83 / 84
第五話 死後に届けられる忘却の宝物
17
しおりを挟む
*
ぱちりと目を開くと、窓の奥であまたのオーブが飛び交っていた。
綺麗な月の浮かぶ夜空を踊るオーブたちは、私が身体を起こすとふわりと飛び散って、ふたたび舞い始める。まるで、真夜中の舞踏会を楽しんでるみたい。
いつの間に戻ってきたのだろう。誠さんの腕の中でミカンが眠っている。仕事中の彼にべったりな彼女が、最近はそうでない時もくっついている。もしかしたら、私のお腹の中に新しい命があると気づいて? と思いながら、ミカンの頭をそっとなでる。
すやすやと気持ちよさそうに眠る彼らを残し、部屋を出た。
中庭に続く廊下を歩いていくと、縁側に腰かける女性に気づいた。菜月さんも目が覚めてしまったようだった。
「ああ、千鶴さん」
そう声を発した菜月さんは、政憲だった。
「少し話をしませんか。ゆっくり話せるのは今夜が最後だろうから」
「最後なのに、私なんかでいいんですか?」
「八枝の話を息子にするのは変な気もしてね」
くすりと笑う表情が、どことなく誠さんに似ている。彼はそのまま庭先へと視線を移し、ふわふわと飛び回るオーブを眺めた。
政憲の隣へ腰かけると、彼はふたたび口を開く。
「八枝は幼なじみでね、夏になるとうちへ来て、花火をして遊んだよ。こうして並んで、オーブを眺めたりもしてね」
「八枝さんも、オーブを綺麗だと言ってましたか?」
「そう。面白いねって楽しんでたよ。気味悪がる子は遊びに来なくなるから、八枝は変わってるなって思ったよ」
懐かしそうに庭を眺める彼の目には、当時の記憶がよみがえってるのだろう。だけどどこか憂いを帯びてるのは、恋の結末が別れだったからだろうか。
「どうして、別れてしまったんですか?」
思わず、尋ねた。政憲はちょっと苦笑して、足もとに目を落とす。
「八枝の両親はね、ずっと結婚を反対してたよ。都会の男と結婚して、苦労せずに生きてほしかったんだろうなぁ。八枝は美人だったしね、引くてあまただっただろう。それなのに、八枝は結婚したいって言ってくれた。欲のない女だった」
「反対されてたから、うまくいかなくなってしまったんですか?」
「思いやる方向が間違ってたんだろうかなぁ。俺は天目をいつか出ていきたいと思ってた。そのためには起業するしかないと思い込んでたよ」
だから、天目を出て、本郷へ行った。本郷は新しい住人をたやすく受け入れてくれる開放された町だから。
「八枝さんは反対を?」
「賛成はしてなかったかもしれないな。八枝は天目が好きだから。でもね、タイミングが良くなかったよ。八枝の親父さんが亡くなって、続いて母親も具合を悪くした。八枝は俺についてくる決意をしたかもしれないが、俺が天目に残るように言ったんだ」
「それで離婚を……」
「ああ。結婚を反対した両親に、八枝を返そうと思った。八枝に実家へ帰るように言ったんだ。そうすることが思いやりだと思ってた」
政憲はひざの上に乗せていた小物入れを手のひらに乗せると、私の方へ差し出した。
「八枝に渡してくれないか。俺はもう、八枝に会って話すことはない」
「でも……」
「突き返されたりしたら、死ぬに死ねないだろ?」
冗談っぽく笑う政憲は少年のようだった。そして、私の手に押し付けるように小物入れを乗せると、目を閉じた。
ああ……、と声が漏れた。
消える。政憲が、消えていく。
そう感じたとき、菜月さんの身体はゆっくりと傾き、私の方へと倒れてきた。
「菜月さん……」
冷たい手を握りしめると、青白い顔は次第に赤みを帯びて、静かな寝息が聞こえてきた。
ぱちりと目を開くと、窓の奥であまたのオーブが飛び交っていた。
綺麗な月の浮かぶ夜空を踊るオーブたちは、私が身体を起こすとふわりと飛び散って、ふたたび舞い始める。まるで、真夜中の舞踏会を楽しんでるみたい。
いつの間に戻ってきたのだろう。誠さんの腕の中でミカンが眠っている。仕事中の彼にべったりな彼女が、最近はそうでない時もくっついている。もしかしたら、私のお腹の中に新しい命があると気づいて? と思いながら、ミカンの頭をそっとなでる。
すやすやと気持ちよさそうに眠る彼らを残し、部屋を出た。
中庭に続く廊下を歩いていくと、縁側に腰かける女性に気づいた。菜月さんも目が覚めてしまったようだった。
「ああ、千鶴さん」
そう声を発した菜月さんは、政憲だった。
「少し話をしませんか。ゆっくり話せるのは今夜が最後だろうから」
「最後なのに、私なんかでいいんですか?」
「八枝の話を息子にするのは変な気もしてね」
くすりと笑う表情が、どことなく誠さんに似ている。彼はそのまま庭先へと視線を移し、ふわふわと飛び回るオーブを眺めた。
政憲の隣へ腰かけると、彼はふたたび口を開く。
「八枝は幼なじみでね、夏になるとうちへ来て、花火をして遊んだよ。こうして並んで、オーブを眺めたりもしてね」
「八枝さんも、オーブを綺麗だと言ってましたか?」
「そう。面白いねって楽しんでたよ。気味悪がる子は遊びに来なくなるから、八枝は変わってるなって思ったよ」
懐かしそうに庭を眺める彼の目には、当時の記憶がよみがえってるのだろう。だけどどこか憂いを帯びてるのは、恋の結末が別れだったからだろうか。
「どうして、別れてしまったんですか?」
思わず、尋ねた。政憲はちょっと苦笑して、足もとに目を落とす。
「八枝の両親はね、ずっと結婚を反対してたよ。都会の男と結婚して、苦労せずに生きてほしかったんだろうなぁ。八枝は美人だったしね、引くてあまただっただろう。それなのに、八枝は結婚したいって言ってくれた。欲のない女だった」
「反対されてたから、うまくいかなくなってしまったんですか?」
「思いやる方向が間違ってたんだろうかなぁ。俺は天目をいつか出ていきたいと思ってた。そのためには起業するしかないと思い込んでたよ」
だから、天目を出て、本郷へ行った。本郷は新しい住人をたやすく受け入れてくれる開放された町だから。
「八枝さんは反対を?」
「賛成はしてなかったかもしれないな。八枝は天目が好きだから。でもね、タイミングが良くなかったよ。八枝の親父さんが亡くなって、続いて母親も具合を悪くした。八枝は俺についてくる決意をしたかもしれないが、俺が天目に残るように言ったんだ」
「それで離婚を……」
「ああ。結婚を反対した両親に、八枝を返そうと思った。八枝に実家へ帰るように言ったんだ。そうすることが思いやりだと思ってた」
政憲はひざの上に乗せていた小物入れを手のひらに乗せると、私の方へ差し出した。
「八枝に渡してくれないか。俺はもう、八枝に会って話すことはない」
「でも……」
「突き返されたりしたら、死ぬに死ねないだろ?」
冗談っぽく笑う政憲は少年のようだった。そして、私の手に押し付けるように小物入れを乗せると、目を閉じた。
ああ……、と声が漏れた。
消える。政憲が、消えていく。
そう感じたとき、菜月さんの身体はゆっくりと傾き、私の方へと倒れてきた。
「菜月さん……」
冷たい手を握りしめると、青白い顔は次第に赤みを帯びて、静かな寝息が聞こえてきた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
思い込みの恋
秋月朔夕
恋愛
サッカー部のエースである葉山くんに告白された。けれどこれは罰ゲームでしょう。だって彼の友達二人が植え込みでコッチをニヤニヤしながら見ているのだから。
ムーンライトノベル にも掲載中。
おかげさまでムーンライトノベル では
2020年3月14日、2020年3月15日、日間ランキング1位。
2020年3月18日、週間ランキング1位。
2020年3月19日、週間ランキング1位。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる