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セオの髪結になるということ
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「ベリル王子、どこにっ?」
馬車に押し込まれた真凛は、続いて乗り込んでくるベリルの胸を押す。馬車の窓から、門兵に行く手を阻まれるセオの姿が見える。
必死に真凛の名を呼ぶその声だけがかすかに届く。無力だった。真凛もセオも。ベリルの前では、ほんの小さな恋に花を咲かせただけのことで、いともたやすく踏み荒らされて枯れてしまうものだった。
「力の及ばない場所へ行きましょう」
「力って……。そんな場所あるの?」
真凛は身構える。セオの分身すら来れない場所。アウイが瞬間移動できない場所。そしてベリルの耳に不要な声が届かない場所。そんな場所があるのだとしたら、そこへ行く意味すら考えたくなくて不安になる。
「なぜセオなのですか」
ベリルは質問には答えず、真凛の隣へ座る。ゆっくりと馬車が動き出す。セオの絶望が伝わるような叫びすらすぐに聞こえなくなる。
「じゃあ聞くわっ! なぜセオ様はダメなの? 血のつながりがないなら……」
「ないからです。セオは王女にふさわしい相手ではありません。王宮以外で暮らすことのできない非力な男です」
「でもインカ様のお子なんでしょう?」
「ええ、私の可愛い弟です。大切だからこそ、セドニーにいてはいけないと思っています」
ベリルの視線が窓の外へ動く。その視線の先には赤い宮殿の屋根が見える。
宮殿を囲うドーム型の幕のようなものが、うっすらと空にかかるのが見える。ただならない空気を感じて、真凛の背筋はぞくりと震える。
「力の届かない場所って……」
「母上は生粋のフィンの民です。彼女の力は強大です。薄れたフィンの血の持つ能力など、簡単に打ち消すことができます」
「フィンというのが、赤の?」
「赤の民の気性は荒々しい。その血は私の中にも流れています」
馬車がゆっくりと赤い門の前で停まる。しばらくすると門は開き、馬車はまた動き出す。
「ベリル王子……、私をここへ連れてきてどうしようっていうの?」
「あなたを守るべき方法は二つあります。そのどちらかを選択するには、邪魔の入らないこの場所がふさわしいと思ったのです」
馬車ごと飲み込む大きな門をくぐり抜ける。うるさいほどに豪奢な赤と金の宮殿が真凛の前に立ちはだかるが、その途中にある離れの宮殿の前で馬車は停車する。
「さあ、マリン。ベッドの上で語らいましょうか。誰にも邪魔されることなく、私は思いを遂げようと思います」
厳しいベリルの横顔を、真凛は絶望の目で見つめる。真凛の身に危険が及べば迷わず妻にすると言ったベリルの決意が、もう揺るぐことのないことをその眼差しで知った。
ベッドの上へ投げ出されると、髪結ドレスの裾がめくれ上がった。そこへベリルの視線が下がるとともに、ふくらはぎにあるアザに気づいた真凛はハッと足を衣服の中へ引っ込める。
「セオはそんなところにまで」
「これは……その」
首筋が赤くなるのを自覚する。全身に咲く赤い花はセオが愛してくれた証だった。身体の隅々まで這った柔らかい唇がつけた証は、二人だけの秘密と思っていたのに。
「わかっています。マリンの可愛らしい声は私の耳にも届いていましたから」
「えっ……! あ……、そんな……」
「私の腕の中でも啼かせてみせましょうか」
ベッドの上を這って逃げようとすると、ベリルに腕をつかまれ、組み敷かれてしまう。
「ベリル王子……、やめて。私たちは兄妹なのよ……」
「刻印さえなければわからぬこと。妹と知らずに出会っていたら、恋に落ちていたでしょう」
「そんなの嘘っ」
「セオは真実を知らない。私たちが愛し合ったことを知れば手を引くでしょう。穢れた娘を嫌悪するぐらいには、セオは純真です」
能面のように無表情なベリルの顔が落ちてくる。とっさに腕で口元を隠せば、むき出しになった手首に唇が触れる。そのままベリルは手首をつかみ、真凛の小さな手のひらへ舌を這わせていく。
「弟の愛した女を寝取るというのは興奮するものですね」
「な、何を言って……っ」
「昨夜のセオはどうでしたか? あなたの中をかき乱し、ひどく興奮していた。マリンもまた、彼を締め付けて楽しんでいたのでしょう」
首筋から、かぁっと脳天まで熱くなる。
「ああ、いいですね。その顔はそそります」
ベリルは真凛を仰向けに転がすと、ドレスの裾をめくり上げ、現れた白い足に口づける。昨夜セオが触れた場所と同じ場所にきつく吸いつく。
「あぁ……っ、……や……っ」
「マリンは感じやすいのでしたね。セオが簡単に溺れるのもわかります」
太ももの内側をスッと撫でられて、真凛は身をすくませる。セオに触れられた時は、もっと大胆に触れてくれてもいいとさえ思ったのに、震え上がる身体は拒むことすらできない。
「二つほど、提案しましょう」
真凛の足をスルスルと撫でながら、ベリルはそうつぶやく。
「提案って……?」
「マリンが助かる方法です」
「助かるって……! ベリル王子がすぐにこんなことをやめればいいんだわ。私はセオ様と一緒にいたいだけ」
「それが許されないから提案すると言っているのです」
だからなぜ……と、真凛は腕を突き立てて見下ろしてくるベリルと見つめ合う。長い赤髪が彼の肩から滑り落ちて、真凛のほおを赤く染める。
「ベリル王子の言うように、私もセオ様は王宮から出て生きるべきだと思うわ。私だったらセオ様を支えられる。そのために美容師の腕を磨いてきたんだとしたら光栄だと思えるの」
「セオと生きるより楽な道はあります」
「ベリル王子と生きることが楽だとは思えないわっ」
そう叫ぶと、ベリルは神妙に眉をひそめて、何かを取り出そうとするかのように胸元へ手を差し込む。
「それでは仕方ありません。一つ目の提案はなくなりました」
「ベリル王子の妻にはならないわ、……絶対に」
「強情なところはどちらに似たのでしょうね。私と生きていれば、何事もなく過ごしていけたでしょうに」
「セオ様を好きになったことに後悔はないの」
きっぱりと言い切り、まばたきもせずベリルを見上げる。
「それでは死を選びますか? マリンが死ねば、すべての望みは絶たれます。セオは一生王宮から出られませんが、幸せに生きていくことはできるのです。それが私の二つ目の提案です」
そう言って、ベリルは胸元へ入れた腕を引き抜く。その手には研ぎ澄まされたナイフが輝く。
「ベリル王子……っ」
「死んでくれますね? マリン。セオのために」
それはとても穏やかな口調だった。死の恐怖が迫っているのに、それと思えないのはベリルがひどく落ち着いているからだろう。
振り上げられたナイフが綺麗な弧を描いて落ちてくるのを、真凛はただ眺めていた。
「ベリル王子、どこにっ?」
馬車に押し込まれた真凛は、続いて乗り込んでくるベリルの胸を押す。馬車の窓から、門兵に行く手を阻まれるセオの姿が見える。
必死に真凛の名を呼ぶその声だけがかすかに届く。無力だった。真凛もセオも。ベリルの前では、ほんの小さな恋に花を咲かせただけのことで、いともたやすく踏み荒らされて枯れてしまうものだった。
「力の及ばない場所へ行きましょう」
「力って……。そんな場所あるの?」
真凛は身構える。セオの分身すら来れない場所。アウイが瞬間移動できない場所。そしてベリルの耳に不要な声が届かない場所。そんな場所があるのだとしたら、そこへ行く意味すら考えたくなくて不安になる。
「なぜセオなのですか」
ベリルは質問には答えず、真凛の隣へ座る。ゆっくりと馬車が動き出す。セオの絶望が伝わるような叫びすらすぐに聞こえなくなる。
「じゃあ聞くわっ! なぜセオ様はダメなの? 血のつながりがないなら……」
「ないからです。セオは王女にふさわしい相手ではありません。王宮以外で暮らすことのできない非力な男です」
「でもインカ様のお子なんでしょう?」
「ええ、私の可愛い弟です。大切だからこそ、セドニーにいてはいけないと思っています」
ベリルの視線が窓の外へ動く。その視線の先には赤い宮殿の屋根が見える。
宮殿を囲うドーム型の幕のようなものが、うっすらと空にかかるのが見える。ただならない空気を感じて、真凛の背筋はぞくりと震える。
「力の届かない場所って……」
「母上は生粋のフィンの民です。彼女の力は強大です。薄れたフィンの血の持つ能力など、簡単に打ち消すことができます」
「フィンというのが、赤の?」
「赤の民の気性は荒々しい。その血は私の中にも流れています」
馬車がゆっくりと赤い門の前で停まる。しばらくすると門は開き、馬車はまた動き出す。
「ベリル王子……、私をここへ連れてきてどうしようっていうの?」
「あなたを守るべき方法は二つあります。そのどちらかを選択するには、邪魔の入らないこの場所がふさわしいと思ったのです」
馬車ごと飲み込む大きな門をくぐり抜ける。うるさいほどに豪奢な赤と金の宮殿が真凛の前に立ちはだかるが、その途中にある離れの宮殿の前で馬車は停車する。
「さあ、マリン。ベッドの上で語らいましょうか。誰にも邪魔されることなく、私は思いを遂げようと思います」
厳しいベリルの横顔を、真凛は絶望の目で見つめる。真凛の身に危険が及べば迷わず妻にすると言ったベリルの決意が、もう揺るぐことのないことをその眼差しで知った。
ベッドの上へ投げ出されると、髪結ドレスの裾がめくれ上がった。そこへベリルの視線が下がるとともに、ふくらはぎにあるアザに気づいた真凛はハッと足を衣服の中へ引っ込める。
「セオはそんなところにまで」
「これは……その」
首筋が赤くなるのを自覚する。全身に咲く赤い花はセオが愛してくれた証だった。身体の隅々まで這った柔らかい唇がつけた証は、二人だけの秘密と思っていたのに。
「わかっています。マリンの可愛らしい声は私の耳にも届いていましたから」
「えっ……! あ……、そんな……」
「私の腕の中でも啼かせてみせましょうか」
ベッドの上を這って逃げようとすると、ベリルに腕をつかまれ、組み敷かれてしまう。
「ベリル王子……、やめて。私たちは兄妹なのよ……」
「刻印さえなければわからぬこと。妹と知らずに出会っていたら、恋に落ちていたでしょう」
「そんなの嘘っ」
「セオは真実を知らない。私たちが愛し合ったことを知れば手を引くでしょう。穢れた娘を嫌悪するぐらいには、セオは純真です」
能面のように無表情なベリルの顔が落ちてくる。とっさに腕で口元を隠せば、むき出しになった手首に唇が触れる。そのままベリルは手首をつかみ、真凛の小さな手のひらへ舌を這わせていく。
「弟の愛した女を寝取るというのは興奮するものですね」
「な、何を言って……っ」
「昨夜のセオはどうでしたか? あなたの中をかき乱し、ひどく興奮していた。マリンもまた、彼を締め付けて楽しんでいたのでしょう」
首筋から、かぁっと脳天まで熱くなる。
「ああ、いいですね。その顔はそそります」
ベリルは真凛を仰向けに転がすと、ドレスの裾をめくり上げ、現れた白い足に口づける。昨夜セオが触れた場所と同じ場所にきつく吸いつく。
「あぁ……っ、……や……っ」
「マリンは感じやすいのでしたね。セオが簡単に溺れるのもわかります」
太ももの内側をスッと撫でられて、真凛は身をすくませる。セオに触れられた時は、もっと大胆に触れてくれてもいいとさえ思ったのに、震え上がる身体は拒むことすらできない。
「二つほど、提案しましょう」
真凛の足をスルスルと撫でながら、ベリルはそうつぶやく。
「提案って……?」
「マリンが助かる方法です」
「助かるって……! ベリル王子がすぐにこんなことをやめればいいんだわ。私はセオ様と一緒にいたいだけ」
「それが許されないから提案すると言っているのです」
だからなぜ……と、真凛は腕を突き立てて見下ろしてくるベリルと見つめ合う。長い赤髪が彼の肩から滑り落ちて、真凛のほおを赤く染める。
「ベリル王子の言うように、私もセオ様は王宮から出て生きるべきだと思うわ。私だったらセオ様を支えられる。そのために美容師の腕を磨いてきたんだとしたら光栄だと思えるの」
「セオと生きるより楽な道はあります」
「ベリル王子と生きることが楽だとは思えないわっ」
そう叫ぶと、ベリルは神妙に眉をひそめて、何かを取り出そうとするかのように胸元へ手を差し込む。
「それでは仕方ありません。一つ目の提案はなくなりました」
「ベリル王子の妻にはならないわ、……絶対に」
「強情なところはどちらに似たのでしょうね。私と生きていれば、何事もなく過ごしていけたでしょうに」
「セオ様を好きになったことに後悔はないの」
きっぱりと言い切り、まばたきもせずベリルを見上げる。
「それでは死を選びますか? マリンが死ねば、すべての望みは絶たれます。セオは一生王宮から出られませんが、幸せに生きていくことはできるのです。それが私の二つ目の提案です」
そう言って、ベリルは胸元へ入れた腕を引き抜く。その手には研ぎ澄まされたナイフが輝く。
「ベリル王子……っ」
「死んでくれますね? マリン。セオのために」
それはとても穏やかな口調だった。死の恐怖が迫っているのに、それと思えないのはベリルがひどく落ち着いているからだろう。
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