異世界転生した俺らの愉快な魔王軍

喜多朱里

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第二章:城塞都市クレイル

背信者(3)

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 朝露に湿った腐葉土の匂いが森の中に広がっていた。
 深く呼吸をすると豊かな空気の味を感じ取れる。

「思ったより明るいのですね」
「ええ、太陽は遍く闇を照らす……その言葉が嘘ではないと実感できます」

 ロゼの呟きにブランカが苦笑を浮かべる。

「しかし日が落ちれば一瞬で真っ暗闇です」

 夜に見た森は闇そのもので恐ろしかったが、太陽の昇る内は不思議と包み込むような居心地の良さを感じる。緑がかった鋼のような木の幹が立ち並び、空のほとんどを木の葉で埋め尽くしている。梢の僅かな隙間から差し込む木漏れ日は神秘的で美しかった。

 王都にも木々や草花はあるけれど、それは観賞用に植えられたもので景観の添え物に過ぎない。
 この場所では人間こそが異物であり、自然の支配する領域なのだ。
 そのままの自然を愛するマーテル派が、厳重に警戒し続けてきたお陰で守られてきた景色――そう考えると、これから行おうとする交渉に僅かながら罪悪感が込み上げきた。

「森に一歩でも踏み入れた時点でマーテル派は我々を監視していると考えて良いでしょう。くれぐれもご注意ください」

 ブランカの警告に静かに頷き返した。
 今回は無理を言って、冒険者解放の交渉に同行させてもらっている立場だ。これ以上の迷惑は掛けられない。

 護衛に付いた者達はブランカが信頼する精鋭であり、ロゼの寝室を任された守衛と同じように全員が正体を知っている。今も油断なく周囲に警戒の目を向けており頼もしい限りだ。
 クレイルまでの馬車旅は快適度に差はあれど経験のあるものだったが、自らの足で森を歩くのは初めての体験だった。

「ただ歩くだけでここまで体力を消耗するものなのですね」

 ロゼは額に噴き出した汗をハンカチで拭い取る。
 これまで歩いてきた道を振り返り、自分の足跡と他の者の足跡を見比べた。

「なるほど、体力の問題だけではなさそうです」
「この森は我らの故郷でもありますからね」

 ブランカが誇らしげに胸を張る。
 北方に生まれ育った獣人達は、木々の根や泥濘んだ地面を苦にもせず歩いており、足跡から歩行に乱れがないことを見て取れる。

「王女殿下、そろそろです」

 これまでの木々が苗木に思えるほど太く逞しい大樹が森の奥に屹立していた。
 どうやらあの周辺がマーテル派の住処になっているらしい。

「視界に収められるほど近くまで来れるのですね」
「彼らは決して野蛮人ではありませんから。森の中で粗相を働かなければ基本的に里の直前まで干渉はしてはきません」
「その通りだ」

 ロゼが返事をする前に木の上から低い声が聞こえた。
 ブランカは武器を構えようとする護衛を手で制する。
 一人の獣人が木の上から飛び降りてきた。音もなく着地すると、里を背にして一行の前に立ち塞がった。

「王国の使者よ、我らが信仰を穢す者達よ、来訪の目的を問おう」

 獣人の男性は監視と門番としての役目を担っているようだ。
 年齢は恐らく30代。鍛え抜かれた肉体を最低限の防具で胸元や股間を隠すだけで、後は自らの鋼色の毛皮で覆っていた。
 王国に住まう獣人は体毛を剃る文化があり、獣耳や尻尾などの特徴以外は人間に近いので、これほど獣に近い姿の獣人を見るのは稀だった。
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