佐藤くんは覗きたい

喜多朱里

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休日を覗きたい

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 本に目を落としたままコーヒーカップに手を伸ばす。
 口元に運んで傾けたが、既に中身は空っぽだった。

「お代わり……いや、ケーキも食べ終えてたか」

 土曜日、僕は自宅近くの駅ビルに遊びに来ていた。
 高校の最寄り駅なので何人か同級生にも擦れ違ったが、グループで楽しんでいる彼らの方は僕に気付きはしなかった。
 もちろんぼっちたる者、僕は一人でやって来た。

 何か目的があったわけではない。
 ただ単に一日中家に居るのも気が滅入るので、気分転換のために外へと出たかった。
 書店で気になるタイトルの本を何冊か買って、併設されたカフェでコーヒーとケーキのセットを頼んで優雅に読書を楽しんでいた。

「もうそんなに時間が経ってたか」

 スマホで時刻を確認すると時刻は12時を回っていた。
 窓の外を眺めると、朝から変わらず曇天空が広がっていた。
 夕方には雨が降り出す予報が出ていたので、お昼を食べ終えたらすぐに帰ることにしよう。
 両親は出張で家に居ないので、もともと外食予定のつもりだったが、肝心の何を食べるかは考えていなかった。

「フードコートを歩いて決めようかな」

 カフェにはランチメニューもあったが、お洒落価格なので気軽には手を出せなかった。
 エレベーターは混雑しており、待ち時間が掛かりそうだったので、眺めの良い吹き抜けのガラス手すりに寄り掛かる。
 二階からだと一階の駅に繋がる通路を見下ろすよりも、見上げた方が見応えのある景色が広がっていた。

 最上階の六階まで続く吹き抜けは、最近の増改築で作られたばかりのエリアなので、田舎の駅ビルには似合わない垢抜けた雰囲気がある。
 一つ上のフロアに僕と同じようにガラス手すりに寄り掛かる女子校生の姿があった。裾上げして規定より短くした制服のスカートを穿いており、もう少し角度を変えれば覗き込めそうだ。

「ふむ、良い感じだ」
「何が良い感じなの?」
「えっ」

 三階を見上げる視線を隣に向けると、手すりに寄り掛かった有村さんが同じように見上げていた。
 ツートンカラーのベルトドレスは、クリーム色とチョコレート色の組み合わせで体の起伏――大きな胸と括れた腰を目立たないようにしながらスマートに見せている。肩から手首まで覆ったパフスリーブが良いアクセントになっており、地味な色合いを補っていた。

 私服姿の有村さんも相変わらず可愛らしい。ブランドや流行りには乗らず、僕と同じ安価なメーカーの服を着ているようなのに、着こなしの工夫と本人の魅力で安っぽさが感じられなかった。
 これから旅行か合宿にでも行くような大きいボストンバッグを肩に掛けている。ほっそりとしたシルエットの服装とは不釣り合いな大荷物なので視線を引き寄せられた。

「……佐藤くんは、居てほしい時に居てくれる」

 ぼそりと呟いた言葉はざわめきの中でも、不思議とよく聞こえた。

「こんにちは、佐藤くん!」

 動揺していると僕の方を向いてにこりと笑った。

「……奇遇だね。友達と遊びに来たの?」
「ううん、一人だよ。佐藤くんは?」
「僕も一人だよ」
「仲間だねー」

 僕は曖昧に笑い返した。
 正真正銘のぼっちと、普段は人の輪の中に居て一人を選ぶのでは大違いだと思う。

「この後の予定は?」
「お昼を食べようと思ってたけど」
「おおー! またもや仲間だね! 一緒に食べに行こうよ」

 僕が口ごもっていると、有村さんの顔が曇る。

「もちろん、何か食べたいものはある?」

 返事を聞いて、有村さんの顔がぱっと明るくなるが、またすぐに沈んでしまった。

「……ごめんね、無理強いするみたいになっちゃって」
「最初から断るつもりなんてなかったよ。財布に幾ら入ってたかなって考えてたんだ。有村さんが食べたいものがあって、僕の予算が足りてなかったらどうしようって」

 僕は財布を確認して一万円札が入っていたのを思い出した。
 両親は僕を放置気味ではあるけれど、お小遣いだけはたっぷりとくれる。


    *


 大人になったらデートで行くとSNSに晒し上げられて炎上するとの噂を持つファミレスにやってきた。リーズナブルで高校生の味方ということは、大人にとっては敵に成り得るのかもしれない。社会って怖い。
 注文を復唱した店員が立ち去ると、テーブルに気不味い空気が漂う。

「やっぱり子どもっぽいよね」
「何も言ってないよ」
「でも絶対に思ってた」

 頬を膨らませてジト目を向けてくるので、慈愛の微笑みで迎え撃った。

「注文に年齢制限がないんだから気にすることはないよ。キッズプレートは色々と食べられて良いんじゃないかな。うん、僕は良いと思う」
「佐藤くんは勘違いしてるよ。これはね、佐藤くんの言う通り色々と食べたいから選んだ注文なの。ハンバーグもエビフライもオムライスも食べたいけど、大人のメニューだと単品で頼むと高いし、量も多い。だからこれは合理的な選択肢なんだよ」
「うんうん、分かってるよ」
「分かってない反応ー!」
「ごめん、有村さんの反応が良いからさ」

 流石に意地悪が過ぎたので謝った。

「でも本当になんとも思ってないよ。実際に需要があって、キッズメニューとかおこさまランチって呼び方をやめている店もあるいみたいだからさ」
「そうだよね! 恥ずかしくないよね!」
「前にからかわれたの?」
麻美まみちゃんにね。えっと、遠藤麻美ちゃんのこと」
「……ああ、遠藤さんか」

 少し前に有村さんの体操着をこっそり処分しようとしていたことを思い出して、僕は少しだけ反応が遅れてしまった。

「よく一緒に居るよね」
「中学から一緒だからね」
「なるほど、他にも同じ中学出身の人は居るの?」
「うーんと、クラスの中だと荒谷くんとかも一緒だよ」
「それで今もよく一緒に居るんだね」
「あはは、いつも教室を騒がしてごめんね!」

 柔らかい笑みは崩れないけれど、有村さんの声は少し固くなった気がした。

「そういえば、さっきの吹き抜けで言ってた「良い感じ」ってなんの話だったの?」
「……ああ、写真のね。良い感じのが撮れそうな場所だなーって」
「本当に好きなんだね」
「それ以外にやることがないだけだよ。有村さんは今日は何か用事があったの? 確か家は何駅か離れてるよね」
「少し気晴らしに来たの……あっ、料理が来たよ!」

 店員が僕の頼んだパスタを配膳した。
 醤油ベースの和風パスタで、茸とベーコンがたっぷり入っている。上には刻み海苔が振り掛けられていた。シンプルで美味しそうだ。

「お先にどうぞ。冷めちゃったらもったいないから」
「うん、ありがとう……いただきます」

 僕はフォークとスプーンを手に取ってパスタを巻き付けながら、有村さんが隣の座席に置いたボストンバッグに視線を向ける。

「佐藤くん?」
「なんでもないよ」

 安易に踏み込めない闇を感じ取った僕は、有村さんと同じように笑顔の仮面を貼り付けた。


    *


 昼食を終えた後、そのまま流れで有村さんと一緒に行動していた。
 駅ビル内のゲームセンターにやってきて、クレーンゲームのコーナーをぶらぶらと歩き回る。
 小学生の頃はメダルゲームで遊ぶためによく来ていた。預かりカウンターのメダルが一万枚を超えると使い切れない状態になり、増えても減っても感情が揺れ動かなくなって遊ばなくなった。

「むむ、むむむっ」
「そこまで気になるなら挑戦してみれば?」

 隣に居た有村さんが見当たらず振り返ると、足を止めて筐体にしがみついていた。

「わたしだと幾ら掛かるか分からないので……それに、荷物になるから」

 何かアニメのキャラクターなのか、兎に似た二頭身のぬいぐるみが色違いで何体か入っている。目が死んでるけど、こういうのが女子の間では流行っているのだろうか。

「どの色が好き?」
「うーん、白かな……あっ、佐藤くん!?」

 僕は筐体に五百円を入れて、筐体のレバーを操作をした。
 アームの強さを熟知している。この筐体は確率機ではあるけれど、あの形のぬいぐるみならやりようはある。

「おっと、上手く行き過ぎちゃったな」

 一発でぬいぐるみのタグにアームが差し込まれて、そのまま引きずるように開口部まで運ばれた。転がり落ちたぬいぐるみを取り出し口から受け取って、有村さんに差し出した。

「僕は穫るまでが好きだからさ、景品は有村さんがもらって」
「で、でも……良いの?」
「うん、もらってくれると助かる」
「……そっか、うんっ、ありがとう!」

 有村さんはぬいぐるみを腕の中でぎゅっと抱き締めて。胸に包み込まれたぬいぐるみが少しだけ羨ましい。

「あっ、まだ二回できるよ! 折角なら、佐藤くんの分も獲ろうよ!」

 この状況で僕は要らないとは言い難い。わざとミスするのも嫌だったので、二回使って色違いの黒兎をゲットした。

「これでお揃いだね、すごく嬉しい!」

 有村さんが人形を挟んで腕に抱き着いてくる。
 不意打ちにどぎまぎしてしまう。

「今度は事故じゃないよ」
「へっ……?」
「ふふーん、なんでもない」

 小悪魔的な振る舞いもよく似合っていた。

「佐藤くんってゲームも得意なんだね」

 有村さんにおだてられるまま乱獲した結果、景品用のビニール袋がぱんぱんに膨れていた。
 ゲームセンターから出て、吹き抜けに設置されたベンチに腰掛けて一息をつく。
 戦利品の一つずつ確認しながら、獲った時のテクニックについて説明すると有村さんは目を輝かせて無邪気な様子で聞いてくれた。それがまだ気分を良くするので、つい話し込んでしまった。

「雨が降ってきたみたいだね」

 一階の通路を見下ろすと傘の広がりをまとめるバンドを外した状態で歩く人が何人も通っていった。
 予報通り雨が降り始めたようだ。

「夜になるともっと強くなっていくって」

 有村さんが天気予報を映したスマホの画面を見せてくれる。

「そろそろ解散する?」
「もう遅いもんね。今日はすごく楽しかった!」

 寂し気な雰囲気をすぐに振り払い、いつものを笑顔を浮かべる。
 僕は有村さんを駅の改札まで送った。
 また学校で、と手を振って別れを告げる。


    *


 駅ビルの外に出ると、雨脚は思ったよりも激しかった。
 傘を持ってきていなかったので、家まで近いこともあり、走り抜けようと考えていたのだが無理そうだ。

「僕はともかく、荷物がな」

 予定外に増えたゲームセンターの戦利品を濡らしたくはない。
 諦めて調達したコンビニのビニール傘を差した。

「有村さんは電車に間に合ったかな」

 駅のホームを眺めようと振り返り――僕は唖然とした。

「有村さん……?」

 降り注ぐ雨の中、傘も差さずに有村さんが佇んでいた。びしょ濡れになった前髪が顔を覆い隠して、たっぷりと雨を吸い込んだベルトドレスが身体のラインを浮き彫りにするように張り付いていた。

「有村さんっ!!」

 僕は駆け寄って、有村さんを傘の中に入れた。
 俯いた有村さんの頬を伝うのが雨なのか涙なのか分からない。
 一つ確かなのは、このまま放ってはいけないということだ。
 黙ったまま立ち尽くす有村さんの手を引いて、僕は屋根のある場所まで連れて行こうとするが、まるで根を張ったようにその場から動こうとはしなかった。

「本当はね、家出してきたの」

 顔を上げた有村さんは泣いていなかった。
 でも泣いていてくれてた方が良かった。
 こんな有様でいつもの微笑えを浮かべる姿は余りにも痛々しかった。

 ――それから少し後、有村さんは僕の家に居た。そしてお風呂に入っている。
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