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名を刻む儀式

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 高揚していた安哉くんの声が急に低くなる。怒りを秘めた声音が私を萎縮させる。

「え……」
「あいつの家に毎週行ってるんだって? 今日、本当は神社に行ったんだ。美鈴は帰った後だった。仕方ないから家まで行こうとしたら、彩斗美がまだ帰ってないだろうって。どういうわけか聞いたんだ」
「彩斗美から聞いたなら知ってるでしょう? アルバイトなの」
「あいつの家に行くことが? あいつの部屋で二人きりになることが、どれだけ俺に心配かけるかわかってて行くのか? 過ちが起きてもいいなんて思ってるから行けるんだよ、美鈴は」

 決めつけたように言う安哉くんに抵抗を感じる。

「二人じゃないわ。一真だっているの」
「……あいつらは男だよ。どうしてそんなに信用してるのか俺にはわからない」
「白夜くんの部屋っていっても、まるでどこかの王宮みたいで……」

 そう、まるで国王が使用する豪華な調度品の並ぶ部屋だから生活感などなくて、男の子の部屋を訪れる感覚とは少し違っていた。
 過ちが起きてない、なんて言えないかもしれないけれど、少なくともそれは私がおかした過ちで、白夜くんも一真もいつだって紳士的だ。

「美鈴には幻滅する。そんな風に俺に思わせないでくれよ」

 安哉くんは苦しげに眉をひそめ、大きなため息を吐き出す。

「もう白夜の家には行くな。アルバイトなんて必要ない」
「そんなこと勝手に決めないで……」

 安哉くんは私の自由を制限しようとしている。そう思えて心が閉じていく。
 白夜くんは私に自由を与えてくれようとする人だ。自由な世界を知るべきだと教えてくれる人。安哉くんとはそこが決定的に違う。

「大事なことだよ、美鈴。俺の気持ちだって理解してほしい。もし、またあいつの家に行くなら俺だって黙ってない」
「黙ってないって何?」
「美鈴とは高校卒業と同時に結婚する。結婚しても大学に行きたいなら行ってもいい。それは俺の両親も理解してくれてる。でも、もうあいつには会わせない」
「そんな……、勝手に誤解してそんな結論を急ぐなんて」
「今は誤解でも、そうじゃなくなる日が来たら困るよ。でもさ、白夜は美鈴のことなんとも思ってないよ。あいつ、呼結大学は受験しないんだ。高校卒業したら会うこともないよ」

 勝ち誇った安哉くんの表情を見れば、私の中に絶望に似た感情があふれてくる。

「……そう、なの」
「美鈴は何も聞いてない? 結局さ、あいつは呼結の中では生活できないやつなんだよ。美鈴とは生きる世界が違うんだ」

 私が白夜くんと同等の生き方を選ぶのは間違っている。そう言われたみたいだ。
 やはり安哉くんは私の人生を縛り付けている。それも結婚という言葉で。

「美鈴のためだよ。あいつが呼結に来る前は、何も問題なく過ごしてきたじゃないか。あいつとはもう関わらないって約束して欲しい。約束してくれなかったら強硬手段を取る。俺に美鈴を悲しませるかもしれない決断をさせないでくれ」
「白夜くんに会わないって約束したら、結婚のことは慎重に考えてくれるの?」

 安哉くんも苦しいのだろう。痛ましげに私を見つめて、腰を浮かせる。そのまま私の前に移動し、手に臆病に触れてくる。

「俺だってこんなこと言いたくなかった。ただ心配なんだ。白夜が美鈴を俺から遠ざけようとしてるみたいで。美鈴さえ側にいてくれるって約束してくれるなら、結婚は美鈴のタイミングでいいって思ってるよ」
「安哉くん……、私はそんなつもり全然なくて」

 安哉くんを見上げたら、彼は優しく微笑んで、私の髪にそっと触れる。

「わかってるよ。美鈴は何でも一生懸命だから、どうしてあいつの家でアルバイトするようになったのかまでは聞かないよ」

 それは最大の譲歩だろう。私を信用してる。その意思を見せてくれたのだと気付いた時には、彼の腕は私を包み込もうと伸ばされていた。

「怖がらなくていい。俺も安心したいだけだから」

 そう言って、安哉くんは私をそっと抱きしめる。
 体は強張る。安心して委ねるものがないと気付いているのに、私は彼を突き放せない。

「震えなくていいから……」

 そう言われて初めて震えている自分に気づく。私は意識的に体の力を抜く。同時に彼の腕に、優しくだけれど力が込められて。

 もう……、終わりね……。
 どこからか絶望した声が聞こえる。
 奇子さんだ。奇子さんは悲しみ、嘆いている。

「ごめんなさい……」

 奇子さんに向けてつぶやいた。それは、安哉くんへの謝罪にもなった。
 奇子さんの気配が消えていく。周囲は静かになるのに、心の中は騒がしく。白夜くんに出会い、切り開かれていくはずだった未来が崩れていく音が聞こえた。
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