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名を刻む儀式
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坂の上のカフェは、以前来た時よりも賑わっていた。ガラス越しに店内を見回すが、雑多な中でも目立つはずの彼らはいない。
ガラス扉を押して中へ進むと、若い女性店員がにこやかに歩み寄ってくる。
「お連れさまは二階にいらっしゃいます。ご案内しますね」
「あ、はい……」
私は戸惑う。連絡が入っていたようだ。それもそうか、と思う。白夜くんのお宅を訪ねたら、お手伝いさんに二人はカフェにいると教えてもらった。誘導されるみたいにここへ来たけれど、私が向かったことは連絡されていたのだろう。
ポニーテールの女性店員の後ろについて二階へ上がる。二階は空いている。ざわめく一階とは違う、静かな空間が広がる。
「あちらです」と促され、そちらへ目を向けると、奥まった席に向かい合って座る白夜くんと一真の姿があった。
壁に背を向けてソファーへ座る白夜くんと目が合う。彼は少しばかり驚いたように眉を上げたが、すぐに無表情になり、目をそらす。その様子に気づいた一真が振り返る。彼は私を認めると、優雅な物腰で立ち上がった。
「美鈴様、いらしてくださったんですね。ちょうど今、私たちも到着したところです」
「白夜くんのおうちにうかがって、こっちに来てるって教えてもらったの」
そう言えば、今度は一真が眉をあげる番だ。
「白夜様からご連絡は?」
「え、……あー、アルバイトが終わってからすぐに来たの」
スマホに連絡がなかったことは知っている。それでも、一真の不服そうな表情を見れば、それは言えなくなる。
白夜くんが私にわざわざ親切にする方がおかしなことだ。連絡がないことを責める理由はない。
「そうですか。まあいいでしょう。どうぞ美鈴様、こちらへお座りください」
一真は少しも納得していない様子で淡々と答えると、私を促す。そして、白夜くんの隣の席を勧める。
「私、ここでいいわ。一真が白夜くんの隣に座って」
「私は白夜様とは並びませんので。では、私の隣にお座りになりますか?」
「……そうね。その方が……」
白夜くんの視線にどきりとしてしまう。非難がましい目が私に突き刺さる。向かい合って座ったりしたらこの視線に苦しめられそうだ。
「やっぱり、奥の席にするわ。白夜くんは嫌かもしれないけど……」
「美鈴も嫌なら帰ればいい」
白夜くんはそう悪態をつくが、言葉とは裏腹にソファーの端に腰をずらす。
「帰らないわ。今日は大切な話があってきたの」
安哉くんのこと、奇子さんのこと、話したいことはたくさんある。白夜くんや一真になら話せると思って今日は来たのだ。
白夜くんの冷たい態度に臆して帰るわけにはいかない。そんな意固地な思いも湧く中、白夜くんの隣へ腰を下ろす。
意気込んで座ってみたものの、なんだか居心地が悪い。椅子ではなくソファーだからだろうか。白夜くんとの距離が近い。
妙にそわそわしてしまう。無言でにこにこと微笑む一真と、不機嫌そうにそっぽを向く白夜くんを交互に眺める。程なくして、先ほどのポニーテールの女性店員が姿を見せた。
彼女は私たちの前に白いプレートを並べていく。冬をイメージして飾られたロールケーキのようだ。
まだ何も注文していないのに運ばれてきたから驚いていると、一真が笑顔で話す。
「新作のロールケーキだそうですよ。すべてサービスですので、ご遠慮なく頂いてください」
「そうなの? でも……」
「美味しかったらぜひ、ご友人にご紹介くださいとのことです。見返りはちゃんと求めておりますから、お気になさらず。美鈴様はお優しいですからねー。もし気になるようでしたら、白夜様にご奉仕して差し上げてください」
「ご、ご奉仕……って」
声がうわずる。いらない想像をしてしまう私がいる。恥ずかしく思っていると、一真はやんわりと言う。
「こうして来てくださること。それが何よりの報酬なのですよ」
「……なんて言っていいのかわからないのだけど、ここへ来るようになったのは白夜くんのためよね。あれから、何か変わったことはあるの?」
坂の上のカフェは、以前来た時よりも賑わっていた。ガラス越しに店内を見回すが、雑多な中でも目立つはずの彼らはいない。
ガラス扉を押して中へ進むと、若い女性店員がにこやかに歩み寄ってくる。
「お連れさまは二階にいらっしゃいます。ご案内しますね」
「あ、はい……」
私は戸惑う。連絡が入っていたようだ。それもそうか、と思う。白夜くんのお宅を訪ねたら、お手伝いさんに二人はカフェにいると教えてもらった。誘導されるみたいにここへ来たけれど、私が向かったことは連絡されていたのだろう。
ポニーテールの女性店員の後ろについて二階へ上がる。二階は空いている。ざわめく一階とは違う、静かな空間が広がる。
「あちらです」と促され、そちらへ目を向けると、奥まった席に向かい合って座る白夜くんと一真の姿があった。
壁に背を向けてソファーへ座る白夜くんと目が合う。彼は少しばかり驚いたように眉を上げたが、すぐに無表情になり、目をそらす。その様子に気づいた一真が振り返る。彼は私を認めると、優雅な物腰で立ち上がった。
「美鈴様、いらしてくださったんですね。ちょうど今、私たちも到着したところです」
「白夜くんのおうちにうかがって、こっちに来てるって教えてもらったの」
そう言えば、今度は一真が眉をあげる番だ。
「白夜様からご連絡は?」
「え、……あー、アルバイトが終わってからすぐに来たの」
スマホに連絡がなかったことは知っている。それでも、一真の不服そうな表情を見れば、それは言えなくなる。
白夜くんが私にわざわざ親切にする方がおかしなことだ。連絡がないことを責める理由はない。
「そうですか。まあいいでしょう。どうぞ美鈴様、こちらへお座りください」
一真は少しも納得していない様子で淡々と答えると、私を促す。そして、白夜くんの隣の席を勧める。
「私、ここでいいわ。一真が白夜くんの隣に座って」
「私は白夜様とは並びませんので。では、私の隣にお座りになりますか?」
「……そうね。その方が……」
白夜くんの視線にどきりとしてしまう。非難がましい目が私に突き刺さる。向かい合って座ったりしたらこの視線に苦しめられそうだ。
「やっぱり、奥の席にするわ。白夜くんは嫌かもしれないけど……」
「美鈴も嫌なら帰ればいい」
白夜くんはそう悪態をつくが、言葉とは裏腹にソファーの端に腰をずらす。
「帰らないわ。今日は大切な話があってきたの」
安哉くんのこと、奇子さんのこと、話したいことはたくさんある。白夜くんや一真になら話せると思って今日は来たのだ。
白夜くんの冷たい態度に臆して帰るわけにはいかない。そんな意固地な思いも湧く中、白夜くんの隣へ腰を下ろす。
意気込んで座ってみたものの、なんだか居心地が悪い。椅子ではなくソファーだからだろうか。白夜くんとの距離が近い。
妙にそわそわしてしまう。無言でにこにこと微笑む一真と、不機嫌そうにそっぽを向く白夜くんを交互に眺める。程なくして、先ほどのポニーテールの女性店員が姿を見せた。
彼女は私たちの前に白いプレートを並べていく。冬をイメージして飾られたロールケーキのようだ。
まだ何も注文していないのに運ばれてきたから驚いていると、一真が笑顔で話す。
「新作のロールケーキだそうですよ。すべてサービスですので、ご遠慮なく頂いてください」
「そうなの? でも……」
「美味しかったらぜひ、ご友人にご紹介くださいとのことです。見返りはちゃんと求めておりますから、お気になさらず。美鈴様はお優しいですからねー。もし気になるようでしたら、白夜様にご奉仕して差し上げてください」
「ご、ご奉仕……って」
声がうわずる。いらない想像をしてしまう私がいる。恥ずかしく思っていると、一真はやんわりと言う。
「こうして来てくださること。それが何よりの報酬なのですよ」
「……なんて言っていいのかわからないのだけど、ここへ来るようになったのは白夜くんのためよね。あれから、何か変わったことはあるの?」
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