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星月夜
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「もー、日菜詩ー。ほんとのこと話してよー。ほんとは先輩とずっと一緒だったんでしょー?」
社会福祉学部が入るD棟の廊下は、講義を終え帰宅する学生でにぎわっていた。
多くの学生が階段へ向かって一様に歩く廊下で、麻那香は私にまとわりつきながら尋ねてくる。
「一緒じゃないよ。麻那香が戻らないっていうから帰ったの」
夏休みのことだ。麻那香の開いたホームパーティーが解散した後、私と朝陽さんが二人で帰宅したから、今でもテニスサークル内では私たちのことが噂になっているらしい。
「本当に本当なの? 朝陽先輩も同じこと言ってたけど」
「本当だよ。麻那香とおしゃべりしたかったのにごめんね。もうお酒はあんまり飲まないようにしなきゃ」
「そうそう、日菜詩ったら寝ちゃうんだもん。でもさ、せっかく二人きりにしてあげたのに、朝陽先輩のどこがダメなの?」
「ダメとかじゃなくて……」
「ダメじゃないの? じゃあ何? 他に好きな人がいるとかっていうならわかるけど」
麻那香は私の顔を覗き込む。知らず赤くなる頬に気づき、彼女は驚きの声を上げる。
「まさか、好きな人いるの? 日菜詩」
「そのことなんだけど……」
麻那香には話した方がいいだろう。本当は夏休みに話すつもりだったのだ。結局何も言い出せないまま夏休みは終わってしまった。
「何なに?」
興味津々で尋ねる麻那香は私の前に回り込み、手を引いて廊下の淵へと移動する。
「もしかして、彼氏とかいるの?」
「えっ……あ、その、そうじゃ……」
否定しようとした時、廊下の先にある階段の方がざわついた。何事だろうと顔を上げると、社会福祉学部の学生ではない青年がこちらへ向かって歩いてくる姿が目に飛び込んでくる。
この校舎では見慣れない青年へ注がれる視線は複雑だ。好奇や恋慕を含む熱い視線が煩雑に入り混じっている。
彼はきっと望んでいないだろう。こうして奇異な目にさらされることを何より嫌う人だ。それなのになぜここにいるのだろう。彼がここにいる理由は一つもない。
「誰? 日菜詩、知り合い?」
麻那香が私の腕をつつく。明らかに青年は私を見据え、歩んでくるのだ。
「あ、うん……、あしたくんだよ」
私はそう答える。麻那香は忘れているかもしれないが、その名を聞けば思い出すかもしれないと思ったのだ。
「あした? あしたって、もしかして図書館の?」
麻那香がそう言った時、彼が私の目の前で立ち止まる。
「今から帰り? 日菜詩ちゃん」
久しぶりに会うというのに、彼はひょうひょうとした様子で声をかけてくる。
「あ、うん。明日嘉くんはどうしたの?」
そう尋ねる私の腕を引っ張った麻那香は、彼から離れたところに私を連れていく。
「どういうことよ、日菜詩? あしたくんって裏庭に来る人を怖がらせてるっていう、あれでしょ?」
「うん、でも噂だよ? 東雲明日嘉くんっていうの。すごく優しい人だよ」
「まさか、付き合ってるの?」
「あ、違う、違うよっ。付き合うわけないよ……」
慌てて両手を顔の前で振る私に、不機嫌そうに眉を寄せる明日嘉くんが待ちきれずに近づいてくる。
「日菜詩ちゃん、今日は忙しい? もう俺、図書館には行かないから、一緒に帰ろうかと思って迎えに来たんだけど」
「えっ、迎えって……」
予想外の彼の言葉に驚くと、好奇心旺盛な麻那香が横やりを入れる。
「やっぱり付き合ってるの? 日菜詩、こんなかっこいい人といつの間に……」
「だから麻那香、違うよ。明日嘉くんとは知り合いなだけだよ」
「知り合い? なんの?」
尋ねるのをやめない麻那香を見て、明日嘉くんはため息をつく。彼はどちらかというと、人に合わせるのが苦手だ。きっと待つのも苦手だろう。
「やっぱり日菜詩ちゃん、もう帰るよ。急に来て悪かったよ、ただの知り合いがさ」
なんだか少し剣呑なものの言い方をする。
「明日嘉くん、帰るの? あ、待って。麻那香……」
「いいよいいよ、日菜詩、行って。その代わり、どういうことか明日ちゃんと聞かせてもらうからね」
麻那香はそう言って私の背中を押す。
「ごめんね、麻那香。また明日ね」
私は顔の前で両手を合わせると、来た道を戻る明日嘉くんの背中を慌てて追いかけた。
「もー、日菜詩ー。ほんとのこと話してよー。ほんとは先輩とずっと一緒だったんでしょー?」
社会福祉学部が入るD棟の廊下は、講義を終え帰宅する学生でにぎわっていた。
多くの学生が階段へ向かって一様に歩く廊下で、麻那香は私にまとわりつきながら尋ねてくる。
「一緒じゃないよ。麻那香が戻らないっていうから帰ったの」
夏休みのことだ。麻那香の開いたホームパーティーが解散した後、私と朝陽さんが二人で帰宅したから、今でもテニスサークル内では私たちのことが噂になっているらしい。
「本当に本当なの? 朝陽先輩も同じこと言ってたけど」
「本当だよ。麻那香とおしゃべりしたかったのにごめんね。もうお酒はあんまり飲まないようにしなきゃ」
「そうそう、日菜詩ったら寝ちゃうんだもん。でもさ、せっかく二人きりにしてあげたのに、朝陽先輩のどこがダメなの?」
「ダメとかじゃなくて……」
「ダメじゃないの? じゃあ何? 他に好きな人がいるとかっていうならわかるけど」
麻那香は私の顔を覗き込む。知らず赤くなる頬に気づき、彼女は驚きの声を上げる。
「まさか、好きな人いるの? 日菜詩」
「そのことなんだけど……」
麻那香には話した方がいいだろう。本当は夏休みに話すつもりだったのだ。結局何も言い出せないまま夏休みは終わってしまった。
「何なに?」
興味津々で尋ねる麻那香は私の前に回り込み、手を引いて廊下の淵へと移動する。
「もしかして、彼氏とかいるの?」
「えっ……あ、その、そうじゃ……」
否定しようとした時、廊下の先にある階段の方がざわついた。何事だろうと顔を上げると、社会福祉学部の学生ではない青年がこちらへ向かって歩いてくる姿が目に飛び込んでくる。
この校舎では見慣れない青年へ注がれる視線は複雑だ。好奇や恋慕を含む熱い視線が煩雑に入り混じっている。
彼はきっと望んでいないだろう。こうして奇異な目にさらされることを何より嫌う人だ。それなのになぜここにいるのだろう。彼がここにいる理由は一つもない。
「誰? 日菜詩、知り合い?」
麻那香が私の腕をつつく。明らかに青年は私を見据え、歩んでくるのだ。
「あ、うん……、あしたくんだよ」
私はそう答える。麻那香は忘れているかもしれないが、その名を聞けば思い出すかもしれないと思ったのだ。
「あした? あしたって、もしかして図書館の?」
麻那香がそう言った時、彼が私の目の前で立ち止まる。
「今から帰り? 日菜詩ちゃん」
久しぶりに会うというのに、彼はひょうひょうとした様子で声をかけてくる。
「あ、うん。明日嘉くんはどうしたの?」
そう尋ねる私の腕を引っ張った麻那香は、彼から離れたところに私を連れていく。
「どういうことよ、日菜詩? あしたくんって裏庭に来る人を怖がらせてるっていう、あれでしょ?」
「うん、でも噂だよ? 東雲明日嘉くんっていうの。すごく優しい人だよ」
「まさか、付き合ってるの?」
「あ、違う、違うよっ。付き合うわけないよ……」
慌てて両手を顔の前で振る私に、不機嫌そうに眉を寄せる明日嘉くんが待ちきれずに近づいてくる。
「日菜詩ちゃん、今日は忙しい? もう俺、図書館には行かないから、一緒に帰ろうかと思って迎えに来たんだけど」
「えっ、迎えって……」
予想外の彼の言葉に驚くと、好奇心旺盛な麻那香が横やりを入れる。
「やっぱり付き合ってるの? 日菜詩、こんなかっこいい人といつの間に……」
「だから麻那香、違うよ。明日嘉くんとは知り合いなだけだよ」
「知り合い? なんの?」
尋ねるのをやめない麻那香を見て、明日嘉くんはため息をつく。彼はどちらかというと、人に合わせるのが苦手だ。きっと待つのも苦手だろう。
「やっぱり日菜詩ちゃん、もう帰るよ。急に来て悪かったよ、ただの知り合いがさ」
なんだか少し剣呑なものの言い方をする。
「明日嘉くん、帰るの? あ、待って。麻那香……」
「いいよいいよ、日菜詩、行って。その代わり、どういうことか明日ちゃんと聞かせてもらうからね」
麻那香はそう言って私の背中を押す。
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私は顔の前で両手を合わせると、来た道を戻る明日嘉くんの背中を慌てて追いかけた。
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