰るように何日も続けてとなると話が変わってくる」
「ボクも同感だ」
皆は分かっていることに気付いたシトロンが涙目を向けてくる。
アルベルトは肩を叩いて慰めると、代表して危惧される事態を口にした。
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