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第二話 御影家には秘密がありました
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「……千鶴さん、大丈夫ですか、千鶴さん」
まぶたを上げると、心配そうに私を見下ろす誠さんと、戸惑うように顔を合わせる彰人さんと秋帆さんがいた。
ほんの少しだけ気を失っていたみたい。
夢の世界……いや、夏乃さんの記憶に触れていたみたいだった。
「あ、ごめんなさい。もう大丈夫です」
身体を起こし、座布団に座り直すと、彰人さんが心配そうに私に尋ねる。
「本当に大丈夫ですか?」
「申し訳ありません。彰人さん、話を続けてください」
誠さんが促すと、彰人さんは迷いながらも口を開く。
「夏乃お嬢様は病院へは行かないと強情を言いました。お腹の子はもう生きることができなかったから、死にたいのだと……だから俺は……」
悔いるように彰人さんはこうべを垂れる。
「だから俺は、この腕の中で息絶えるまで、夏乃お嬢様を抱きしめていました。あの時、無理にでも病院へ連れていったら助かったかもしれないのにです。ですからお嬢様を殺したと言われても仕方ないと思っています」
頭を上げようとしない彰人さんの手を、秋帆さんは黙って握りしめる。
「あの場に、私もいました。あのとき……」
ぽつりとつぶやいた秋帆さんが身を乗り出す。
「秋帆っ」
黙らせるように彰人さんが叫ぶと、彼女は首を横に振る。
「彰人はあの場に私がいたことに気づいてました。姉さまがいなければ私たちは結ばれる。私が以前からそう思っていたことは伝わっていたと思います」
「秋帆は何もしていない」
彰人さんが首を振る。
「何もしてないことを悔いているの。彰人が池上家の人間の命令に逆らえないことを知っていたのに」
秋帆さんは誠さんに向き合う。
「彰人が姉さまを抱きしめていたから嫉妬して、どんなことになっているのかも知ろうとせず、私は……、彰人に声をかけないままあの場を立ち去りました。そのあと、姉さまが亡くなったことを聞かされて、おばあさまが彰人が姉さまを殺したんだと言うから罵ってしまったんです」
私たちが聞いたもめ事の発端にふたりは今でも苦しんでいるが、秋帆さんは濁りのないまっすぐな目で誠さんを見つめた。
「私も姉さまを執拗に病院へ行くように勧めませんでした。私が姉さまを殺したようなものです。だから彰人の罪は私の罪なのです」
「それは違います」
三人の視線が一気に私に集まった。自分でも口をついて出た言葉に驚いてしまうが、言わなくてはとふたたび口を開く。
「夏乃さんが死に際におっしゃいました」
「千鶴さん?」
誠さんは心配そうに私の背に腕を回す。その温かさが私にいつだって勇気を与えてくれる。
「私、夏乃さんの記憶を見ました。夏乃さんはおっしゃってました。秋帆さんに幸せになってって。藤沢さんを返してあげるって。夏乃さんはやっぱり、自分の意思でお亡くなりになったんだと思います」
「そんな作り話のなぐさめなんて……」
なぐさめにもならない。
そんな表情をして息をつく秋帆さんに、私は言う。
「信じないのなら仕方ないことだと思います。それでも知っていてほしいと思います。夏乃さんはご自身の幸せのために生きました。そしてお二人の幸せを心から願っているんです。その思いを私を通じて伝えることができた今、自らの行いが後悔のないものになりました。その証拠に、夏乃さんは私の身体から消えました」
「……千鶴さん、大丈夫ですか、千鶴さん」
まぶたを上げると、心配そうに私を見下ろす誠さんと、戸惑うように顔を合わせる彰人さんと秋帆さんがいた。
ほんの少しだけ気を失っていたみたい。
夢の世界……いや、夏乃さんの記憶に触れていたみたいだった。
「あ、ごめんなさい。もう大丈夫です」
身体を起こし、座布団に座り直すと、彰人さんが心配そうに私に尋ねる。
「本当に大丈夫ですか?」
「申し訳ありません。彰人さん、話を続けてください」
誠さんが促すと、彰人さんは迷いながらも口を開く。
「夏乃お嬢様は病院へは行かないと強情を言いました。お腹の子はもう生きることができなかったから、死にたいのだと……だから俺は……」
悔いるように彰人さんはこうべを垂れる。
「だから俺は、この腕の中で息絶えるまで、夏乃お嬢様を抱きしめていました。あの時、無理にでも病院へ連れていったら助かったかもしれないのにです。ですからお嬢様を殺したと言われても仕方ないと思っています」
頭を上げようとしない彰人さんの手を、秋帆さんは黙って握りしめる。
「あの場に、私もいました。あのとき……」
ぽつりとつぶやいた秋帆さんが身を乗り出す。
「秋帆っ」
黙らせるように彰人さんが叫ぶと、彼女は首を横に振る。
「彰人はあの場に私がいたことに気づいてました。姉さまがいなければ私たちは結ばれる。私が以前からそう思っていたことは伝わっていたと思います」
「秋帆は何もしていない」
彰人さんが首を振る。
「何もしてないことを悔いているの。彰人が池上家の人間の命令に逆らえないことを知っていたのに」
秋帆さんは誠さんに向き合う。
「彰人が姉さまを抱きしめていたから嫉妬して、どんなことになっているのかも知ろうとせず、私は……、彰人に声をかけないままあの場を立ち去りました。そのあと、姉さまが亡くなったことを聞かされて、おばあさまが彰人が姉さまを殺したんだと言うから罵ってしまったんです」
私たちが聞いたもめ事の発端にふたりは今でも苦しんでいるが、秋帆さんは濁りのないまっすぐな目で誠さんを見つめた。
「私も姉さまを執拗に病院へ行くように勧めませんでした。私が姉さまを殺したようなものです。だから彰人の罪は私の罪なのです」
「それは違います」
三人の視線が一気に私に集まった。自分でも口をついて出た言葉に驚いてしまうが、言わなくてはとふたたび口を開く。
「夏乃さんが死に際におっしゃいました」
「千鶴さん?」
誠さんは心配そうに私の背に腕を回す。その温かさが私にいつだって勇気を与えてくれる。
「私、夏乃さんの記憶を見ました。夏乃さんはおっしゃってました。秋帆さんに幸せになってって。藤沢さんを返してあげるって。夏乃さんはやっぱり、自分の意思でお亡くなりになったんだと思います」
「そんな作り話のなぐさめなんて……」
なぐさめにもならない。
そんな表情をして息をつく秋帆さんに、私は言う。
「信じないのなら仕方ないことだと思います。それでも知っていてほしいと思います。夏乃さんはご自身の幸せのために生きました。そしてお二人の幸せを心から願っているんです。その思いを私を通じて伝えることができた今、自らの行いが後悔のないものになりました。その証拠に、夏乃さんは私の身体から消えました」
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