上 下
58 / 84
第四話 霊媒師は死してのち真実を語る

7

しおりを挟む



 座布団に横たえる千鶴さんの髪をなでる。よく眠っている。しかし、時折長いまつ毛が揺れる。
 疲れているだろう。ゆっくり休んで欲しいと願いながらも、そろそろ仮眠から目覚めることはわかっている。

 彼女は音に敏感で、あまり深い眠りに落ちないタイプだ。少し前に春樹がアルバイトから帰宅した。家の中がほんの少しざわついたことに気づくはずだ。

 案の定、離れにある部屋の明かりがついたとき、パチリと勢いよく千鶴さんの目が開いた。
 そして、俺が口を開くより先に、彼女が声を発した。

「俺は自殺したことになったんだな」
「……堤先輩」

 千鶴さんはゆっくり上体を起こすとあぐらをかく。はだけた裾から白い足が見えて、なんとなく気まずくなって上着をひざにかけてやる。
 彼女はにやりと口をゆがませつつ、円卓にひじを乗せてほおづえをつく。

「俺を刺したやつは今頃どんな気分だろうな」
「遺書が決め手だったようですね。なぜそのようなものを書いたんです?」
「ん? まあ、清華と離婚してまいってたんだろうな。書いたことも忘れてたよ」

 千鶴さんに取り憑いた堤達也は、後ろ頭を無造作にかく。

「離婚はショックでしたか」
「そりゃあな。清華だけは俺を見捨てないと思ってた。まさか、何も言わずに寛也ひろやを連れて出ていくとは思ってなかった」
「お子さんとも突然?」
「夫婦の縁も親子の縁も、こんなに簡単に切れるのかと絶望したよ」

 だから遺書なんて書いたんだろうな。と、達也は苦く笑う。

「好き勝手生きてきたわけじゃないでしょう」
「御影くんはそう思うのかもしれないが、奥さんの胸のうちはわからないものさ」

 くすりと、自嘲ぎみに笑う達也は、それ以上は触れて欲しくなさそうに目をそらす。
 遺書の話を掘り下げられるのは嫌なようだ。本当に気の迷いで書いたのだろう。だから、俺は質問を変えた。

「なぜ後ろから刺されたなんて嘘をついたんですか?」
「嘘をついたつもりじゃなかったのさ。誰かの気配がして振り返ったときには刺されてた。真っ暗でよく見えなかったしね。そのあとのことも無我夢中で、あんまり覚えてない」
「争うこともなく、ですか。あのような山の中であまりにも無防備でしたね」
「まさか刺されるなんて思っちゃいなかった」

 とがめられたことが面白くないのか、達也はすねるように唇を尖らせる。

「なぜあのような山へひとりで出かけたんです?」

 注意深く表情をうかがうが、達也はずっと微妙にうっすら笑んでいるだけ。

「先輩は誰に刺されたか知ってるんじゃないですか?」
「それはない。ただ、そうだな。俺はそんなに恨まれていたんだろうか。そればかり考えてる」
「恨まれる覚えはなかったと?」
「いや、恨まれてる可能性はあったのかもな」

 歯切れの悪い達也は口元をゆがめたまま、なおも微妙な笑みを見せている。

 なぜ刺されなければならなかったのか。

 堤達也が成仏していないのは、それを知りたいからなのかもしれない。

「先輩を恨む人がいたとしたら、清華さんですね?」
「さあな」
「はぐらかされても困りますよ」
「本当に知らない。清華が俺をどう思ってるかなんてわからないさ」

 そうため息をついた達也は、気まずそうに俺を見る。

「あの日のことは知りたいような知りたくないような気分なんだ。でも俺はきっと知りたがってる」
「先輩が納得するまで付き合いますよ」
「御影くんは優しいね。その言葉に甘えて言ってしまおうかな」

 そう言って、沈黙する達也を見守った。

 達也は何か重要なことを知っている。ただそれは口にしたくないのだろう。それがなぜなのかは、今の俺にはわからない。

「ある人にね」

 しばらく続いた沈黙を破って、彼はぽつりとこぼす。

「俺が刺されたあの日。あの山へ出かけたのは、ある人に大事な話があると呼び出されたからなんだ」
「二人きりで話さなければならないような大事な話があったんですね」
「たぶんそうだろうな」

 呼び出された理由を達也は知らないようだ。

「ある人とは誰なんです?」

 ちらりと達也は俺を見やり、肩をすくめる。

「言いたくない」

 あきれてしまう。
 真実の追求に怖気付いているのだ。

「先輩はどうしたいんです?」
「それは決まってる。俺を刺したのが〝ある人〟なのか、気になってる。御影くんなら、調べてくれるよね」

 達也は苦笑いし、またひとつため息を吐き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

愛娘(JS5)とのエッチな習慣に俺の我慢は限界

レディX
恋愛
娘の美奈は(JS5)本当に可愛い。そしてファザコンだと思う。 毎朝毎晩のトイレに一緒に入り、 お風呂の後には乾燥肌の娘の体に保湿クリームを塗ってあげる。特にお尻とお股には念入りに。ここ最近はバックからお尻の肉を鷲掴みにしてお尻の穴もオマンコの穴もオシッコ穴も丸見えにして閉じたり開いたり。 そうしてたらお股からクチュクチュ水音がするようになってきた。 お風呂上がりのいい匂いと共にさっきしたばかりのオシッコの匂い、そこに別の濃厚な匂いが漂うようになってきている。 でも俺は娘にイタズラしまくってるくせに最後の一線だけは超えない事を自分に誓っていた。 でも大丈夫かなぁ。頑張れ、俺の理性。

【完結】Mにされた女はドS上司セックスに翻弄される

Lynx🐈‍⬛
恋愛
OLの小山内羽美は26歳の平凡な女だった。恋愛も多くはないが人並に経験を重ね、そろそろ落ち着きたいと思い始めた頃、支社から異動して来た森本律也と出会った。 律也は、支社での営業成績が良く、本社勤務に抜擢され係長として赴任して来た期待された逸材だった。そんな将来性のある律也を狙うOLは後を絶たない。羽美もその律也へ思いを寄せていたのだが………。 ✱♡はHシーンです。 ✱続編とは違いますが(主人公変わるので)、次回作にこの話のキャラ達を出す予定です。 ✱これはシリーズ化してますが、他を読んでなくても分かる様には書いてあると思います。

彼女の母は蜜の味

緋山悠希
恋愛
ある日、彼女の深雪からお母さんを買い物に連れて行ってあげて欲しいと頼まれる。密かに綺麗なお母さんとの2人の時間に期待を抱きながら「別にいいよ」と優しい彼氏を演じる健二。そんな健二に待っていたのは大人の女性の洗礼だった…

下品な男に下品に調教される清楚だった図書委員の話

神谷 愛
恋愛
クラスで目立つこともない彼女。半ば押し付けれられる形でなった図書委員の仕事のなかで出会った体育教師に堕とされる話。 つまらない学校、つまらない日常の中の唯一のスパイスである体育教師に身も心も墜ちていくハートフルストーリー。ある時は図書室で、ある時は職員室で、様々な場所で繰り広げられる終わりのない蜜月の軌跡。 歪んだ愛と実らぬ恋の衝突 ノクターンノベルズにもある ☆とブックマークをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

王女の朝の身支度

sleepingangel02
恋愛
政略結婚で愛のない夫婦。夫の国王は,何人もの側室がいて,王女はないがしろ。それどころか,王女担当まで用意する始末。さて,その行方は?

【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。 ——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない) ※完結直後のものです。

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

処理中です...