異世界転生した俺らの愉快な魔王軍

喜多朱里

文字の大きさ
上 下
63 / 67
第二章:城塞都市クレイル

冒険者(6)

しおりを挟む
 二人の冒険者はあっさりと交渉の席に着いてくれた。
 ロゼは余りにも都合の良い展開に安堵するよりも困惑を覚える。
 離れて様子を見守っていたレネが酒を片手にやってきて、思わぬ展開に付いて行けていないロゼを応接室に案内してくれた。
 応接室に入ったところで、すべてお膳立て済みだったと理解する。
 ロゼはソファに腰掛けたレネを睨み付けると、悪怯わるびれた様子もなくニヤリと笑い返された。

「見世物にされるとは思いませんでした」
「ほんまロゼ様は素直で可愛いのう。貴重な経験できて良かったやんな」
「第二研究室の予算配分、楽しみにしておいてください」
「なんでや、レナーテは関係ないやろ!?」

 予想よりも過剰な反応が返ってきて狼狽えてしまう。
 レネの方にも自覚があるのか不機嫌そうに酒を煽った。

「あのー……指名依頼があると聞いたんすが……」

 アンの控え目な挙手に気付いて、ロゼは慌てて頭を下げた。

「失礼致しました。アンさんに指名依頼をお願いしたいと考えております」
「フィルギヤ副会長がお酒を口にしてたので、気楽なお誘いかと思ってたんすが、どうやら真面目な依頼にみたいっすね」
「そんな他人行儀な呼び方されると悲しゅうなるわ。ウチとアンちゃんの仲やない」
「勘弁してほしいッス。私にはレネさんとレナーテさんの見分けがつかないッスよ」
「間違っても怒らへんわ」
「でも拗ねるっすよね」
「あー……ダル絡みするかもしれへん」
「名乗るまで副会長と呼ばせてもらうっす」

 アンは不満そうな酔っ払いを放置すると、ロゼと向き合うように姿勢を正した。
 酒を口にしていないのか、それとも顔に出ないだけなのか、色白の肌は赤みを帯びていない。少なくとも言動に酩酊は見られないので、真剣な話をできる状態にあることを安堵する。

「改めて名乗らせてもらうっす」

 首に吊り下げていた認識票を懐から取り出して、ロゼからよく見えるように提示した。
 冒険者にとって認識票は名刺代わりだ。
 等級ごとに使用される金属は異なっており、上の等級ほどより希少な金属が使用される。
 アンの提示した認識票は金で加工されているので、上級であることを示していた。四人パーティが基本とされる中で、たった一人でありながら『燈火』と同じ上級認定を受けている事実が既にずば抜けた実力を証明していた。

「上級冒険者のアンというっす。前衛戦士職として戦えるっすけど、本職は錬金鍛冶師っすよ」

 改めてアンの容姿を目にすると矛盾した要素の組み合わせに戸惑いを覚えてしまう。
 ロゼよりも頭一つ分以上も低い身長と可愛らしい幼顔が合わさって十歳になるかどうかの少女に見えるが、複雑な魔術式を刻まれた眼帯が右目を覆い隠すことで急に物騒な印象に早変わりする。
 事前にレナーテから、人間の少女ではなく成人済みのドワーフであると教えてもらわなければ、どのような態度でアンに接すればいいかもっと迷っていただろう。

「それでこっちが初級冒険者のスピカっす。魔法戦士で後衛職として戦ってもらっているっす」

 意識を向けないようにしていた全身甲冑を紹介されて、これ以上は現実逃避をできないと観念する。
 スピカはアンの背後で何故かステップを踏み続けていた。あれだけ動き回っていながら会話の邪魔になるような音を立てていない。重々しい鎧で軽やかな足捌きは見事だった。
 でもどうして踊っているのだろうか。それだけは謎のままだ。

「アンちゃんに拾われたスピカでっす! オイラは森生まれの森育ちだから多少の非常識は許してね!」

 甲冑内で無邪気な声が反響する。
 鎧によって更に大きく見えるが鎧がなくても相当に身長は高い。金属鎧で軽快な動きを見せられるぐらいなので、肉体は鍛え上げられているのは確実だ。身体的特徴から大人の男性だと思うのだが、これまでの振る舞いや声変わり前のように甲高い声は幼い印象を与えてくる。
 スピカとアンは外見と内面の組み合わせが、まるで入れ替わっているようだった。

「スピカ、自分で言うものではないっすよ」
「でも言っておかないと、森の文化から飛び出す不規則言動に戸惑わせちゃうよ!」
「森の文化……なるほど、その踊りも民族的なものだったのですね」

 辺境の少数部族には奇妙に思える風習が残っているとは聞いたことがある。
 酒場からずっと抱えていた疑問に答えが見付かってすっきりした。人生のほとんどを王城の中で暮らしてきたロゼの見識には偏りがある。ロゼにとって意味不明でも、現実に起こることには理由があるものだ。

「ううん、ただの趣味だよ!」
「……なるほどぉ」

 ロゼは深く考えないことにした。
 踊りたいから踊っている、そういうこともあるだろう。
 それよりも訊くべきことを訊かなくてはならない。

「普段はソロであるアンさんが、スピカさんとパーティを組んでいるということは、もしかして先約がありましたか?」
「ああ、違うっすよ。確かにスピカとは臨時パーティを組んではいるっすが、クレイルに来る途中で死に掛けていたのを拾っただけっすから。相性が悪くなければ今後も長い付き合いにはなると思うっすけど」
「拾った……?」

 アンは治療の腕にも優れているとも聞いていた。
 失った片目、片腕、片足――その欠損から生き残ったのは本人の錬金術によるものらしい。半身を失うほどの大怪我から生還する回復薬の製作、生体と遜色ない義手や義足を作り出す技術は相当なものだ。

「そこはまあ気にしなくていいっす」

 どうやら何か事情があるらしい。
 アンとの関係を悪くはしたくないので無理に踏み込まないことにした。
 もしも身元が怪しいと発覚しても、レネとブランカが適切に対処をしてくれるだろう。

「でも手間を省くためにこれだけは伝えておくっす。スピカは私と同等以上には動けるので、『上級』を求める依頼なら心配は要らないっすよ」

 スピカは甲冑の上から首に銅の認識票を下げていた。登録したばかりの冒険者である初級を示すものだ。どれだけ実力があっても公的な証明がなければ誰もが初級から始めなくてはならない。
 簡単な依頼を一つ二つ達成するだけで下級には上がれるので、クレイルで冒険者登録したばかりのようだ。

「申し遅れましたが、私は……一先ずロゼとお呼びください」
「了解ッス、ロゼさんッスね」
「ロゼちゃん、しくよろー」
「…………」
「どうしたっすか?」
「いえ、あっさりと受け入れるものだと思いまして」
「うーん、ロゼさんが真面目なのはよく分かったっす」

 アンの隻眼に見詰められて、緑掛かった灰色の瞳に吸い込まれるような錯覚に襲われる。

「ここまで副会長が口を挟まないところを見るに、ロゼさんが依頼主ってことっすよね。お二人がどういう関係かは想像するしかないっすが、同席して保証人になるぐらいっすから、ロゼさんの正体なんて些末な話っすよ」

 言われてみればそうだ。
 アンは王国全土で取引を行うフィルギヤ商会の副会長を通してロゼを見ているので、ロゼが何者なのかは関係なかった。

「では私からも手間を省きましょう。改めて名乗らせてください」

 ロゼは背筋をすっと伸ばした。

「ルベリスタ王国第三王女、ロザリンド・エル・ルベリスタです」
「ほえー……王女様!? ねえねえ、アンちゃん! 王女様だって! オイラ、初めて見たよ!」
「……驚いたっす」
「訳あって身分を隠してクレイルには来訪しているため、どうぞ先程のようにロゼとお呼びください」

 スピカの大はしゃぎする様子は素直な反応に見える。
 しかし、目を見開いたアンの反応は、正体に驚いているというよりロゼが早々に正体を明かしたことに驚いているような気がした。

「アンちゃんは薄々察していたみたいやね」

 ロゼが反応を読み取れたぐらいなので、レネも違和感に気付いていたようだ。

「……王女様と歴戦の商人に隠し事はできないっすね。仕事柄、第二王女殿下と顔を合わせる機会があるっす。それで顔立ちが似ているなと思っていたっす」

 予想外ではあったが納得の行く回答だった。
 ロゼとレネは苦笑を交わす。

「誰も止めらへんからな、あの方が王国で一番強いんやから」
「ミリーお姉様は外でもお変わりがないようで、安心するような不安になるような……」

 第二王女ミルドレッド・エル・ルベリスタ。
 見た目の華やかさと圧倒的な強さから“姫騎士”という呼び名で国民に慕われている。
 無意識に行使される【強化魔法】と類まれな剣術の才能によって、幼い頃から自らの道を定めると、魔法と剣術を鍛え上げるべく騎士団に飛び込んだ。そしてそのまま直属の騎士団を持つまでに成長を果たした。

 普段は王国に現れた魔物や反逆者を相手取って各地を飛び回っている。
 王城に引きこもって表舞台に立たないロゼを心配して、今でも定期的に王城を訪ねてくれる。会う度に冒険譚を聞かせてくれるので、来訪は楽しみなのだが、こんな自分に時間を使わせてしまうことを申し訳なく思っていた。
 他の兄妹にしても決してロゼを見捨てたりはしないが、最も献身的なのは一番歳の近いミリーお姉様だった。

「ミリーお姉様と同じ戦場に何度も立たれているのであれば、私はアンさんを信頼致します」
「信頼はありがたいっすが、一緒に戦っただけっすよ?」
「アンさんにとってのレネさんということです」
「なるほどっす」

 第二王女の戦場は例外なく過酷だ。
 誰もが避ける危険な場所、誰もが恐れる強大な敵、それらに立ち向かうからこそ“姫騎士”の英名で称えられているのだ。
 それはつまり冒険者にとっては、割に合わない依頼ということである。
 レネからの推薦とミリーお姉様を通して見えた人間性で、ロゼとしても二人の冒険者は信頼できると判断できた。

 日も暮れて遅い時間になるので、依頼内容の説明を切り出そうとして――未だに静音ダンスを続けているスピカに目を向けた。

「長い話になるので、スピカさんは装備を外されては……」
「んー? 装備?」
「はい、金属鎧は重いと思うので」
「脱げないから気にしないでー」
「どういうことですか?」
「だって体の一部だもん!」

 ただでさえ血の気のないアンの顔が青白くなる。
 呑気なままのスピカと、今にも吐きそうなアンの顔を交互に確認して、ロゼは首を傾げた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

俺だけ皆の能力が見えているのか!?特別な魔法の眼を持つ俺は、その力で魔法もスキルも効率よく覚えていき、周りよりもどんどん強くなる!!

クマクマG
ファンタジー
勝手に才能無しの烙印を押されたシェイド・シュヴァイスであったが、落ち込むのも束の間、彼はあることに気が付いた。『俺が見えているのって、人の能力なのか?』  自分の特別な能力に気が付いたシェイドは、どうやれば魔法を覚えやすいのか、どんな練習をすればスキルを覚えやすいのか、彼だけには魔法とスキルの経験値が見えていた。そのため、彼は効率よく魔法もスキルも覚えていき、どんどん周りよりも強くなっていく。  最初は才能無しということで見下されていたシェイドは、そういう奴らを実力で黙らせていく。魔法が大好きなシェイドは魔法を極めんとするも、様々な困難が彼に立ちはだかる。時には挫け、時には悲しみに暮れながらも周囲の助けもあり、魔法を極める道を進んで行く。これはそんなシェイド・シュヴァイスの物語である。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

素材採取家の異世界旅行記

木乃子増緒
ファンタジー
28歳会社員、ある日突然死にました。謎の青年にとある惑星へと転生させられ、溢れんばかりの能力を便利に使って地味に旅をするお話です。主人公最強だけど最強だと気づいていない。 可愛い女子がやたら出てくるお話ではありません。ハーレムしません。恋愛要素一切ありません。 個性的な仲間と共に素材採取をしながら旅を続ける青年の異世界暮らし。たまーに戦っています。 このお話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。 裏話やネタバレはついったーにて。たまにぼやいております。 この度アルファポリスより書籍化致しました。 書籍化部分はレンタルしております。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》

EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。 歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。 そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。 「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。 そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。 制刻を始めとする異質な隊員等。 そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。 元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。 〇案内と注意 1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。 3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。 4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。 5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!

理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。 ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。 仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。

処理中です...