セイギの魔法使い

喜多朱里

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看板娘をわからせたい(3)

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 注文を終えたアルベルトは、カウンターに向かうアリアの背中を凝視する。
 背中にも『デカラビア』の五芒星は見当たらなかった。気になるのは太腿と腰回りの二箇所にホルダーを吊るして短剣を仕込んでいることだろう。最初はロングスカートに隠れていて歩き方から判断できなかったが、透け透けの今ならただのウェイターにしては体幹が鍛えられているのが見て取れた。
 見事なくびれや引き締まったお尻に視線を奪われつつも、怪しまれない程度にビールを口に運びながら、アリアを中心に観察を続けていく。透視はやり過ぎると内蔵まで見えてしまうので加減が重要だ。

 ほとんど男性客で埋まっているのは、ナクル通りという立地だけが理由ではないだろう。アリアが笑顔を振り撒きながら店内を行き来する姿に、客のほとんどが目を奪われている。彼女目当てで通っている客は多そうだ。

「人気者みたいだな」
「そりゃあそうさ、三毛猫亭の看板娘だからな!」

 アルベルトの呟きに、近くを通り掛かった常連客の男が寄ってきた。なみなみと注がれた酒を見ているこちらが気持ち良くなるぐらいハイペースで飲んでいく。

「飯が美味いんで通い続けてたが、むさ苦しいマスターにうんざりしてたところに舞い降りた天使様よ!」
「ちょっとぉ! 誰かアタシのこと馬鹿にしなかった!?」

 常連客の「むさ苦しい」が聞こえたのか、マスターがこちらをびしりと指差してくる。

「料理が美味いって褒めてただけだよ!」
「あらそう? いいわ、じゃんじゃん褒めて、じゃんじゃん召し上がりなさーい!」

 汗を拭った常連客は「地獄耳だから気を付けろ」と、アルベルトの耳元で囁いてきた。

「何者なんだ、あのマスターは……」
「前は王都で冒険者をやってたとか、そういう噂は聞いたことあるぜ」
「なるほどな。それであの耳の良さか」
「見た目どおり腕っ節もかなりもんだ」
「それで……あの猫耳は?」
「知らん」
「そうか」

 深く考えてはいけないということは理解できた。
 アルベルトは会話の流れからさり気なく合言葉を口にする。ディアスから聞き出した取引相手を特定するための合言葉だ。

「飯が美味いということだが、『鶏肉だったら何がいいだろうか』」
「ああ? 俺のおすすめでいいなら茸と一緒にバターで炒めた……なんだったかな」
「ソテーか?」
「そうそう! それだ!」

 どうやらこの男は合言葉を知らないようだ。
 合言葉を口にしたことに反応も示していないので完全に無関係と考えて良さそうだった。

「マスターの飯は名物だ。でも折角の酒の肴にするには、やっぱりアリアちゃんだ。あーあ、猫耳を付けてくんねぇかな」
「似合いそうだ。それより、そのアリアさんだが、さっきの言い方だと店に馴染んでいるように見えるけど、意外と最近になって働き始めたのかな」
「いつだったかな? でも確か一年は経ってないぞ」

 男の胸毛やたるんだ腹を見続けるのもしんどいので、アリアの揺れる横乳で目を癒す。店が混み始めて忙しく動き回ったお陰で肌が汗ばんでいくので、より蠱惑的な魅力を醸し出していた。

「おう、新入り! アリアちゃんが目当てならやめときな。全員が一発で撃沈済みだぜ! 無理矢理やろうとした馬鹿も居たが、そいつらも含めてな」
「それはまたおっかない」
「――新しいお客様に何を吹き込んでいるのかな?」

 アリアが注文を持ってアルベルトのテーブルにやってきた。
 料理を乗せたトレイで両手を塞がれて脇を締めているので、胸が寄せられて美乳が激しく主張してくる。
 シフォンやシトロンに比べれば小振りな胸だが芸術品のように整っている。それぞれ手の平に収まるサイズで【見えざる蛇手】を使う妄想がはかどるというものだ。

「いやーアリアちゃんの魅力をたっぷりとな! へへ、へへへへへへ!」

 凄みのある笑顔に押し負けたのか、勢いで誤魔化して常連の男は仲間のところへ去っていった。

「こんな街だからね、少しばかり護身術を身に着けているだけだよ」
「身を守る術は大事だな」
「そうそう、やんちゃな人も多いから」

 少しばかりというのは引っ掛かるが、ナクル通りで働く女に裏事情がない方が寧ろ不自然だ。もしも「一発で撃沈」が比喩でなければ体術にも優れているのかもしれない。化粧や服装で違和感は消しているが、それでも華やかさは隠し切れていない。彼女からは堕落の気配が欠片も感じられなかった。

「でもどうしてこの店で? きみの接客と容姿ならどこでだって働けそうなものだけど」
「褒めてもサービスがよくなるだけだよ」

 にこりと笑ったアリアは、テーブルに料理を並べた。
 肉野菜炒めはシンプルながら味付けが工夫されているらしく匂いだけで食欲を掻き立てられる。魚の塩焼きも脂が乗っていて美味しそうだ。

「お客様の疑問は最もだけど、通りの治安はともかくこの店は安全で給料もいいからね。料理を食べてもらえば分かるけど賄いも最高だよ。それにほら、マスターは乙女だから女性にも紳士的」
「淑女的って言いなさい、アリアちゃん!」
「ごめんなさい、マスター!」

 マスターが地獄耳で即座に反応してくる。
 単に聴覚が優れているだけなのか、それとも何か特殊技能を使って店全体の状況を把握しているのか。警戒は緩めないでいたほうが良さそうだ。

「仲良さそうだな」
「うん、このとおり。さて、そろそろサボってるって怒られちゃうから料理を楽しんでね」

 アリアが軽い足取りでカウンターに戻っていく。

「んっ――!」

 衝撃の光景に吹き出しそうになる。料理を口に運ぶ前で良かった。
 アリアが酔っ払った客の落としたフォークを拾うために座り込む。ロングスカートを穿いているので、下着を覗かれる心配をしていない。そのため片膝を突いて股を大きく開いても恥ずかしがる様子はない。
 大陰唇が開いて中の淫靡な肉襞が見える。髪色と同じ金色の陰毛は恥丘の一部を除いて綺麗に剃られていた。
 前屈みになって床に手を伸ばすので、胸が太腿に押し付けられて形を変える。
 フォークを手に取って立ち上がるまで、我を忘れて凝視してしまった。
 一つの日常動作をこうも演出するなんて、裸の世界はなんて官能的なのだろうか。アルベルトは性技魔法を自画自賛で褒め称えた。

「んんんっ――!!」

 続け様に更なる衝撃が襲った。
 アリアがカウンターに身を乗り出すように前屈みになって肘を突いていた。その体勢だとお尻が突き出されてアルベルトの位置からは、お尻の穴からぴったりと閉じられた陰裂まですべて丸見えになる。汗に濡れて妙に艶めかしい。服が透けて見えるのでお尻を振って誘ってきているようだ。

 はち切れんばかりの肉棒を今すぐあのお尻にねじ込みたい。
 獣欲に流されないように気を引き締め直して、アリアとマスターの会話に耳を傾けた。

「食器洗いは間に合ってるかな?」
「ええ、大丈夫よ。もう客足も落ち着いてきたから少し休憩を取っちゃいなさい」
「分かった、それじゃあお客さんの席を回ったら休憩に入るね」
「今日の賄いも期待しちゃいなさい。新作メニューの味見役をお願いしちゃうわ」
「本当に!? それは楽しみだね」

 やはり関係は良好のようだ。どんな経緯で雇うことを決めたのだろうか。他の客は確認し終えたが『デカラビア』の所属員は見当たらなかった。場所が場所なので多少の犯罪行為に手を染めている者は居るだろうが、会話内容や動きからも裏と深い繋がりがありそうな客は居ない。隠蔽能力がアルベルトの観察眼と透視すらも上回っていない限りは白だ。

「余りそうであってほしくはないんだけどな」

 既に受け渡し予定日から何人も経っているので取引相手が姿を現さない可能性はあるが、もしこの場に居るとしたら――怪しい要素を残しているのはマスターとアリアの二人だけだった。
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