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第二章:城塞都市クレイル
背信者(1)
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マーテルの森行きに一度は受け入れてくれたブランカだったが、レネを交えて改めて話を詰めていると難色を示し出した。
忠誠心の強さ故に、やはり王室の人間を危険な場所には行かせたくないのだろう。
堂々巡りする話し合いに嫌気が差したレネの説得によって、最終的にはブランカが折れてくれた。
「レネ嬢には敵いませんね」
「ブランカちゃんは甘えれば何でも許してくれるやろ」
「……貴女という人はもう」
頭を押さえるブランカに、レネはにんまりと笑い返す。
二人の関係性が見えるやり取りだった。
クレイルの現状や【流星魔法】について情報共有を終えた頃には、すっかり日が暮れていた。
城塞でそのまま一緒に夕食を取り、その際にロゼは仮の身分――フィルギヤ商会と懇意にする貴族令嬢として紹介された。
限られた情報を伝えるだけで、城塞務めを許された使用人ならば即座に政治的な領域と察して誰も踏み込んではこなかった。
夕食後、ブランカとレネは商談が残っているとのことで執務室に戻っていき、ロゼはリーサの案内で滞在中に利用する部屋へと向かった。
ブランカの信頼する一部の守衛だけがロゼの正体を告げられていた。有事の際は都市長の命よりもロゼを優先するように命令を受けており、ロゼの部屋を寝ずの番で守ってくれている。
明日に備えて早めに眠るのも良かったが、慣れない旅で身体はくたくたに疲れていても【流星魔法】に僅かでも近付いたことで目が冴えてしまっていた。
寝室の扉に掛けていた手を下げて、立ち去っていくリーサの背中を呼び止めた。
「リーサさん、マルクト丘陵の方角が見える眺めの良い場所はありますか」
「今から向かわれるのですか?」
「はい。ですが危険であれば無理にとまでは……」
「ちょうど良い場所がありますよ。夜の間であれば、アルフィ主任も居るので安全対策は完璧です」
リーサの案内でやってきたのは城塞と壁伝いに繋がる城壁塔だった。
見張り番はリーサの顔を一目見てすぐに道を開けた。
二つ目の城門内で限られた人間だけが出入りするので、何度も行き来してるリーサは完全に顔を覚えられているのだろう。
限られた空間を利用して作られた階段は急勾配で、慣れていないロゼは最上階に辿り着くまでに息が上がってしまった。
「どうしてこんなところに……?」
胸壁で囲われた防衛拠点には似つかわしくないテントが建てられていた。目を凝らせば王立魔法研究所の所属を示すシンボルが描かれているのが見えた。
「クレイルに着いてから、アルフィ主任はあのテントで寝泊まりをしているのです。ここからならロゼさんのご要望の景色が広がっていますよ。どうやら主任はテントの中に居るようなので呼んできますね」
胸壁の隙間から顔を出せばマーテルの森が広がっている。
その先にはマルクト丘陵があり、更に進めば雪を被った山々が連なっている。
夜空を見上げれば、あの日見た巨大な魔法陣が今にもまた現れそうだった。
「到着された際にご挨拶できず申し訳ございません」
テントから出てきたアルフレッドは最低限に身嗜みを整えていたが疲労は隠し切れていなかった。
「役目を果たす者を咎める言葉はありませんよ、アルフレッド主任」
「そう言って頂けると助かります」
「主任はこちらから毎晩観測を?」
「はい、昼間は主塔から森の方を確認していますが、夜はこちらから空の観測を行っております」
「何か新しい発見はありましたか」
アルフレッドの顔色が曇るのは暗い中でも分かった。
「細々としたものは幾つか……ですが、ご報告できるようなものはまだありません」
「囚われた冒険者の件は聞いていますか」
「ええ、助手から聞いております。やはり現地で観測した者から話を聞けるのであればそれが一番です」
ロゼは改めてマーテルの森を眺めた。
夜闇よりも尚も暗い森は、まるで巨大な怪物がぱっくりと大口を開けて、白く染まった山々と満天の星空をすべて呑み込もうとしているようだった。
忠誠心の強さ故に、やはり王室の人間を危険な場所には行かせたくないのだろう。
堂々巡りする話し合いに嫌気が差したレネの説得によって、最終的にはブランカが折れてくれた。
「レネ嬢には敵いませんね」
「ブランカちゃんは甘えれば何でも許してくれるやろ」
「……貴女という人はもう」
頭を押さえるブランカに、レネはにんまりと笑い返す。
二人の関係性が見えるやり取りだった。
クレイルの現状や【流星魔法】について情報共有を終えた頃には、すっかり日が暮れていた。
城塞でそのまま一緒に夕食を取り、その際にロゼは仮の身分――フィルギヤ商会と懇意にする貴族令嬢として紹介された。
限られた情報を伝えるだけで、城塞務めを許された使用人ならば即座に政治的な領域と察して誰も踏み込んではこなかった。
夕食後、ブランカとレネは商談が残っているとのことで執務室に戻っていき、ロゼはリーサの案内で滞在中に利用する部屋へと向かった。
ブランカの信頼する一部の守衛だけがロゼの正体を告げられていた。有事の際は都市長の命よりもロゼを優先するように命令を受けており、ロゼの部屋を寝ずの番で守ってくれている。
明日に備えて早めに眠るのも良かったが、慣れない旅で身体はくたくたに疲れていても【流星魔法】に僅かでも近付いたことで目が冴えてしまっていた。
寝室の扉に掛けていた手を下げて、立ち去っていくリーサの背中を呼び止めた。
「リーサさん、マルクト丘陵の方角が見える眺めの良い場所はありますか」
「今から向かわれるのですか?」
「はい。ですが危険であれば無理にとまでは……」
「ちょうど良い場所がありますよ。夜の間であれば、アルフィ主任も居るので安全対策は完璧です」
リーサの案内でやってきたのは城塞と壁伝いに繋がる城壁塔だった。
見張り番はリーサの顔を一目見てすぐに道を開けた。
二つ目の城門内で限られた人間だけが出入りするので、何度も行き来してるリーサは完全に顔を覚えられているのだろう。
限られた空間を利用して作られた階段は急勾配で、慣れていないロゼは最上階に辿り着くまでに息が上がってしまった。
「どうしてこんなところに……?」
胸壁で囲われた防衛拠点には似つかわしくないテントが建てられていた。目を凝らせば王立魔法研究所の所属を示すシンボルが描かれているのが見えた。
「クレイルに着いてから、アルフィ主任はあのテントで寝泊まりをしているのです。ここからならロゼさんのご要望の景色が広がっていますよ。どうやら主任はテントの中に居るようなので呼んできますね」
胸壁の隙間から顔を出せばマーテルの森が広がっている。
その先にはマルクト丘陵があり、更に進めば雪を被った山々が連なっている。
夜空を見上げれば、あの日見た巨大な魔法陣が今にもまた現れそうだった。
「到着された際にご挨拶できず申し訳ございません」
テントから出てきたアルフレッドは最低限に身嗜みを整えていたが疲労は隠し切れていなかった。
「役目を果たす者を咎める言葉はありませんよ、アルフレッド主任」
「そう言って頂けると助かります」
「主任はこちらから毎晩観測を?」
「はい、昼間は主塔から森の方を確認していますが、夜はこちらから空の観測を行っております」
「何か新しい発見はありましたか」
アルフレッドの顔色が曇るのは暗い中でも分かった。
「細々としたものは幾つか……ですが、ご報告できるようなものはまだありません」
「囚われた冒険者の件は聞いていますか」
「ええ、助手から聞いております。やはり現地で観測した者から話を聞けるのであればそれが一番です」
ロゼは改めてマーテルの森を眺めた。
夜闇よりも尚も暗い森は、まるで巨大な怪物がぱっくりと大口を開けて、白く染まった山々と満天の星空をすべて呑み込もうとしているようだった。
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