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第二話 御影家には秘密がありました
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しおりを挟む寝室に誠さんの姿はなかった。二組の布団は敷いたときと変わらずそのままで、彼が寝室を訪れた気配もない。まだお仕事をしているのだろう。
下ろしている髪に触れる。髪飾りを買ってくれると言っていた。一緒に出かける日を作るために遅くまで働いているのかもしれない。
誠さんは私にはもったいないぐらい素敵な人だ。彼の妻であることを誇りに思うと同時に、私でいいのだろうかと不安にもなる。
布団の横に置かれた座布団の上で丸くなるミカンの頭をなでる。眠たそうにするミカンだが、寒いのか、すぐに私のひざの上へやってきて、レザージャケットにくんくんと鼻を寄せる。
「あ、いけない。春樹さんにお返ししなきゃ」
肩からジャケットをはずして立ち上がろうとしたとき、ふわっと目の前が明るくなった。
「あ……っ」と、息をのむ。
ついてきたのだろうか。先ほど中庭で見かけた虹色のオーブが、ふわりふわりと部屋の中を飛び回る。
霊を感じるといつも毛を逆立てて威嚇するミカンだが、今は目だけで興味深そうにオーブの動きを追っている。
害のない霊だろう。
漠然とそう思って眺めていると、オーブはまるでさくらの花びらが舞うようにひらひらと舞い降りてきて、正座する私の目の前で止まった。
「なに」
手を伸ばす。オーブに触れようとしたその瞬間、まばゆい光が私を包み込む。
驚いてぎゅっと目を閉じる。そして、ふたたびまぶたをあげたときには、虹色のオーブは消え、布団の上であぐらをかく中年の男がいた。
「え……、どなた……」
あまりの驚きで拍子抜けした声が出た。
ジロリと私を見やる中年の男は、人差し指で自分をさす。
「わしか? わしは七二郎じゃ」
ぶっきら棒に名乗る中年の男を改めて眺める。今は亡き父親ほどの年齢に見える彼は、藍色の着物を召していた。ひざ丈の長さの着物からは筋肉質の足が見えている。
お世辞にも小綺麗とは言えない、無精ひげの生える中肉中背の男だったが、その顔立ちは整っている。どこかで見たことがあるような、既視感を覚える顔でもある。
「七二郎さん、ですか。どこかでお会いしたことがありますでしょうか」
懐かしいような気もする、と言えば、七二郎さんは愉快げに笑った。
「風変わりな女子じゃ。わしは大昔からこの土地に住んでおるが、おぬしに会ったのはこれがはじめてじゃ」
「大昔というと、つまり……御影家のご先祖さま?」
当てずっぽうに言ってみるが、あながち間違ってはいないようだった。
「御影という名は知らぬが、不思議に思っている。なぜわしの血をもつ者がいまだにここに暮らすのか」
「誠さんのご先祖さまはずっとこの土地を大切にされていて、離れたことがないのですね」
「そのような話はしておらん。女子よ、おぬしの名はなんという?」
ぐいっと前のめりになって七二郎さんは私の顔をじっと見つめる。その視線に落ち着かなくなる。まるで誠さんに見つめられているような気分で。既視感を覚えたのは、七二郎さんと誠さんに血のつながりがあるからか。
七二郎さんは辛抱強い。私の返答をじっと待つから、いつの間にかひざの上に戻っていたミカンをぎゅっと抱きしめて答える。
「私は御影千鶴と言います。この子はミカン。大切な家族です」
ミカンを家族だと話すと、七二郎さんは目を細めた。
「ほう。では千鶴とやら、一つ尋ねる。おぬしの中にもう一人、女子がおるな。そのものはなんという?」
どきりとする。七二郎さんには見えているのだ。
「あ、私もよく存じ上げないのですが、池上夏乃さんとおっしゃる方です」
そう言うと、七二郎さんはあごをなでた。
「池上か、やはり」
「やっぱり?」
「わしの探す女子によく似ておる。その女子の名も、池上という」
どうやら七二郎さんは池上という名の娘を探しているらしい。その娘に似た池上夏乃さんを私の中に見つけ、こうして現れたのだろう。
「なあ、千鶴とやら。頼まれてはくれまいか。わしは女子を探しておる。どうしても会いたいのじゃ」
この通り、と七二郎さんはあぐらをかいたまま畳にひたいを押し付けて頭を下げた。
「でも……お探しの方も大昔の方なのでしょう?」
もうこの世にいないから探しようがない。途方に暮れてしまうが、七二郎さんの目は真剣そのもので、仕方なしに尋ねる。
「その娘さんのお名前は?」
すると七二郎さんはまるで少年のようににかっと笑う。
きっと探している池上という名の娘は、七二郎さんの好きな女性だろう。そう直感するほどに、彼の笑顔は輝いてみえる。
「あれは池上こと、という。ことに会いたいのじゃ。こともきっとわしを探しておる」
七二郎さんが私の手を握ろうとしたそのとき、廊下を歩く足音が聞こえて、彼はそのままふっと消えていなくなった。
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