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色なき風
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平明大学キャンパス近くのメインストリートには、新しい店舗が続々と建ち、二年前と装いを全く違うものへと変えている。
胸に手を当てる。あの日以来ここを通るのは避けてきたが、落ち着いた胸の鼓動を手のひらに感じ、大丈夫のようだと安堵する。
俺はまだこの街で暮らしていけるだろう。
真新しい雑貨屋の前を通り過ぎようとした俺は、後ろへ数歩下がった。
ガラス張りの店内に見知った顔を見つけたのだ。清楚で可愛らしい雰囲気の生成りのワンピースに麦わら帽子姿は、透明感のある彼女によく似合う。
しかし少々違和感も覚える。大学で彼女がこのような可愛らしい格好をしているところは見たことがないのだ。
クローバー・ガーデンと書かれたガラス扉を押して店内に入る。小さな店内だ。彼女はすぐに俺に気づいて、あっと驚きの表情を浮かべると共に赤らむ。
わかりやすくておかしい。ひたむきな愛を向けてくれる女性に心惹かれない理由はなく、俺は心のどこかで彼女との出会いを喜んでいる。
「どうしたの? 明日嘉くん」
「日菜詩ちゃんが見えたから」
「それでわざわざ覗いてくれたの? まさか会えると思ってなかったからびっくりしちゃった」
日菜詩ちゃんは手に持っていたものをディスプレイ棚に戻す。
「こんな夕方に日菜詩ちゃんも一人で買い物に来たりするんだね」
しかもおしゃれして。何かあるのかと勘ぐりたくなる俺は、彼女に近づくとすぐさま彼女が棚に戻したものを手に取った。
「しおり……?」
長方形の紙をひっくり返して眺める。リボンのついた薄茶の紙に四つ葉のクローバーがパウチされたしおりのようだ。棚には他にもリボンの色違いが何種類かある。
「クローバーが好きだね」
ここはクローバー雑貨専門店のようだ。店内の商品のほぼ全てにクローバーがデザインされたものが置いてあるのだろう。
「うん。前にね、麻那香がこのお店教えてくれたの。もう一度来てみたいって思ってたから」
「それで今日はわざわざここに?」
「あ……、うん。ちょっと用事があったから」
「用事?」
そわそわする日菜詩ちゃんを眺める。すぐに可愛らしい服装の意味を理解する。
「朝陽とのデート帰り?」
日菜詩ちゃんはビクッとする。正解のようだ。
「……デートじゃないよ。カフェに行って、近くのお店を見て回っただけ」
「ここは一緒に来なかったの?」
「好きな場所に行こうって言ってくれたけど、なんとなく……」
「へえ、本当に好きな場所は教えたくなかったんだ。それ知ったら、朝陽がっかりするだろうな」
歯切れの悪い日菜詩ちゃんを見て愉快な気持ちになってる俺はやけに幼稚だ。意地悪く言ったように聞こえたのか、彼女は困惑しながら俺に尋ねる。
「なんとなくだよ、なんとなく……。あ、明日嘉くんこそどうしているの?」
「俺もデート帰り」
「え……」
びっくりする日菜詩ちゃんを見てくすりと笑う。
「そんなわけないだろ。なんでも信じるところ、気をつけた方がいいよ」
「あ、だって、明日嘉くんがデートしてても不思議じゃないから」
「そんなに俺、モテるように見える?」
「み、見えるよ……だってカッコイイから」
ほんのり頬を赤らめたまま日菜詩ちゃんは素直に答える。こんな風に言ってくれた女の子は昔もいたような気がするが、この腕になって言われたのは初めてだ。
「日菜詩ちゃんぐらいだよ、そう言うのは。実を言うとさ、アパート見に来てたんだ」
「アパート?」
日菜詩ちゃんは首を傾げる。彼女は何も知らないらしい。
「来週引っ越すんだ。姉貴がいろいろやってくれて、もう今すぐにでも住めそうな感じになってた」
「一人暮らしするの?」
「そうだよ。誰かと同棲するとでも思った?」
「お、思わないよ……。一人だと不安じゃないかなって心配しただけだよ」
真っ赤になって慌てる彼女も可愛らしくておかしい。
自信を持って幸せにしたい、いや、君となら幸せになれる、そう言えたらどんなにか幸せだろうという思いが湧きあがる。
日菜詩ちゃんはその雰囲気で、俺を癒してくれるようだ。
「不安か。まあ不安だよ。でもさ、不安がってばっかりもいられないしな。気にかけてくれる人もいるし、なんとかやっていける気はしてる」
「困ったことがあったら来てくれる人がいるなら安心だね」
まるで他人事のように言うから、俺は言わずにはいられない。
「日菜詩ちゃんは来てくれる?」
「え……、行けない、行けないよ……」
予想通りの反応に苦笑する。素直に来たいと言われたとしても困るだけなのに、何を俺は期待したのか。
「嘘だよ、嘘。ほらすぐに信じる。純粋だね、日菜詩ちゃんって」
俺は手にしたしおりを日菜詩ちゃんの前に掲げる。
「四つ葉のクローバーの花言葉知ってる?」
「え、あ、うん。知ってるよ」
「じゃあプレゼントするよ。何色のリボンがいい?」
「あ、そんな、大丈夫だよ。見てただけだから」
「受け取れない?」
「……そういうことじゃなくて」
「いいよ、受け取らなくても。でも贈るよ。贈らないと受け取ってもらうチャンスもないから。何色にする?」
「……ピンクかな」
日菜詩ちゃんは困り果てた挙句、申し訳なさそうに言う。
「じゃあ買ってくるよ。店の外で待ってて。駅まで一緒に帰ろう」
俺はいくつかあるしおりの中からピンクリボンのしおりを選ぶと、彼女の気が変わる前にレジへと向かった。
平明大学キャンパス近くのメインストリートには、新しい店舗が続々と建ち、二年前と装いを全く違うものへと変えている。
胸に手を当てる。あの日以来ここを通るのは避けてきたが、落ち着いた胸の鼓動を手のひらに感じ、大丈夫のようだと安堵する。
俺はまだこの街で暮らしていけるだろう。
真新しい雑貨屋の前を通り過ぎようとした俺は、後ろへ数歩下がった。
ガラス張りの店内に見知った顔を見つけたのだ。清楚で可愛らしい雰囲気の生成りのワンピースに麦わら帽子姿は、透明感のある彼女によく似合う。
しかし少々違和感も覚える。大学で彼女がこのような可愛らしい格好をしているところは見たことがないのだ。
クローバー・ガーデンと書かれたガラス扉を押して店内に入る。小さな店内だ。彼女はすぐに俺に気づいて、あっと驚きの表情を浮かべると共に赤らむ。
わかりやすくておかしい。ひたむきな愛を向けてくれる女性に心惹かれない理由はなく、俺は心のどこかで彼女との出会いを喜んでいる。
「どうしたの? 明日嘉くん」
「日菜詩ちゃんが見えたから」
「それでわざわざ覗いてくれたの? まさか会えると思ってなかったからびっくりしちゃった」
日菜詩ちゃんは手に持っていたものをディスプレイ棚に戻す。
「こんな夕方に日菜詩ちゃんも一人で買い物に来たりするんだね」
しかもおしゃれして。何かあるのかと勘ぐりたくなる俺は、彼女に近づくとすぐさま彼女が棚に戻したものを手に取った。
「しおり……?」
長方形の紙をひっくり返して眺める。リボンのついた薄茶の紙に四つ葉のクローバーがパウチされたしおりのようだ。棚には他にもリボンの色違いが何種類かある。
「クローバーが好きだね」
ここはクローバー雑貨専門店のようだ。店内の商品のほぼ全てにクローバーがデザインされたものが置いてあるのだろう。
「うん。前にね、麻那香がこのお店教えてくれたの。もう一度来てみたいって思ってたから」
「それで今日はわざわざここに?」
「あ……、うん。ちょっと用事があったから」
「用事?」
そわそわする日菜詩ちゃんを眺める。すぐに可愛らしい服装の意味を理解する。
「朝陽とのデート帰り?」
日菜詩ちゃんはビクッとする。正解のようだ。
「……デートじゃないよ。カフェに行って、近くのお店を見て回っただけ」
「ここは一緒に来なかったの?」
「好きな場所に行こうって言ってくれたけど、なんとなく……」
「へえ、本当に好きな場所は教えたくなかったんだ。それ知ったら、朝陽がっかりするだろうな」
歯切れの悪い日菜詩ちゃんを見て愉快な気持ちになってる俺はやけに幼稚だ。意地悪く言ったように聞こえたのか、彼女は困惑しながら俺に尋ねる。
「なんとなくだよ、なんとなく……。あ、明日嘉くんこそどうしているの?」
「俺もデート帰り」
「え……」
びっくりする日菜詩ちゃんを見てくすりと笑う。
「そんなわけないだろ。なんでも信じるところ、気をつけた方がいいよ」
「あ、だって、明日嘉くんがデートしてても不思議じゃないから」
「そんなに俺、モテるように見える?」
「み、見えるよ……だってカッコイイから」
ほんのり頬を赤らめたまま日菜詩ちゃんは素直に答える。こんな風に言ってくれた女の子は昔もいたような気がするが、この腕になって言われたのは初めてだ。
「日菜詩ちゃんぐらいだよ、そう言うのは。実を言うとさ、アパート見に来てたんだ」
「アパート?」
日菜詩ちゃんは首を傾げる。彼女は何も知らないらしい。
「来週引っ越すんだ。姉貴がいろいろやってくれて、もう今すぐにでも住めそうな感じになってた」
「一人暮らしするの?」
「そうだよ。誰かと同棲するとでも思った?」
「お、思わないよ……。一人だと不安じゃないかなって心配しただけだよ」
真っ赤になって慌てる彼女も可愛らしくておかしい。
自信を持って幸せにしたい、いや、君となら幸せになれる、そう言えたらどんなにか幸せだろうという思いが湧きあがる。
日菜詩ちゃんはその雰囲気で、俺を癒してくれるようだ。
「不安か。まあ不安だよ。でもさ、不安がってばっかりもいられないしな。気にかけてくれる人もいるし、なんとかやっていける気はしてる」
「困ったことがあったら来てくれる人がいるなら安心だね」
まるで他人事のように言うから、俺は言わずにはいられない。
「日菜詩ちゃんは来てくれる?」
「え……、行けない、行けないよ……」
予想通りの反応に苦笑する。素直に来たいと言われたとしても困るだけなのに、何を俺は期待したのか。
「嘘だよ、嘘。ほらすぐに信じる。純粋だね、日菜詩ちゃんって」
俺は手にしたしおりを日菜詩ちゃんの前に掲げる。
「四つ葉のクローバーの花言葉知ってる?」
「え、あ、うん。知ってるよ」
「じゃあプレゼントするよ。何色のリボンがいい?」
「あ、そんな、大丈夫だよ。見てただけだから」
「受け取れない?」
「……そういうことじゃなくて」
「いいよ、受け取らなくても。でも贈るよ。贈らないと受け取ってもらうチャンスもないから。何色にする?」
「……ピンクかな」
日菜詩ちゃんは困り果てた挙句、申し訳なさそうに言う。
「じゃあ買ってくるよ。店の外で待ってて。駅まで一緒に帰ろう」
俺はいくつかあるしおりの中からピンクリボンのしおりを選ぶと、彼女の気が変わる前にレジへと向かった。
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