異世界転生した俺らの愉快な魔王軍

喜多朱里

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第一章:魔王軍誕生

世界変革の光(3)

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 日の出前の薄暗い城下町を無数の魔物が足を揃えて行進していた。
 魔素の影響で理性を失い暴力的な低級の魔物さえも整然と振る舞っている。
 まるで王国の正規軍気取りだ。魔物こそがルベリスタ王国の真の支配者であると物語っているようだった。
 彼らが目指す先、王城のバルコニーには長耳で色白い肌の亜人――エルフだと思われる女性が不敵に笑っていた。


    *


 目を覚ましたロゼは見覚えのあるベッドの天蓋が目に入り安堵する。
 ここは自室だ。先程見ていた光景はすべて夢だった。しかし脳裏に焼き付いた光景は、目覚めた後も色褪せることなく残り続けていた。

「あの光景は一体」

 ロゼは垂れ下がった前髪を掻き上げる。
 ネグリジェが汗でぴったりと肌に張り付いてしまっていた。
 夜風に当たろうと薄手のガウンを羽織ってバルコニーに出た。

「……不気味な夢でした」

 女性が立っていたのは恐らくこの場所だ。
 見下ろす景色は夢と同じで、違うのは時間帯と魔物の姿だけだ。
 まだ火照ったままの身体がぶるりと震え上がる。

 今夜の夢は普段見る夢と違って現実的な質感があった。
 まるで本当に経験した過去を思い出すような――あるいは、いずれ訪れる未来を既知として受け取るような奇妙な感覚だ。
 そんなことは有り得ないと分かっていても、今にも城下町から魔物の大群が押し寄せてくるのではないかと恐怖が込み上げてきた。

「あれは一体……えっ!?」

 ロゼは遠くの空に夜闇を引き裂く光を目撃した。
 光は収束していき真円を形作り、その内側に複雑な模様を描いていく。
 それは人智を超えた巨大な魔法陣だった。
 やがて魔法陣は夜闇に溶けてなくなり、その代わりに流れ星が――燃え尽きることなく隕石となった火球が夜闇を照らしながら次々と降り注いだ。

「これが魔法だというのですか」

 宮廷魔導師が全員集まって発動する儀式魔法でさえも、ここまで大規模な現象を引き起こすことはできないのではないだろうか
 果たして何者が何のために行ったのか。
 畏怖に震えながらも必死で思考を回して、落下地点について考えた。

「王国の領土内ですが、北方地区はまだ未開拓……民の被害は無さそうなのが幸いですね」

 国境線の引かれる山岳地帯よりも手前なので、恐らくは魔物の生息域であるマルクト丘陵の辺りだ。
 魔素濃度が高く限られた魔物だけが生き残れる土地で、常日頃に血みどろの縄張りが争いが行われているのだと領土について学んだ際に聞いた覚えがある。
 丘陵の大部分を支配するランドドラゴンは、本来ならば飛竜種との対比で『地べたを這いずる竜』と揶揄される種族なのだが、他地域の同種族に比べて非常に頑丈であらゆる攻撃を弾き返す外皮によって生態系の頂点に君臨している。

 噂に聞く特殊個体のランドドラゴンであっても、流星の直撃には耐えられはしないだろう。
 今この瞬間、天災ではなく人災によって、マルクト丘陵の生態系が書き換えられようとしている。
 冒険者も避けて通る危険地帯をたった一つの魔法で破壊し尽くす――それは魔物よりも恐ろしい存在が現れたということだ。

「でもどうしてでしょう、私は胸の高鳴りも同時に感じています」

 遥か遠くの大地にて、ランドドラゴンの酋長が恐怖に慄く瞬間、ロゼは未来に希望を抱いた。
 降り注ぐ流星群の輝きは、腐敗した王国に差し込んだ光明に思えてならない。
 言葉では説明できない予感は、これまであらゆるものから逃げてきた彼女の心を衝き動かす。

 社交界から距離を置いて、悪化する内政から目を背けて、他の兄妹のように国を支えるだけの才能を持たず――何もない自分には何も成し遂げられない。
 すべてを諦めることで許されたつもりになっていたが、罪悪感だけはロゼを逃がしてはくれず、じくじくと心を腐らせていった。
 決意を固めてもロゼに何かができるわけではない。

「それでも動かない理由にはならない……そうですよね」

 王都市街にある王立魔法研究所に目を向ける。
 平時でも灯りの消えない不夜城は、今はきっと大騒ぎになっているだろう。
 次々と降り注いでいた隕石が止まり、夜の暗闇と静けさと戻ってくる。

「すぐに動くべきですね」

 踵を返した勢いで肩に掛けたガウンが舞い上がり、手すりの向こう側に落ちていった。
 ロゼは落ちたガウンに気付かないままバルコニーを後にする。
 彼女の目は前だけに向けられていた。

 ルベリスタ王国の第三王女ロザリンド・エル・ルベリスタ。
 彼女はこれより世界のすべてを変革する始まりの光を目撃した一人だった。
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