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しきたりと願い

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「夜中にネイルつけて出歩いたっ?」

 彩斗美は驚いて叫ぶと、ハッとして辺りを見回す。誰もいない教室を確認して胸をなでおろす彼女に、私は言う。

「自分では全然覚えがないけど、そうみたいなの。なんとかしなきゃって思ってはいるんだけど、やっぱり……、勝手に私がそんなことしてるのって……」

 私が言おうとしていることに気づいて、彩斗美もうなずく。

「そうだよ。絶対そうだよ、美鈴。神社にいる時も勝手に舞を踊ったりするのと一緒だよ。おばあちゃんは放っておいても大丈夫なんて言ってたけど、神社の中だけならまだしも、夜に出歩くのはまずいよ。どこに行ってるのか、見当もつかないの?」
「うん……、全然。卯乃さんの話だと、私に憑いてる巫女に何か目的があるんだよね。私の体を使ってそれをやろうとしてるんだよね? その目的がわかれば……」
「男がらみだっけ?」

 彩斗美はそこでちょっと笑う。笑い事じゃないはずなのに、危機感がないところは卯乃さんに似ていると思う。

「……卯乃さんを疑うわけじゃないけど、男の人が目的とか……、私ね、想像もつかないの」
「美鈴がっていうより、美鈴に憑いてる巫女が、男目当てに出てきてるって話でしょー? 夜な夜な出歩いてその男を探してるのかも。ネイルなんておしゃれして」

 突拍子のない彩斗美の考えにも、私は腑に落ちる気がしている。想像がつかないことに変わりはないけれど。

「そうだとしたらどうしたらいいんだろー」
「気の済むようにできたらいいんじゃない? その相手の男が誰なのか突き止めて、諦めがつくぐらいこっぴどくふられたら成仏するでしょ」

 彩斗美はあっけらかんと答える。普段から神秘的な世界に触れているからだろうか、よくあることみたいに言うのだ。

「そんなに簡単な話?」
「真相追及はした方がいいよね」
「でも何からしたらいいのか……」
「そうだねー。まずはやっぱり、美鈴と一緒にいる巫女が誰なのか知るところからかな」
「途方もない話だね」

 気が遠くなってしまう。姿が見えないものを、どうやって調べたらいいというのだろう。

「そうでもないかもよ、美鈴」
「何かわかるの?」

 期待を込めて尋ねれば、自信満々に彩斗美は胸を張る。

「おばあちゃん、初めて美鈴を見た時、懐かしいって思ったんだって。おばあちゃんね、はるか昔の前世、呼結神社の巫女だったんだよ。だからもしかしたら美鈴に憑いてる巫女も、呼結神社の巫女かもしれない」
「……なんだか、狐につままれたような気分」
「前世の記憶って、みんな忘れちゃうだけで、あるものなんだよ? おばあちゃんはやっぱりちょっと変わってるのかもしれないけど、美鈴の身に起きてること自体が普通じゃないんだから、信じてみてもいいと思うよ」

 自分のこととは思えず、まるで別世界の話を聞いてるみたいだ。それでも、彩斗美に説得されたわけではないけど、私の中で信じてみようかという気持ちが生まれる。

「そうだね……、悩んでても仕方ないんだから、少しの希望でもあるなら」
「じゃあ今日、うちに来る? おばあちゃん、美鈴に会えるの楽しみにしてるんだから」

 早速椅子から立ち上がる彩斗美に私は慌てる。

「彩斗美、今日はダメなの。ちょっと用事があって」
「用事?」

 用事があるなんて珍しいと目を丸くする彩斗美の後ろで、教室のドアが開く。

「ごめん、美鈴。待たせた」

 そう言って教室に顔を覗かせたのは、安哉くんだった。
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