10 / 67
第一章:魔王軍誕生
世界変革の光(3)
しおりを挟む
日の出前の薄暗い城下町を無数の魔物が足を揃えて行進していた。
魔素の影響で理性を失い暴力的な低級の魔物さえも整然と振る舞っている。
まるで王国の正規軍気取りだ。魔物こそがルベリスタ王国の真の支配者であると物語っているようだった。
彼らが目指す先、王城のバルコニーには長耳で色白い肌の亜人――エルフだと思われる女性が不敵に笑っていた。
*
目を覚ましたロゼは見覚えのあるベッドの天蓋が目に入り安堵する。
ここは自室だ。先程見ていた光景はすべて夢だった。しかし脳裏に焼き付いた光景は、目覚めた後も色褪せることなく残り続けていた。
「あの光景は一体」
ロゼは垂れ下がった前髪を掻き上げる。
ネグリジェが汗でぴったりと肌に張り付いてしまっていた。
夜風に当たろうと薄手のガウンを羽織ってバルコニーに出た。
「……不気味な夢でした」
女性が立っていたのは恐らくこの場所だ。
見下ろす景色は夢と同じで、違うのは時間帯と魔物の姿だけだ。
まだ火照ったままの身体がぶるりと震え上がる。
今夜の夢は普段見る夢と違って現実的な質感があった。
まるで本当に経験した過去を思い出すような――あるいは、いずれ訪れる未来を既知として受け取るような奇妙な感覚だ。
そんなことは有り得ないと分かっていても、今にも城下町から魔物の大群が押し寄せてくるのではないかと恐怖が込み上げてきた。
「あれは一体……えっ!?」
ロゼは遠くの空に夜闇を引き裂く光を目撃した。
光は収束していき真円を形作り、その内側に複雑な模様を描いていく。
それは人智を超えた巨大な魔法陣だった。
やがて魔法陣は夜闇に溶けてなくなり、その代わりに流れ星が――燃え尽きることなく隕石となった火球が夜闇を照らしながら次々と降り注いだ。
「これが魔法だというのですか」
宮廷魔導師が全員集まって発動する儀式魔法でさえも、ここまで大規模な現象を引き起こすことはできないのではないだろうか
果たして何者が何のために行ったのか。
畏怖に震えながらも必死で思考を回して、落下地点について考えた。
「王国の領土内ですが、北方地区はまだ未開拓……民の被害は無さそうなのが幸いですね」
国境線の引かれる山岳地帯よりも手前なので、恐らくは魔物の生息域であるマルクト丘陵の辺りだ。
魔素濃度が高く限られた魔物だけが生き残れる土地で、常日頃に血みどろの縄張りが争いが行われているのだと領土について学んだ際に聞いた覚えがある。
丘陵の大部分を支配するランドドラゴンは、本来ならば飛竜種との対比で『地べたを這いずる竜』と揶揄される種族なのだが、他地域の同種族に比べて非常に頑丈であらゆる攻撃を弾き返す外皮によって生態系の頂点に君臨している。
噂に聞く特殊個体のランドドラゴンであっても、流星の直撃には耐えられはしないだろう。
今この瞬間、天災ではなく人災によって、マルクト丘陵の生態系が書き換えられようとしている。
冒険者も避けて通る危険地帯をたった一つの魔法で破壊し尽くす――それは魔物よりも恐ろしい存在が現れたということだ。
「でもどうしてでしょう、私は胸の高鳴りも同時に感じています」
遥か遠くの大地にて、ランドドラゴンの酋長が恐怖に慄く瞬間、ロゼは未来に希望を抱いた。
降り注ぐ流星群の輝きは、腐敗した王国に差し込んだ光明に思えてならない。
言葉では説明できない予感は、これまであらゆるものから逃げてきた彼女の心を衝き動かす。
社交界から距離を置いて、悪化する内政から目を背けて、他の兄妹のように国を支えるだけの才能を持たず――何もない自分には何も成し遂げられない。
すべてを諦めることで許されたつもりになっていたが、罪悪感だけはロゼを逃がしてはくれず、じくじくと心を腐らせていった。
決意を固めてもロゼに何かができるわけではない。
「それでも動かない理由にはならない……そうですよね」
王都市街にある王立魔法研究所に目を向ける。
平時でも灯りの消えない不夜城は、今はきっと大騒ぎになっているだろう。
次々と降り注いでいた隕石が止まり、夜の暗闇と静けさと戻ってくる。
「すぐに動くべきですね」
踵を返した勢いで肩に掛けたガウンが舞い上がり、手すりの向こう側に落ちていった。
ロゼは落ちたガウンに気付かないままバルコニーを後にする。
彼女の目は前だけに向けられていた。
ルベリスタ王国の第三王女ロザリンド・エル・ルベリスタ。
彼女はこれより世界のすべてを変革する始まりの光を目撃した一人だった。
魔素の影響で理性を失い暴力的な低級の魔物さえも整然と振る舞っている。
まるで王国の正規軍気取りだ。魔物こそがルベリスタ王国の真の支配者であると物語っているようだった。
彼らが目指す先、王城のバルコニーには長耳で色白い肌の亜人――エルフだと思われる女性が不敵に笑っていた。
*
目を覚ましたロゼは見覚えのあるベッドの天蓋が目に入り安堵する。
ここは自室だ。先程見ていた光景はすべて夢だった。しかし脳裏に焼き付いた光景は、目覚めた後も色褪せることなく残り続けていた。
「あの光景は一体」
ロゼは垂れ下がった前髪を掻き上げる。
ネグリジェが汗でぴったりと肌に張り付いてしまっていた。
夜風に当たろうと薄手のガウンを羽織ってバルコニーに出た。
「……不気味な夢でした」
女性が立っていたのは恐らくこの場所だ。
見下ろす景色は夢と同じで、違うのは時間帯と魔物の姿だけだ。
まだ火照ったままの身体がぶるりと震え上がる。
今夜の夢は普段見る夢と違って現実的な質感があった。
まるで本当に経験した過去を思い出すような――あるいは、いずれ訪れる未来を既知として受け取るような奇妙な感覚だ。
そんなことは有り得ないと分かっていても、今にも城下町から魔物の大群が押し寄せてくるのではないかと恐怖が込み上げてきた。
「あれは一体……えっ!?」
ロゼは遠くの空に夜闇を引き裂く光を目撃した。
光は収束していき真円を形作り、その内側に複雑な模様を描いていく。
それは人智を超えた巨大な魔法陣だった。
やがて魔法陣は夜闇に溶けてなくなり、その代わりに流れ星が――燃え尽きることなく隕石となった火球が夜闇を照らしながら次々と降り注いだ。
「これが魔法だというのですか」
宮廷魔導師が全員集まって発動する儀式魔法でさえも、ここまで大規模な現象を引き起こすことはできないのではないだろうか
果たして何者が何のために行ったのか。
畏怖に震えながらも必死で思考を回して、落下地点について考えた。
「王国の領土内ですが、北方地区はまだ未開拓……民の被害は無さそうなのが幸いですね」
国境線の引かれる山岳地帯よりも手前なので、恐らくは魔物の生息域であるマルクト丘陵の辺りだ。
魔素濃度が高く限られた魔物だけが生き残れる土地で、常日頃に血みどろの縄張りが争いが行われているのだと領土について学んだ際に聞いた覚えがある。
丘陵の大部分を支配するランドドラゴンは、本来ならば飛竜種との対比で『地べたを這いずる竜』と揶揄される種族なのだが、他地域の同種族に比べて非常に頑丈であらゆる攻撃を弾き返す外皮によって生態系の頂点に君臨している。
噂に聞く特殊個体のランドドラゴンであっても、流星の直撃には耐えられはしないだろう。
今この瞬間、天災ではなく人災によって、マルクト丘陵の生態系が書き換えられようとしている。
冒険者も避けて通る危険地帯をたった一つの魔法で破壊し尽くす――それは魔物よりも恐ろしい存在が現れたということだ。
「でもどうしてでしょう、私は胸の高鳴りも同時に感じています」
遥か遠くの大地にて、ランドドラゴンの酋長が恐怖に慄く瞬間、ロゼは未来に希望を抱いた。
降り注ぐ流星群の輝きは、腐敗した王国に差し込んだ光明に思えてならない。
言葉では説明できない予感は、これまであらゆるものから逃げてきた彼女の心を衝き動かす。
社交界から距離を置いて、悪化する内政から目を背けて、他の兄妹のように国を支えるだけの才能を持たず――何もない自分には何も成し遂げられない。
すべてを諦めることで許されたつもりになっていたが、罪悪感だけはロゼを逃がしてはくれず、じくじくと心を腐らせていった。
決意を固めてもロゼに何かができるわけではない。
「それでも動かない理由にはならない……そうですよね」
王都市街にある王立魔法研究所に目を向ける。
平時でも灯りの消えない不夜城は、今はきっと大騒ぎになっているだろう。
次々と降り注いでいた隕石が止まり、夜の暗闇と静けさと戻ってくる。
「すぐに動くべきですね」
踵を返した勢いで肩に掛けたガウンが舞い上がり、手すりの向こう側に落ちていった。
ロゼは落ちたガウンに気付かないままバルコニーを後にする。
彼女の目は前だけに向けられていた。
ルベリスタ王国の第三王女ロザリンド・エル・ルベリスタ。
彼女はこれより世界のすべてを変革する始まりの光を目撃した一人だった。
12
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。
鬼神転生記~勇者として異世界転移したのに、呆気なく死にました。~
月見酒
ファンタジー
高校に入ってから距離を置いていた幼馴染4人と3年ぶりに下校することになった主人公、朝霧和也たち5人は、突然異世界へと転移してしまった。
目が覚め、目の前に立つ王女が泣きながら頼み込んできた。
「どうか、この世界を救ってください、勇者様!」
突然のことに混乱するなか、正義感の強い和也の幼馴染4人は勇者として魔王を倒すことに。
和也も言い返せないまま、勇者として頑張ることに。
訓練でゴブリン討伐していた勇者たちだったがアクシデントが起き幼馴染をかばった和也は命を落としてしまう。
「俺の人生も……これで終わり……か。せめて……エルフとダークエルフに会ってみたかったな……」
だが気がつけば、和也は転生していた。元いた世界で大人気だったゲームのアバターの姿で!?
================================================
一巻発売中です。
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】
一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。
追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。
無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。
そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード!
異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。
【諸注意】
以前投稿した同名の短編の連載版になります。
連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。
なんでも大丈夫な方向けです。
小説の形をしていないので、読む人を選びます。
以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。
disりに見えてしまう表現があります。
以上の点から気分を害されても責任は負えません。
閲覧は自己責任でお願いします。
小説家になろう、pixivでも投稿しています。


異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!
理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。
ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。
仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。


凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる