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第二話 御影家には秘密がありました

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 居間では春樹がこたつに入って居眠りをしていた。厳密にいうと、昨夜ここで酒を飲み、テレビを見ながら眠ってしまった、というところか。

 つけっぱなしのテレビを消して、大きな口を開けてぐうすか眠る春樹の肩を2、3度叩く。

「おい、こんなところで寝てると風邪ひくぞ」
「ん……、あ?」
 
 すぐに春樹は目を覚ます。眠そうに目をこすり、上体を起こすと、しばらくぼんやりしてあくびをする。
 それからこたつの上の食い散らかしたつまみの袋と空になった缶ビールを見て、「あ、寝ちゃったのか」とうわごとのようにつぶやく。

「これ、おまえのだろう?」

 黒のレザージャケットを突き出すと、春樹は一瞬きょとんとしたが、すぐに「ああ」と受け取った。

「寝室に来たのか?」

 つっけんどんに問うと、髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜた春樹は、めんどくさそうに顔をしかめた。

「あ? 行くわけないだろー。千鶴ちゃんが縁側で寒そうにしてたから貸しただけ。なんだよ、そんな怖い顔するなよなー。千鶴ちゃんには指一本触れてねぇよ。……あ、触ったわ」

 片方の眉が無意識にあがる。それを見た春樹は、ぷっと吹き出す。

「何がおかしい」
「いやー、兄貴も不憫だなーと思ってさ」

 にやにやする春樹がいけ好かない。
 千鶴さんと何か話をしたのだろうか。彼女はどうやら俺に話せないことをよく春樹に相談しているようだ。それを思うと、怒りよりも先に虚しさが立つ。

「千鶴ちゃんさ、赤ちゃんがほしいのかなーと思ってさ。あ、なんとなくだぜ。なんとなくそう思うだけなんだけどさ、兄貴が指一本触れないんじゃあ、無理ってやつだろ?」
「おまえがそう言うってことは、千鶴さんがそう言ったんだな」

 大事な話だ。なぜそれを俺じゃなくて、春樹に話すんだとますます失望する。

「まあ、千鶴ちゃんなりの配慮だろ」

 春樹が知ったような口をきいたとき、「あのー」と後ろから声をかけられた。
 振り返ると、千鶴さんがふすまに手をかけて、ひょっこりと顔を出している。

「おはようございます。朝ごはんの支度ができましたから、冷めないうちに召し上がりましょう?」
「やったぜ、今日は千鶴ちゃんの手料理だ!」

 無邪気に立ち上がった春樹は、喜び勇んで千鶴さんにすり寄っていく。そのさまはまるで猫のようで、彼女も戸惑いながらも拒めないのか、まとわりつく春樹を受け入れている。

「大事なお話されてたの?」

 俺も居間を出ると、千鶴さんが心配そうに尋ねてくる。

「いえ、ジャケットを返しにきただけですよ」
「あ、いけない。あとでお返ししようと思って忘れてました。誠さん、ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げる千鶴さんを見て、春樹はにやにやして言う。あまりいい予感のする笑顔ではない。

「いくら交際期間がなかったって言っても、結婚してもう半年だろ? ちょっと他人行儀すぎだろー」
「え、そうですか?」

 千鶴さんは不思議そうに首をかしげる。
 俺も春樹と同じことを感じていたが、どうやら彼女はあまりそうは思っていなかったみたいだ。

「なんかまあ、礼儀正しいのは千鶴ちゃんらしくて俺は好きだけどさ、兄貴の身体も心配だよなぁ」
「誠さん、どこか具合がよろしくないんですか?」

 不安そうな目をして俺の顔を見上げる千鶴さんはかわいらしい。純粋すぎて戸惑うことが多いと、どうしたら言えるだろう。

「俺だったら半年もおあずけくらったら発狂するぜ。兄貴にはほとほと感心するよ。じゃあ、先にいただいてるからなー」

 春樹はそう言って、手のひらをひらひら振りながらキッチンへ向かう。
 残された俺も行こうとするが、千鶴さんに袖をつかまれて足を止める。

「どこかお悪いんですか?」

 千鶴さんは眉をひそめて、ひどく不安そうな表情を見せる。

「ああ、別に悪くはないんですよ。大丈夫です。俺たちのペースで大丈夫ですから」
「そうですか。よくわかりませんけど、誠さんがそうおっしゃるなら。でも何か我慢なさってるならおっしゃってください。私ができることであれば、お手伝いします」
「ええ、それは悪くありませんね」

 そっと笑って、不安そうな千鶴さんの肩を抱き、ほんの少しだけその手に力を込めた。



「やっぱ、千鶴ちゃんの朝ごはんは最高だなー!」

 大げさに感激して、ごはんをもりもり食べる春樹を横目に、うれしそうに春樹を眺める千鶴さんに声をかける。

「千鶴さん、先日八枝さんのお宅でうかがった話、覚えてますか?」
「やえ?」

 春樹が先に反応する。さっきまで豪快に食していたのに急に生真面目な顔をして、黒豆を箸で一個ずつつまんではおとなしく口に運ぶ。
 その様子を千鶴さんも気になったようだが、ちらりと春樹を見ただけで、すぐに俺を真っ直ぐ見つめて答えてくれる。

「はい、覚えています。池上夏乃さんのことでしょう?」
「そうです。その夏乃さんのことですが……」

 覚悟していたとはいえ、言いよどむと、千鶴さんはふわりと微笑んで首を横にふる。
 こんなときはいつも、千鶴さんの優しさに救われていると感じる。

「なぜ夏乃さんが私の中にとどまるのか、お調べになるんですね?」
「え、千鶴ちゃん、また誰かに取り憑かれてんの?」

 ギョッと春樹は目を丸くするが、千鶴さんはそっと笑うだけだった。

「大丈夫ですよ。真実がわかれば、必ず成仏されるでしょう」
「はい。誠さんを信じています」
「それで、しばらく出かけることが多くなりますが、年末までには解決しますので」
「あと10日もありませんね。あまりご無理なさらないでください」
「新年は気持ちよく迎えたいですからね」

 千鶴さんは柔らかく微笑むが、それでもあまり浮かない様子で、「私は大丈夫ですから」とだけ言う。

「年明けには一緒にかんざしを買いに行きましょう」

 本当はクリスマスにプレゼントしたかったのだが、と思ったが、そういうイベントにこだわらない千鶴さんは、「はい」と素直にうなずいて、俺の好意を受け止めてくれた。
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