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第二話 名残の夕立

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 風呂敷に包んだ大きな箱を、ひざから滑り落ちないようにストラップを通して背もたれに結びつけると、しぐれはうれしそうに何度も礼を言った。

 意気揚々と先を進むしぐれの後ろをついていく。これから、彼女に明るい未来が待っているような気がして、未央の心も浮き立つ。

「切り雨さんのご両親って、どんな方なんですか?」

 ポストカードを携える手を見ながら、しぐれが尋ねてくる。

 普段から極力、両親の話はしないようにしているが、素直な彼女には少しぐらい話してもいいような気がして、未央は言う。

「父は公務員みたいなものなんです。母はそれを支えるのを生き甲斐にしてるような人」
「あっ、なんかすっごくイメージ湧きます」
「そうですか?」

 どんなイメージだろう。厳格な父に、奥ゆかしい母。そんなところだろうか。本当の母は社交的で精力的に活動する人だけど、想像に任せておくのも悪くないと、未央はおかしく思いながら、目を細める。

「わかりますよー。切り雨さんみたいに、おおらかで余裕があるんですよね。うちの両親は明るいだけが取り柄のパワフルな人たちだから」
「そうなんですね」
「私がこんなふうになったのに、全然心配しないんですよー」

 あっけらかんと、しぐれは笑う。

「……されてますよ。ちゃんと、心配されてます」

 いくらなんでもそんなはずはないだろう。さとすように言うと、彼女は笑顔で振り返る。その表情が作られたものに見えて、未央は静かに見守る。

「両親、アメリカにいるんです。こっちに全然帰って来ないのは、兄がいるから大丈夫だって思ってるからですよ」
「それはあると思います」
「いっつもそうなんですよ。兄は年が離れてるから、父親みたいに私の世話を焼くんです」
「それは、井沢さんがそうしたいからですよね?」
「本当にそうなのかな」

 彼女はスッと笑みを消す。

「気になってるんですね」
「兄はイベントコーディネーターの仕事が好きだったから、こんななんにもないところで、慣れない教師の仕事なんてしたくなかったんじゃないかな」

 しぐれはつぶやくようにそう言うと、車椅子を動かす。その背中がひどく頼りなく見えて、未央は無言でついていく。

 商店街を抜け、信号を一つ越えると、図書館の前へたどり着く。図書館の入り口に続く階段下にある赤いポストへポストカードを投函すると、

「切り雨さん、うちはこっちの道だから」

 と裏手の道を、しぐれは指差す。

 図書館と田んぼに挟まれたあぜ道は、車道に出るまで舗装されていないところがあるようだ。昨夜の雨で、大きくへこんだわだちが見える。そんな悪条件の道を、彼女は重たい荷物をひざに乗せ、よいしょよいしょと前へ進んでいく。

 大丈夫だろうかと心配で、その後ろ姿を見送っていると、視線を感じたのか、しぐれは振り返り、こちらに笑顔で手を振る。

 手を振り返すと、彼女はふたたび、ハンドリムをぐいっと回した。そのときだった。ぬかるんでいたところがあったのだろうか。ぐらりと車椅子が揺れて、驚いた彼女が風呂敷にしがみつき、車輪が右側へ傾いた。

 とっさに、未央は走り出す。

「大丈夫ですかっ?」

 車椅子の前へ回り込むと、うつむく彼女が苦しそうに目をつむっている。

「どこか痛みます?」

 無言で首を振る彼女が気になりながら、後ろへ移動する。

 さいわい、ぬかるんでいるのはほんの少しで、ひとりでもなんとかなりそうだ。未央は押したり引いたりしながら、どうにかこうにか、わだちにはまり込んだ車輪を道の中程へ戻す。

「車道まで押しますね」

 うつむいたままのしぐれに声をかけたとき、彼女は背中を丸め、

「苦しい」

 と、くぐもった声で言う。

 あわてて顔をのぞき込むと、彼女は悔しそうに唇をかんでいた。なぜ、そんな表情をしているのかわからず、未央はそっと声をかける。

「胸が苦しいですか?」
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