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第四話 霊媒師は死してのち真実を語る

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 さわやかな川音の届く庭園に面した和室で、つつみ達也たつやと向き合っていた。

「ここへ来ると、不思議と穏やかな気分になるよ。御影くんが落ち着いてるからかもしれないけどね」

 達也はそう言って、うまそうに緑茶をすする。

 新茶が美味しい季節。決まってこの時期に彼は御影探偵事務所を訪れる。
 その理由は、彼曰く、ただ単に5月はひまだからだそうだ。
 霊媒師という職業に、閑散期があるのだろうかとは思うが、それこそただ単に、過ごしやすい季節だから足が向くだけかもしれない。

「俺が32だから、御影くんももう26歳か。そろそろ結婚を考えることもあるだろう」
「まだ26です」
「俺は26で結婚したよ」
「昔から先輩はモテましたからね」

 御影くんだって、と達也はくすりと笑った。

 達也は、高校時代にアルバイト先で知り合った先輩だ。

 今となっては恥ずかしい話だが、当時はわりとまじめに俺は俳優を目指していたし、達也もまた芸能界入りを目指していた。
 同じ目標を持つ俺たちはすぐに意気投合した。切磋琢磨した時期もあった。しかし、努力しても報われないものがあると、同時に俺たちは感じていた。

 そして今や、俺は探偵で、達也は霊媒師である。人生、何が起きるかわからないものだ。

 目標を変えた俺たちは、もう会うことはないだろうと思っていた。しかし、面倒見の良い達也が途切らせることなくつないでくれたえにしは、今も健在だ。

「そう言えば、従業員を雇ったんだって?」
「耳が早いですね」

 苦笑する。おおかた、近所の老人のうわさ話でも聞いたのだろう。
 うわさされてもおかしくない従業員の存在を、正直まだ持て余している。

「もう三か月になるそうじゃないか。それも、若くて可愛らしいお嬢さんだとか」
「春樹と同い年なので、妹のようなものです」
「へえ、妹。そんな風に思えるものだろうかね」

 冗談まじりの懐疑的な目を向けられるが、やましいことなど一つもない俺は、すんなりとうなずいた。
 彼女の存在を持て余してはいても、恋愛感情に関しては、ない、と断言できた。

「まあ、御影くんの助けになる人なら大歓迎だね」

 それ以上茶化すこともないかと、興味が薄れた様子で言う達也は、なんとはなしに障子戸の方へ視線を移した。

 その時だ。のどかな御影探偵事務所が、にわかに賑やかしくなる。

 パタパタと廊下を走る小さな足音が聞こえてくる。
 従業員である千鶴さんのものだ。
 来客があるから掃除はあとで構わないと話してあったのだが、少しも落ち着いていられないのだろう。
 障子戸に映った、バケツとぞうきんを持つ彼女の影が、左から右へと走り過ぎていく。やる気があるのは結構だが、少しばかり張り切りすぎだ。

「やけに忙しそうだね、彼女」

 達也もすぐに、彼女がいま話をしていた新しい従業員だと気づいたようで、にやりと笑う。

「働きたくてたまらないらしいんです」
「今どきめずらしい」
「それほど頼むこともないので、一日中家の掃除ばかりしてもらっていて、申し訳ないぐらいです」

 これでは家事手伝いと変わらない。彼女は探偵事務所に就職したのにだ。

「御影くんのことだから、時期が来たら手頃な仕事を与えるんだろうね。お互いにマイペースなようでいいじゃないか」
「そう言ってもらえるとありがたいです」
「まだ未成年じゃ、探偵の仕事も難しいとは思うよ。気に病むことはないさ」

 そう言って、達也はふたたび新茶をすする。
 障子戸の奥では、廊下をぞうきん掛けする千鶴さんの足音が聞こえている。

 それにしても、よく動く子だ。
 動きやすいジーンズを取り上げて、いっそのこと着物を着せたら、少しは落ち着いてくれるだろうかなんて、自らの着物に視線を落としては、そう考えてしまう。

「不思議と、彼女の足音も心地いいね」
「はあ……」

 千鶴さんは一生懸命すぎるところがあり、周りが見えていないことがある。来客に失礼だと叱らなきゃいけないかと頭を悩ませていたが、達也はいっこうに気にしないと笑顔を見せる。

「周りが見えないぐらい働く子なら、うまく育ててあげれば一流になるよ」
「育てられますかね」
「御影くんならできるよ」

 そう息をつく達也の横顔には憂いが浮かぶ。

「まるで先輩は出来ないみたいな言い方するんですね」

 霊媒師である達也のもとに、助手となる若い女性が就職したことは聞いていた。確か、千鶴さんより二歳年上だったか。

 達也の仕事は、助手がいなければ成り立たない。その理由は、除霊方法にある。

 達也の行なう除霊は、霊媒となる助手に霊を憑依させ、その霊に対して説得を試み、霊界へ行かせるというもの。
 実際に除霊するところを見たことがあるわけではないが、助手との信頼関係が成り立たなければできない方法であることぐらいはわかる。

 俺が千鶴さんに仕事を任せられていないのは、信頼のおける関係づくりが出来ていないからだろう。
 その点、達也は若い助手をパートナーとして、順調な仕事ぶりを見せている。

 それなのに彼は、俺のたわいない発言に対し、まるで痛いところをつかれたとばかりに眉を下げて苦笑するのだ。

 なぜそんな表情をするのか。ふと感じた違和感を解消しようと口を開いたが、のどまで出かかったセリフは声になることはなかった。
 突然の悲鳴が、達也の心に踏み込もうとしていた言葉をすべて忘れさせてしまったからだ。

「きゃあーっ」

 廊下の方から聞こえた女性の悲鳴に、俺と達也は顔を見合わせるなり立ち上がっていた。

 この屋敷には今、俺と達也、そして千鶴さんしかいない。
 悲鳴をあげたのは、千鶴さんだ。それは明白な事実。

 廊下へ出た俺の目に飛び込んできたのは、ぞうきんを握りしめたまま横たえる千鶴さんの姿だった。
 すぐさま達也とふたりで彼女を和室へ移動させた。

 座布団にあたまを乗せて目を閉じる千鶴さんは、ひどく青白い顔をしている。

「よくあるのか?」

 彼女をのぞき込み、達也は俺にそう尋ねた。

「いや。こんなことは初めてです」

 持病があるとも聞いていない。
 ある日突然、御影探偵事務所のアルバイト募集のチラシを見て電話してきた千鶴さんは、押しかけるようにしてここへ移り住んできた。

 さまざまな手続きは終えていたが、健康診断を受けさせていなかったことは俺の落ち度というしかない。
 達也にもワキが甘いと叱られるだろう。
 千鶴さんに対して申し訳ない。
 そんな後悔にさいまれる俺に、達也は思いもよらないことを言った。

「彼女、憑依されてるね」
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