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第五話 死後に届けられる忘却の宝物

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「気づいたら、俺は死んでいた」

 政憲は真相を語り終えると、頭をかかえ、深い息を吐いた。一方で、原沢は感嘆の息をつく。

「興味深いお話ですね。レストランナカムラから現金と小物入れが盗まれたと」

 へぇー、と感心するさまは軽く、おちょくられてるみたいだ。

 政憲も話して損したとでも思ったのか、苦々しく笑うが、すぐに真顔になり、めげずに訴えかけた。

「金は百万だ。帯がついてた。間違いない。小物入れは手のひらサイズ。中には貴金属が入ってる」
「そうですかー」

 間延びした声を上げながら、原沢は大きくうなずく。政憲が巻き込まれた窃盗について、彼が何か知ってるのかまったくわからない。間抜けそうに見えて、意外とクセモノかもしれない。

「中村さんから被害届は出てますか?」

 俺はそう尋ねる。

「守秘義務がありますので、すみません」

 首の後ろに手を回し、ぺこりと頭を下げる。期待してなかったが、原沢から何か得ることはできないようだ。

「それで、お話はそれだけですか?」

 原沢は早々に腰をあげる。

「ええ。父の話を証明できるとは思っていませんが、盗まれたという小物入れの行方が気になっています」
「小物入れだけですか?」
「金より大切なものでしょうから」
「そうですか。……御影さん、外まで送りますよ」

 原沢はほんの少し厳しい表情を見せたが、すぐににこやかになって、俺たちに出ていくようにと促した。

 交通課は二階にある。階段を先に降りていく原沢のあとに続いた。

 政憲は沈黙したままで、疲れてるように見える。それもそうか。死の真相を語るとき、ひどく体力を消耗するのだろう。千鶴さんはいつも気を失うが、さまざまな浄霊に立ち会った菜月は疲労感を漂わせるだけにとどめている。

「御影さん、これからどちらへ?」

 外へ出ると、原沢はそう尋ねてきた。

「中村さんに会いに行こうと思っています」
「さっきのお話を中村さんにも?」
「尋ねてみようとは思います」
「そうなんですね。……んー」

 唇をとがらせて、原沢は腕を組む。何か思うところがあるようだ。

「何か捜査に差し支えが?」
「あ、いえいえ。……そうだな。うん、そうだ。ちょっとふしぎな話があるんだった」

 原沢は俺から目をそらし、空を見上げる。雲ひとつない澄んだ青い空に目を向けたまま、彼は言う。

「小さなフレンチレストランで窃盗事件があったんです」
「え?」

 政憲が驚いたように顔をあげ、原沢に声をかけようとするから、俺はそれを制して、唇に人差し指を立てた。原沢は俺たちを見ることなく、話を続けた。

「内容は実に単純なものでした。犯人は盗んだ鍵で、レストランの裏口から侵入。金庫にはいつも鍵がかかっておらず、まんまと現金百万円を持ち逃げしました。だけど、ふしぎな話を聞いてしまったんです。盗まれたのは、現金百万円のほかに、小物入れもあるという男が現れたんです。それも、小物入れには貴金属が入っていたと。しかし、レストランのオーナーは言うんです。盗まれた金目のものは百万円だけ。窃盗犯もわかっている。事件にする気はないと。いったい、盗まれた小物入れというのはなんなんでしょうかねー」
「原沢さん、その話は……」

 俺が口を開くと、原沢はニカッと警察官らしからぬ笑みを見せた。

「あ、俺、今なんかひとりごとしゃべっちゃってました? やだなー、気にしないでください。ひとりごとですから。じゃあ、御影さん、また何かあれば連絡ください」

 一方的にそう言うと、彼は軽やかな足取りで階段を駆け上がっていった。



「誠、今の話、どういうことだ?」

 原沢の姿が見えなくなると、政憲は俺の腕をつかみ、階段を指差してそう言う。

「どういうも何もそのままでしょう。ナカムラに侵入した犯人を中村さんは知っていて、かばってるんです。親父が道路に飛び出した理由が言えないのも、そういうことでしょう。窃盗事件はとにかくなかったことにしたい」
「そんな……」
「犯人に心当たりは? はっきりと見たんですよね」
「フードをかぶってて、顔はよくわからなかった。ただ、若い男としか……」

 政憲はハッと息をのんで口をつぐむ。

「彼しかいませんね?」

 保がかばう若い男が誰か、政憲ならすぐに気づけただろう。

 政憲は邪念を払うように頭を振ると、かみつかんばかりの勢いで俺を見上げる。

「じゃあ、小物入れはっ? 小物入れを盗られたって、どうして黙ってるんだ?」
「さあ、それはわかりません。中村さんに尋ねてみるしかありませんね」
「保に会うのか?」
「会わなければ、小物入れは見つかりませんよ。大事なものなんですよね」

 わずかに視線をさまよわせた政憲だが、まるで迷子のように頼りなくうなずいた。

「八枝に買ったアクセサリーが入ってるんだ。離婚したとき、この先、お金に困るようなことがあれば何かの足しにと、八枝が置いていった」
「アクセサリーですか」
「……結婚指輪も入ってる」
「そんな大事なものを、なぜレストランの金庫に?」

 両親は嫌い合って離婚したわけではなかった。それを知ってるからこそ余計に、なぜという思いは浮かんだ。

「なんの保証もない俺を雇うといった保に、これが全財産だと渡した。今さら、あれを保がどうしようと、俺が責められるものじゃないのはわかってる」

 こぶしをギュッと握りしめる政憲に「行きましょう」と声をかけて歩き出す。

 政憲が取り戻したい〝あれ〟にようやくたどり着いた。死ぬ直前まで忘れていた宝物のゆくえを見つけることができるのだろうか。

 死してもなお執着する忘却の宝物は、いったい、今どこにあるのだろう。
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