18 / 67
第一章:魔王軍誕生
魂の旅路(1)
しおりを挟む
マルクト丘陵のランドドラゴン討伐を終えて、一息をついていた魔王軍だったが『涙目一丸』の報告によって慌ただしくなっていた。
魔物の生息域であり未開拓地区なので近隣諸国に被害は出ないだろう、と安心して『魔王様』がメテオを景気良く打ち込んだところ、天変地異と勘違いした魔物がスタンピードを巻き起こして人族を巻き込んでしまったのだ。
憐れな冒険者二名は大型魔獣の群れに踏み潰されて、見るも無惨な死体へと成り果てた。
人の心を前世に忘れてきてしまった魔王軍も、これには流石に魔王様叩きで遊んでいる余裕はなくなり、叡智を結集して蘇生を試みることになった。
蘇生中に混乱から冷めた魔物たちが新鮮な血の匂いに引き寄せられてきて、必死で迎撃するトラブルはあったものの、無事に死体を守り抜くことに成功した。
肉体については、幸いにも食い散らかされたわけではないので細かな肉片まで掻き集めて元通りに近い状態まで復元できた。
問題は魂の回収だった。
死を経験した転生者にとっても未知の分野である。頭ゴブリンや頭オークは当然として天才も含めて誰もが魂の在処を正確には理解できていない。推論と感覚でしか語ることができないのだ。
しかし掲示板という集合知によって、僅かながらに希望を見出す。
その方法とは【失せ物探しの魔法】を応用して、冒険者の死体――肉体から魂を探し出すというものだった。
有能無名勢が考え出した方法のためには、肉体を起点にして魂が交換可能の物体であることを立証しなければならない。魔法は現実に影響を及ぼすために現象を定めなければならない。正しい正しくないというよりは、自分なりの論理が成り立たなくては、世界を書き換える指針が立たないのだ。
魂を認識するため最も魔力を持つ魔王自ら【記憶遡行魔法】を受けて自分が転生した瞬間を観測しようとしたが、『転生終了幽霊』が我こそはと名乗り出た。
不幸にも転生後に二度目の死を経験した『転生終了幽霊』であれば、世界を渡るリスクを負わなくても今生の世界内で、古い肉体から新しい肉体(幽体)への転生を観測できるのだ。
そして今、魔王軍は血生臭い森の中で魂の在処を探るために儀式魔法の準備を進めていた。
*
コテハン名『転生終了幽霊』は本名を持たない。
呼び方がないのは不便なので、現実世界では基本的に種族名である死霊種から取って『レイ』と呼んでもらっていた。何故だかその呼び名がしっくりきたのだ。
日本で過ごした前世のことはなんとなく覚えているが、レイスになる前の生者であった時代をまったくといっていいほど覚えていなかった。掲示板で言われるまで、本人も生まれ付きのアンデッドという矛盾した存在だと思っていたのだ。
レイは全身の力を抜くイメージをする。
鎧の中で働いていた浮力が失われて、関節部分が地面にだらんと垂れた。静寂に包まれた森の中にその音はよく響いた。
死体を守る戦いへと駆け付けるために、肉体代わりの甲冑はマルクト丘陵に置いてきたのだが、『ドラゴンキッチン』が気を利かせて運んできてくれたのだ。
「そのままリラックスして待っててくれ、もうちょいで準備が終わるからさ」
魔王様の言葉に甲冑の首を頷かせた。
その反応に魔王様はふっと頬を緩める。男っぽい雑な口調に反して透き通るような声や柔らかな表情のギャップは未だに慣れない。
本人の言葉通りだったがまさか『魔王様』が男から女にTS転生した銀髪エルフとかいう転生者界隈でのティア1を獲得してるとは思わなかった。どこが排他される存在なのだろうかと思ったが、奇異な見た目とアレな中身を気持ち悪がられて幼い頃に故郷を追い出されているので――まあ自業自得の部分もあるような気もするけど――可哀想な境遇だ。
「準備が整いましたわ」
レイの体を中心に置いた魔法陣を描き終えた妙齢の魔女が厳かに告げた。彼女はコテハンを名乗らない名無しの一人だが、特徴的な口調と有能過ぎるところからすぐに特定されていた。
ちなみにウィッチは人間に良く似た種族だが立派な魔物だ。亜人ではなく魔物だと言われる所以は本体が魔力そのものだからである。優れた魔術師の残滓だとか意志を持った魔力など色々な学説はあるが明確な証明はされていないらしい。レイがウィッチ本人に実際のところはどうなのか訊いたら妖しく笑うだけで答えは返ってこなかった。
「んじゃ改めて手順を説明するぞ。これから儀式魔法により【記憶遡行魔法】を執り行う。ウィッチが詠唱者で他の連中は魔力タンクだ。正直に言うとどこまで遡る必要があるのか未知数だから、魔力を外付けできる儀式魔法にしたのは保険だな」
他の転生者達はウィッチの周りに集まって魔力の供給役を担っていた。数時間か数日前に戻るだけならウィッチ単独で充分なのだが、もしも年単位で戻るとなれば魔力に恵まれた転生者でも数の勝負が必要だった。
「案内役はお前で俺は観測兼護衛役だ。これからやることは未知数な部分が大き過ぎる。俺が全力で魔力を注ぎ込んで魂を守るが、はっきり言って出たとこ勝負だ。それにどうしてもお前の記憶を覗くことになっちまう……悪いな」
レイは甲冑の首をゆっくりと頷かせた。
念話や掲示板を通せば言葉を伝えられるが、覚悟を伝えるのにはそれで充分だった。
「ははっ! 二度も覚悟を問うのは無粋だったな。それじゃあ始めようぜ!」
魔王様の言葉を合図に、ウィッチが詠唱を開始した。
魔法陣が青白く輝きを放ち、やがて意識が遠のいていく。
魂の在処を探る旅路への一歩目が遂に踏み出された。
魔物の生息域であり未開拓地区なので近隣諸国に被害は出ないだろう、と安心して『魔王様』がメテオを景気良く打ち込んだところ、天変地異と勘違いした魔物がスタンピードを巻き起こして人族を巻き込んでしまったのだ。
憐れな冒険者二名は大型魔獣の群れに踏み潰されて、見るも無惨な死体へと成り果てた。
人の心を前世に忘れてきてしまった魔王軍も、これには流石に魔王様叩きで遊んでいる余裕はなくなり、叡智を結集して蘇生を試みることになった。
蘇生中に混乱から冷めた魔物たちが新鮮な血の匂いに引き寄せられてきて、必死で迎撃するトラブルはあったものの、無事に死体を守り抜くことに成功した。
肉体については、幸いにも食い散らかされたわけではないので細かな肉片まで掻き集めて元通りに近い状態まで復元できた。
問題は魂の回収だった。
死を経験した転生者にとっても未知の分野である。頭ゴブリンや頭オークは当然として天才も含めて誰もが魂の在処を正確には理解できていない。推論と感覚でしか語ることができないのだ。
しかし掲示板という集合知によって、僅かながらに希望を見出す。
その方法とは【失せ物探しの魔法】を応用して、冒険者の死体――肉体から魂を探し出すというものだった。
有能無名勢が考え出した方法のためには、肉体を起点にして魂が交換可能の物体であることを立証しなければならない。魔法は現実に影響を及ぼすために現象を定めなければならない。正しい正しくないというよりは、自分なりの論理が成り立たなくては、世界を書き換える指針が立たないのだ。
魂を認識するため最も魔力を持つ魔王自ら【記憶遡行魔法】を受けて自分が転生した瞬間を観測しようとしたが、『転生終了幽霊』が我こそはと名乗り出た。
不幸にも転生後に二度目の死を経験した『転生終了幽霊』であれば、世界を渡るリスクを負わなくても今生の世界内で、古い肉体から新しい肉体(幽体)への転生を観測できるのだ。
そして今、魔王軍は血生臭い森の中で魂の在処を探るために儀式魔法の準備を進めていた。
*
コテハン名『転生終了幽霊』は本名を持たない。
呼び方がないのは不便なので、現実世界では基本的に種族名である死霊種から取って『レイ』と呼んでもらっていた。何故だかその呼び名がしっくりきたのだ。
日本で過ごした前世のことはなんとなく覚えているが、レイスになる前の生者であった時代をまったくといっていいほど覚えていなかった。掲示板で言われるまで、本人も生まれ付きのアンデッドという矛盾した存在だと思っていたのだ。
レイは全身の力を抜くイメージをする。
鎧の中で働いていた浮力が失われて、関節部分が地面にだらんと垂れた。静寂に包まれた森の中にその音はよく響いた。
死体を守る戦いへと駆け付けるために、肉体代わりの甲冑はマルクト丘陵に置いてきたのだが、『ドラゴンキッチン』が気を利かせて運んできてくれたのだ。
「そのままリラックスして待っててくれ、もうちょいで準備が終わるからさ」
魔王様の言葉に甲冑の首を頷かせた。
その反応に魔王様はふっと頬を緩める。男っぽい雑な口調に反して透き通るような声や柔らかな表情のギャップは未だに慣れない。
本人の言葉通りだったがまさか『魔王様』が男から女にTS転生した銀髪エルフとかいう転生者界隈でのティア1を獲得してるとは思わなかった。どこが排他される存在なのだろうかと思ったが、奇異な見た目とアレな中身を気持ち悪がられて幼い頃に故郷を追い出されているので――まあ自業自得の部分もあるような気もするけど――可哀想な境遇だ。
「準備が整いましたわ」
レイの体を中心に置いた魔法陣を描き終えた妙齢の魔女が厳かに告げた。彼女はコテハンを名乗らない名無しの一人だが、特徴的な口調と有能過ぎるところからすぐに特定されていた。
ちなみにウィッチは人間に良く似た種族だが立派な魔物だ。亜人ではなく魔物だと言われる所以は本体が魔力そのものだからである。優れた魔術師の残滓だとか意志を持った魔力など色々な学説はあるが明確な証明はされていないらしい。レイがウィッチ本人に実際のところはどうなのか訊いたら妖しく笑うだけで答えは返ってこなかった。
「んじゃ改めて手順を説明するぞ。これから儀式魔法により【記憶遡行魔法】を執り行う。ウィッチが詠唱者で他の連中は魔力タンクだ。正直に言うとどこまで遡る必要があるのか未知数だから、魔力を外付けできる儀式魔法にしたのは保険だな」
他の転生者達はウィッチの周りに集まって魔力の供給役を担っていた。数時間か数日前に戻るだけならウィッチ単独で充分なのだが、もしも年単位で戻るとなれば魔力に恵まれた転生者でも数の勝負が必要だった。
「案内役はお前で俺は観測兼護衛役だ。これからやることは未知数な部分が大き過ぎる。俺が全力で魔力を注ぎ込んで魂を守るが、はっきり言って出たとこ勝負だ。それにどうしてもお前の記憶を覗くことになっちまう……悪いな」
レイは甲冑の首をゆっくりと頷かせた。
念話や掲示板を通せば言葉を伝えられるが、覚悟を伝えるのにはそれで充分だった。
「ははっ! 二度も覚悟を問うのは無粋だったな。それじゃあ始めようぜ!」
魔王様の言葉を合図に、ウィッチが詠唱を開始した。
魔法陣が青白く輝きを放ち、やがて意識が遠のいていく。
魂の在処を探る旅路への一歩目が遂に踏み出された。
11
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。
―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》
EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。
歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。
そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。
「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。
そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。
制刻を始めとする異質な隊員等。
そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。
元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。
〇案内と注意
1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。
3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。
4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。
5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!
理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。
ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。
仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。
元剣聖のスケルトンが追放された最弱美少女テイマーのテイムモンスターになって成り上がる
ゆる弥
ファンタジー
転生した体はなんと骨だった。
モンスターに転生してしまった俺は、たまたま助けたテイマーにテイムされる。
実は前世が剣聖の俺。
剣を持てば最強だ。
最弱テイマーにテイムされた最強のスケルトンとの成り上がり物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる