セイギの魔法使い

喜多朱里

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受付嬢姉をわからせたい(前編)

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「森に何か変化はありましたか?」
「…………今日も平和で楽しい森でした!」

 エクレールの鋭い目付きに睨まれて、アルベルトは思わず目を逸らした。
 ヌルヌルヌメヌメになったクイーンワスプの死体。
 死因は性交死。俗的に言えば腹上死である。
 クイーンワスプの討伐となれば、相当な臨時収入を見込めるが、あの状態を説明できるとは思えない。

「特別な報告事項はないということですね」
「はい! そのとおりです!」
「では、こちらの報告書に記載をお願い致します」
「えぇぇっ!? 異常無しでいいじゃないですか」
「中級冒険者として、後輩の手本となってはいかがでしょうか」

 エクレールがアルベルトの胸元に下がる銀の認識票を指差した後、手の平で示す方向に目を向ければ、二人のやり取りを見ていた四人組の初々しいパーティがひそひそと言葉を交わしていた。
 冒険者ギルドの受付は正面入口を開いてすぐのホールにある。椅子や机が並べられており、パーティの顔合わせや集合場所、単純に冒険者の溜まり場としてよく利用されている。平日の夕方となれば冒険から戻ったパーティや、翌日の依頼を受けに来たパーティが集まっている。
 端的に言って晒し者である。

「はいはい、見事なお手本になってあげましょうとも」

 エクレールは無言ですっと報告書をアルベルトの前に置いた。
 受付嬢の制服であるエプロンドレスの裾から伸びる太腿を覗き見ながら報告書の空欄を埋めていく。
 曖昧な記述があると、指摘が即座に飛んでくる。恨めしく睨みつけても涼しい顔で流されてしまう。
 何度も書き直しになって発狂しかけたが、前世の社畜生活で上司に納得のできない理由で書類を突き返された日々を思えば、美女に丁寧な指導を受けながら書類仕事なんてご褒美だと思い直した。

「これで最後ですね。お疲れ様でした」
「ほんっと疲れました」
「明日に備えて早目に身体を休めるのも良いかもしれませんね」
「…………」
「今後も正式な書式に則って報告書の記載をよろしくお願い致します」

 にべもなく言い切られた。
 しかも皮肉を皮肉で返されるオマケ付きだ。
 アルベルトは言い返す気力も湧かず、すごすごと退散した。




「ベッドくん、ただいまー! もうお前だけだよ、俺を優しく受け止めてくれるのはさー!」

 日本人だった習慣で部屋の入口で靴を脱ぐとベッドに飛び込んだ。
 安宿ではあるがベッドの品質は良い。それが数ある内の宿屋からここを選んだ理由だった。

 仰向けに寝転がりシミだらけの天井を見上げる。
 アルベルトは地面のシミとなった憐れなワスプ達を思い返した。
 性技魔法によって逆転勝利した後、念のために森の中を触手で調査――召喚維持のために快楽漬けになった女王様に合掌――をしたが特に異常は見当たらなかった。恐らく直近の調査でクイーンワスプの誕生を見逃されて、運悪く襲撃に遭ったのだ。

 たった一人でクイーンワスプとキラーワスプの群れを討伐したとなれば、中級ではなく上級への昇級資格を与えられてしまう。性技魔法を使わなければ中級ですら分不相応だというのに、これ以上のやっかみを受けるような状態にはなりたくない。

「登録したばかりの初心は流石に縛りが多すぎるけど……中級なんて上がらずに初級のままでいたかったかなぁ」

 愚痴っていても時は巻き戻せない――こともなくはないんだけど、性技魔法は強力な能力であればあるほど、発動するのにそれ相応の性欲と魔力が求められる。幼い頃からひたすら魔素操作と魔力を鍛え続けてきたが、未だに性技魔法を使いこなせていなかった。

「ん……?」

 ノックの音にベッドから起き上がる。

「すみません、シフォンです」

 部屋に入ってきたのは、ギルド受付嬢のシフォンだった。

「先程、受付の前にこちらを落としていかれましたので」

 シフォンから手渡されたのは小さな魔石だった。ローブのポケットを探ってみると穴が空いており指が飛び出した。どうやらそこから魔石が落ちてしまったようだ。

「ありがとうございます、助かりました」
「いいえ、こちらこそ申し訳ございません。その、エクレールが……」
「あれは規則を守れてない俺が悪いんで気にしないでください」

 アルベルトはシフォンがエクレールの妹であることを知っているので、笑って謝罪を受け入れた。

「寧ろ出来が悪いお陰でエクレールさんに指導されて役得ですよ」
「ふふっ、エクレお姉ちゃんは……いえ、これからもよろしくお願い致します」

 シフォンは妹の顔を少しだけ見せて、丁寧なお辞儀をして去っていった。
 二人は美人姉妹として冒険者達から人気を集めている。性格は正反対で、ついでに体付きも真逆。シフォンはほんわかでふわふわボディ。直球で表現すれば是非とも揉みたい。姉のエクレールは、うん、スレンダー。ないものは揉めないのだ。

「なんか思い出すとムカムカしてきたな」

 報告書にダメだしされるのはしょうがないが、それを人前で晒し者にはするのは別問題だ。毎回の如く恥をかかされている。それに他の冒険者があそこまで厳しく指導される姿を見た覚えがない気がする。

「もしかして俺だけ目の敵にされているとか……?」

 考えてみても理由が思い浮かばない。
 寧ろ昔はそこまで厳しく言われていなかった気がした。

「ふむ、シフォンさんにも言われたことだし、これからもよろしくしてやろうじゃないか」

 とりあえず性技魔法でちょっとした復讐をさせてもらおう。
 あれだけビシバシやられたんだから少しぐらいやり返してもいいじゃないか、と自分に言い訳をして、早速、冒険者ギルドへと向かった。




 夜も近付き冒険者ギルドの正面ホールは、冒険を終えたパーティが増えて更に賑わいを見せていた。分前でいざこざを起こす者も居れば、野良パーティで一時的に組んだ奴と意気投合して盛り上がる者達も居る。酒や食事の提供もされるので、馴染みの店を持たないパーティは冒険者ギルドで打ち上げをするのが通例だ。
 アルベルトは酒とつまみを注文して、エクレールがよく見える机に着いた。

「あのパーティは……」

 新米パーティの四人組がクエストボードから剥がした依頼書を手に持って、エクレールの受付に向かうのが見えた。夕方に報告書で苦しむアルベルトを遠巻きに見ていたパーティだ。

「ふっふっふ、次に恥を晒すのは貴様の番だ」

 無駄に悪役ロールな笑い声を漏らして、机の下に隠した手で性技魔法を発動した。

「あれ……? 反応がない、だと」

 アルベルトの手が机の下で虚空を撫でるように動く。それに合わせて、アルベルトの手の平には温かく吸い付くような柔らかい感触が返ってきた。
 発動したのは【見えざる蛇手】と名付けられた性技魔法。数々のエロ漫画、エロゲで語られた能力で、自分の手や股間を任意の場所に出現させることができる。あらゆる魔法に観測されず、指紋や魔素の痕跡も残さないため完全犯罪を成し遂げられる恐るべき技である。

 目には見えなくても、アルベルトの手がエクレールの腰や肩に触れているのだが反応を見せない。確かに一瞬、ビクリと震えて動きを止めたように見えたが、まさか対象を間違えて発動したのだろうか。
 お尻を撫で回しながら、ホールに居た人間の顔を確認するが誰も変化が見えない。
 しばらく続けていると、喧騒の中でもよく聞こえるエクレールの声が前触れ無く止まった。

「エクレールさん、大丈夫ですか?」
「何がでしょうか」
「だって顔が赤くなってますよ。熱でもあるんじゃ」
「いいえ、問題はありません」

 新米パーティとエクレールの会話を聞いて、アルベルトは机の下でガッツポーズを決める。見えざる蛇手も連動して、ついお尻を強く揉みしだいてしまいエクレールが飛び上がった。

「……うん、エクレールに効いているな」

 これまで完全に反応を隠していたのだ。すぐにアヘアヘしていたクイーン・ビッチ・ワスプとは大違いである。あっちは3000倍だったのを棚に上げて蔑んだ。命を狙われたので辛辣な扱いである。

「これからが本番だ」

 手の平をお尻から太腿に移動させて、内腿をすりすりと扇情的に撫で上げる。
 エクレールの口から湿った吐息が漏れた。
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