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第五話 死後に届けられる忘却の宝物
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ミカンは今日も、率先して八枝さんのお宅へ向かう。
マヨイくんに会える日は機嫌がいい。ミカンもいつか、マヨイくんと暮らすようになるのだろうか。そんなことを考えながらも、いつまでもそばにいてほしいとも思ったりするのだ。
「菜月さんはもうすっかり疲れは取れたんでしょうか」
誠さんが心配そうに言う。それもそのはず、珍しく遅く起きた誠さんを気遣って朝早くに出かけたから、彼が起きた頃には菜月さんはもういなかった。
「はい。先に八枝さんのところに行ってますって」
「親父も成仏したならいいですが」
「そうですね。たぶん、大丈夫だと思います。最後の心残りはしっかりお預かりしましたから」
風呂敷に包んだ小物入れを大切に抱きしめる。これから八枝さんに届けるのだ。政憲と八枝さんの宝物を。
八枝さんのお宅に到着すると、菜月さんが出迎えてくれた。ミカンはあいかわらず、マヨイくんを見つけると一目散に走っていってしまい、あきれる私たちは菜月さんにうながされて、玄関をあがった。
いつものように部屋へ通されると、八枝さんが茶菓を用意してくれた。
「お昼ごはんはもう?」
八枝さんは13時をすぎた時計を見て、そう言う。
「ええ、いただいてきました。ちょっと出かけていたもので」
「あら、ふたりで外食? 御影さんはいつもお忙しいから、たまには嬉しいわね。ねぇ、千鶴ちゃん」
目尻にしわを寄せてほほえむ八枝さんに、私も小さくうなずく。八枝さんの言う通り、誠さんとふたりで出かけるなんて滅多になかった。
私たちはお互いの気持ちを確かめる前に結婚したから、あたりまえのデートはとても新鮮だった。
「菜月さん、ずいぶん体調が良くなったみたい。また今日からうちで暮らすそうよ」
「ありがとうございます。俺がいないときは、おふたりに千鶴さんをお願いすることもあると思います。よろしくお願いします」
「なーに、かしこまったりして。おかしいわね」
深々とあたまをさげる誠さんを笑って、八枝さんはもう一度、「なーに?」と尋ねる。すると、ちらりと誠さんは私を見て、照れくさそうに後ろ手に頭をかいた。彼にしては珍しい態度に、八枝さんの目尻はますます下がった。
「実は、子どもを授かりました。先生の話では、ふたごではないかと」
「まあ、おめでとう。よかったわね」
両手を合わせて喜ぶ八枝さんの隣で、菜月さんも驚いたように目を丸くする。
「あの、ほんとうに? 千鶴さん。なんていったらいいのか……。大変なときに、私に付き合わせてしまって。お身体、大切にしてください」
「はい、ありがとうございます。誠さんとの大切な命ですから、大切に守ります」
そっとお腹に手をあてて、目線をさげたとき、脇に置いた風呂敷に目がいく。
「あ、八枝さん、渡したいものがあるんです」
「まだ何かあるの? 楽しみね」
にこりとする八枝さんの前で、風呂敷を広げる。何かしら? とのぞき込む彼女の目が、次第に驚きへと変化していく。
八枝さんは小物入れに見覚えがあるようだった。
「これ……」
「親父が唯一残した八枝さんとの思い出だそうです」
「政憲さんが……」
触っていい? と小物入れを持ち上げた彼女は、大切そうにひとなですると、そっとふたをはずす。
中には何も入っていないのに、八枝さんはそこに宝物を見つけたような表情をする。
「アクセサリーは生活の足しにしたそうです。結婚指輪だけでも見つからないかと探してみましたが、10年以上前のことで、さすがにわかりませんでした」
申し訳ないとあやまる誠さんに、八枝さんは首を横に振る。
「あの人の生活の支えになったなら、何も。不器用な人だったから、すぐに手放してしまうと思っていたわ。でもまだ、この箱を持っていたなんて、意外」
「どうしても手放してはいけないような気がしていたのかもしれません」
「そうね。そうだったらいいわね。この中に、あの人との思い出がまだいっぱい詰まってるみたいよ」
涙ぐみ、ふたをそっと閉めるのは、思い出が消えてしまわないようにと思ったからだろうか。
それでもきっと、ふたたびふたを開ければ、優しい思い出が絶えることなくあふれ続けるのだろう。
『ありがとう、千鶴さん』
どこか遠くで、政憲の声が聞こえたような気がして天井を見上げると、誠さんにも聞こえていたのか、彼もまた上を見上げて、目を細めていた。
【最五話 完結】
ミカンは今日も、率先して八枝さんのお宅へ向かう。
マヨイくんに会える日は機嫌がいい。ミカンもいつか、マヨイくんと暮らすようになるのだろうか。そんなことを考えながらも、いつまでもそばにいてほしいとも思ったりするのだ。
「菜月さんはもうすっかり疲れは取れたんでしょうか」
誠さんが心配そうに言う。それもそのはず、珍しく遅く起きた誠さんを気遣って朝早くに出かけたから、彼が起きた頃には菜月さんはもういなかった。
「はい。先に八枝さんのところに行ってますって」
「親父も成仏したならいいですが」
「そうですね。たぶん、大丈夫だと思います。最後の心残りはしっかりお預かりしましたから」
風呂敷に包んだ小物入れを大切に抱きしめる。これから八枝さんに届けるのだ。政憲と八枝さんの宝物を。
八枝さんのお宅に到着すると、菜月さんが出迎えてくれた。ミカンはあいかわらず、マヨイくんを見つけると一目散に走っていってしまい、あきれる私たちは菜月さんにうながされて、玄関をあがった。
いつものように部屋へ通されると、八枝さんが茶菓を用意してくれた。
「お昼ごはんはもう?」
八枝さんは13時をすぎた時計を見て、そう言う。
「ええ、いただいてきました。ちょっと出かけていたもので」
「あら、ふたりで外食? 御影さんはいつもお忙しいから、たまには嬉しいわね。ねぇ、千鶴ちゃん」
目尻にしわを寄せてほほえむ八枝さんに、私も小さくうなずく。八枝さんの言う通り、誠さんとふたりで出かけるなんて滅多になかった。
私たちはお互いの気持ちを確かめる前に結婚したから、あたりまえのデートはとても新鮮だった。
「菜月さん、ずいぶん体調が良くなったみたい。また今日からうちで暮らすそうよ」
「ありがとうございます。俺がいないときは、おふたりに千鶴さんをお願いすることもあると思います。よろしくお願いします」
「なーに、かしこまったりして。おかしいわね」
深々とあたまをさげる誠さんを笑って、八枝さんはもう一度、「なーに?」と尋ねる。すると、ちらりと誠さんは私を見て、照れくさそうに後ろ手に頭をかいた。彼にしては珍しい態度に、八枝さんの目尻はますます下がった。
「実は、子どもを授かりました。先生の話では、ふたごではないかと」
「まあ、おめでとう。よかったわね」
両手を合わせて喜ぶ八枝さんの隣で、菜月さんも驚いたように目を丸くする。
「あの、ほんとうに? 千鶴さん。なんていったらいいのか……。大変なときに、私に付き合わせてしまって。お身体、大切にしてください」
「はい、ありがとうございます。誠さんとの大切な命ですから、大切に守ります」
そっとお腹に手をあてて、目線をさげたとき、脇に置いた風呂敷に目がいく。
「あ、八枝さん、渡したいものがあるんです」
「まだ何かあるの? 楽しみね」
にこりとする八枝さんの前で、風呂敷を広げる。何かしら? とのぞき込む彼女の目が、次第に驚きへと変化していく。
八枝さんは小物入れに見覚えがあるようだった。
「これ……」
「親父が唯一残した八枝さんとの思い出だそうです」
「政憲さんが……」
触っていい? と小物入れを持ち上げた彼女は、大切そうにひとなですると、そっとふたをはずす。
中には何も入っていないのに、八枝さんはそこに宝物を見つけたような表情をする。
「アクセサリーは生活の足しにしたそうです。結婚指輪だけでも見つからないかと探してみましたが、10年以上前のことで、さすがにわかりませんでした」
申し訳ないとあやまる誠さんに、八枝さんは首を横に振る。
「あの人の生活の支えになったなら、何も。不器用な人だったから、すぐに手放してしまうと思っていたわ。でもまだ、この箱を持っていたなんて、意外」
「どうしても手放してはいけないような気がしていたのかもしれません」
「そうね。そうだったらいいわね。この中に、あの人との思い出がまだいっぱい詰まってるみたいよ」
涙ぐみ、ふたをそっと閉めるのは、思い出が消えてしまわないようにと思ったからだろうか。
それでもきっと、ふたたびふたを開ければ、優しい思い出が絶えることなくあふれ続けるのだろう。
『ありがとう、千鶴さん』
どこか遠くで、政憲の声が聞こえたような気がして天井を見上げると、誠さんにも聞こえていたのか、彼もまた上を見上げて、目を細めていた。
【最五話 完結】
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