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第一章:魔王軍誕生

光を追い求めて(6)

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「使える者が限られている……もう少し詳しく教えて頂けますか」

 ロゼは邪魔にしかならないので控えていたが、【流星魔法】を誰でも使用できる可能性があると聞かされれば流石に看過できなかった。
 アルフレッドは安心させるように表情を緩める。

「ご安心くださいと申し上げたのは気休めではないのです。仮の数字を用いてご説明致します」

 黒板に書き記した内容を見れば、素人のロゼにもすぐに呑み込めた。

 ・非魔術師の平均的な魔力 :10
 ・魔術師の平均的な魔力  :100(基準点)
 ・記録上最大の個人魔力  :8000
 ・【流星魔法】に必要な魔力:10000

「つまり実質的に【流星魔法】は固有魔法のようなもので、開発者以外には発動できる人間は存在しません。そしてこの数値も仮定に仮定を重ねたもので、恐らくはもっと低い値にはなる筈です。そうだとしても、すべての魔術師が戦略兵器になり得る未来は訪れません」
「……やはり術者が逸脱した存在であることに変わりないのですね」
「ええ、その点だけは安心材料を用意できません。世界でもトップクラスの魔力の持ち主であることは間違いないでしょうね」
「それで非効率的というのは?」

 アルフレッドは眉間にしわを寄せる。

「この部分が最も頭を悩ませている部分です」

 レナーテが引き継ぐように説明した。

「ローウェルの仮の数字を借りるけど、あれと同等の魔力を……例えば【上級火炎魔法】に注ぎ込んで発動すれば一夜で王都を火の海に沈められちゃうわ」
「な、なるほど……」

 悪趣味な例えではあるが分かりやすかった。
 昨夜の時点で【流星魔法】が市街で発動された場合の被害について確認を取ったが、王都全体を覆うほど広くはないと聞いている。
 レナーテは説明しながら、何か気付きを得たのか声を出して笑った。

「くふっ、そういうことね。相変わらず意地の悪い男」
「何に気付いたのかね、レナーテくん」
「エンバード、単純な話よ。大前提としておきながらどうして既存理論のみで成り立つかローウェルはちゃんと説明していなかったでしょう。未観測の部分が残っているのに! ああ、誘導されて気付くなんて本当に屈辱!」
「フィルギヤ室長、教えて頂けますか」

 ロゼは商会副代表ではなく研究者としてのレナーテに呼び掛ける。
 その意味合いに気付いたのか、レナーテはすぐに感情的な演技をやめてしおらしく振る舞ってみせた。

「ごめんあそばせ、つい癖でやってしまったわ」
「お気付きになった点について教えてください」

 下手に出るロゼに、レナーテは気を良くする。
「もちろんです、王女殿下。ローウェルは説明を後回しにしているけど、【流星魔法】が既存理論で成り立つという推論は、言い換えれば未観測部分には未知の理論が使われていないということ。どうしてそんな仮定をしたのか……根拠は非効率的という部分よ。もしも未観測部分により効率的で素晴らしい術式が組み込まれているのだとしたら、【流星魔法】はもっと大きな効果を発揮していた」
「つまり逆算すると既存理論の組み合わせでなければ、魔力反応の大きさと術式が釣り合わないということです」

 結論を引き継いだのはリーサだった。

「ああ、なるほど、最初に気付いたのはやっぱりリーサちゃんなのね」

 説明の締めという美味しいところを持っていかれても、レナーテは機嫌を損ねなかった。研究者として第一発見者に対するリスペクトがあるのだろう。

「魔法の輪郭を掴めたお陰で、ようやく謎が浮き彫りになってきたわね」

 レナーテは机に肘を突いて重ねた手の平の指先を唇に当てる。

「うーん、必要魔力を減らす工夫がきっと幾重にもされているのでしょうけど、観測部分から推測できる要素は…………あら? くふふ、あらあらっ!」

 レナーテはパチリと音を立てて手の平を打ち合わせた。
 弾むような足取りで黒板の前に移動すると、アルフレッドが手描きした魔法陣の外周部分を指先でなぞる。

「欠けているけど、これって発動者、発動場所を縛る術式に似ているわ」
「むっ、なるほど……類似点は多い」

 アルフレッドが目を見開いて驚く様子に、レナーテは気を良くしてニヤニヤと笑った。
 しかしレナーテは笑顔は魔法陣を見詰めている内に引きつっていった。

「…………この術者、さては大馬鹿者ね?」
「どういうことだ、レナーテくん。また常識を覆されたか?」

 ダグラスが肩を竦めながら諦観をにじませた質問に答えるレナーテの声から感情が抜け落ちていた。

「あなたは【流星魔法】を受けてみたい?」
「遠くから観測するのに留めたいが」
「それじゃあ【流星魔法】を使ってみたい?」
「流星を降らせるか、被害を気にしなければロマンチックだとは思うよ」
「だったら残念ね。使

 会議室が沈黙に包まれた。
 レナーテが黒板に術式を書き記す音だけがしばらく響く。
 そして一つの術式を書き終えると、それを目にした研究者たちの叫びで会議室はまるで爆発が起きたかのように騒がしくなった。

 戸惑うロゼとレナーテの目が合う。
 レナーテは誰にでも分かるように丁寧に説明してくれた。

「ウチが描いたのは簡易結界の術式の一部。この術式は必要魔力の低減と安定化をしてくれる代わりに二つの縛りを与えるわ」

 ・魔法発動中に術者は身動きを取れない
 ・魔法発動中に術者は魔法の効果範囲内に居なくてならない

 指定した場所などを守る結界系統であれば、大きな問題にはならない縛りなのだが攻撃魔法となれば話が大きく変わってくる。確実な自爆攻撃となってしまうのだから。

「これは確かなのか?」

 アルフレッドの戸惑いを隠せない声を聞いても、レナーテは確信を持って頷いた。

「他にも幾つか術式が複雑に絡んではいるけど、二つの縛りは絶対に組み込まれているわ」
「ならば術者はもう……なるほど、きみが大馬鹿者と言うのも分かる」
「でも攻撃魔法に対して結界術の縛りを組み込めば、検証は必要になるとは思うけど必要魔力を大きく削減できる筈よ……汎用化には程遠いけどね」
「まさか最強の自爆魔法とはな」

 本当にそうなのだろうか。
 ロゼは自爆魔法ではないと思えてならない。根拠はただの感情でしかなく、論理的に研究者を説得できる材料はない。胸に宿った希望という未だに説明不可能な予感だけが突き動かすのだ。
 会議室の熱が冷めていく。
 未知を解き明かした先にあった正体が術者を巻き込む自爆魔法ということで興味が薄れてしまったようだ。

「自爆魔法であると、結論を出すのは……早いのではないでしょうか」
「姫様、何か疑問点がありますか?」
「いえ、ただ……私は……」

 もごもごと口の中で言葉が詰まってしまう。
 アルフレッドは素人の視点に期待して聞き入れてくれるが、ロゼは議論の熱を取り戻せるだけの根拠は何も思い浮かばなかった。
 議事進行を務めるリーサが口を開こうとするのが見えた。

「――王女殿下の仰るとおりです。自爆魔法と結論づけるのは早計でしょう」
「えっ……?」

 無情に議論は進められることはなかった。

「リーサちゃん、キミの考えを教えてほしいわ」

 レナーテに対してリーサは不思議そうに首を傾げる。
 他の研究者はどうして結論を出してしまえるのか心の底から理解できていないようだった。

「とても単純な話ではないですか。一人でできないのであれば二人以上で行えば良いのです」
「でも儀式を介することはできないわ」
「はい、同時並行に【流星魔法】に耐えられる用意をすれば良いだけです」
「……っ!?!? それこそ難しいわ。だって【流星魔法】に耐えられる【防御魔法】を発動できる術者が居ることになる」
 リーサはゆっくりと瞬きをした。

「世界に認知されていない凄腕の術者が一人居たのですから、二人居てもおかしくないと思いますが」

 ロゼの中でパチリとパズルのピースがはまった。
 国家の希望に成り得る存在がたった一人の魔術師であるよりも、未知の勢力と考え方がしっくり来る。
 突飛な発想をしていないのに、リーサは確実にこの場に居る全員の盲点を突いていた。これこそがリーサが重宝される所以なのだろう。彼女には多くの人にとって複雑に見える世界が単純で美しい構造物に見えているのかもしれない。
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