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第二話 御影家には秘密がありました
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「それは池上さんちのお嬢様ね。池上秋帆ちゃんと、きっと一緒にいたのは藤沢彰人さん。小夜おばあちゃんというのは秋帆ちゃんのお祖母さんで、秋帆ちゃんがねえさまと呼んだのは、夏乃ちゃんのことね」
快活な八枝さんが珍しく表情を暗くして教えてくれたのは、杉野家の隣家、池上家のことだった。
池上家はこの土地に古くから住む一族で、かつては黒石城城主に仕えていた武家である。
長い垣根の奥には広大な土地があり、大きな屋敷があるという。その全貌は広すぎて、同じくこの土地に詳しい隣家の八枝さんでも中の様子までは知らないらしい。
「あ、立ち話でごめんなさいね。いつもありがとう、御影さん。せっかくだから一緒にいただきましょうか。客間へどうぞ」
誠さんが先ほど渡したお歳暮の包みを見た八枝さんは、コーヒーを用意すると言って玄関から姿を消す。
懇意にしている八枝さんのお宅は勝手知ったる自宅のように出入りを許されている。
おじゃまします、と私たちは玄関を上がり、右手の和室へ入る。そこには古びたローテーブルと座布団が四枚、テレビがあるだけ。
つましい生活をする八枝さんのお宅はほとんど物がなく、古びた中にもきちんと整頓された清潔感がある。
誠さんと並んでテーブルの前に腰を下ろし、脱いだ和装用のコートをたたんで、脇に置く。
すぐにくつろぐようにあぐらをかく誠さんに私は尋ねる。
「誠さんは池上さんちのことはあまりご存知ないんですか?」
誠さんはこの辺りで顔が広い。結婚したときは駅近くの土産店のほとんどに挨拶回りした。しかし御影家より天目川上流のお宅へ挨拶にうかがったのは杉野八枝さんのお宅だけだった。
「ええ。地元の方とあまり交流のないお宅のようですから」
「そうなんですか。立派なお家柄だから、別格なんでしょうか」
「それでなくてもさびれた村です。昔は黒石城を訪れる観光客で賑わうこともあったようですが、今はよほどの城好きでなければ訪れないですからね。村人たちの交流が希薄なのは否めません」
「そんな中、御影さんはよく遊びに来てくれるから嬉しいわ」
客間に現れた八枝さんがほがらかに微笑んで、そう言う。
「あ、いえ。あたりまえのことをしているだけですから」
頭を軽くさげる誠さんを見て目を細めた八枝さんは、私たちにコーヒーとカステラを差し出す。
「ここのカステラが大好きで、いつも年末は楽しみにしているの。ありがとう、御影さん」
茶目っ気たっぷりに八枝さんは、もう一度頭をさげる誠さんにお礼を言う。毎年八枝さんへのお歳暮をカステラにしているのは彼女の期待に応えてのもののようだ。
「一つ、気になったのですが」
と、コーヒーをひとくち飲んだ誠さんが話を差し戻す。
「秋帆さんがねえさまは死んだと言ってました。先ほどの八枝さんのお話ですと、そのねえさまは池上夏乃さんのことになりますね」
「ええ、夏乃ちゃんは亡くなったのよ」
八枝さんはちらりと外を見やり、小さなため息をつく。
「いつ頃でしょう? 掲示板でご不幸はこのところ見ていませんが、何かわけでも?」
誠さんはご近所の情報に無関心ではない。その彼が知らないのだから、いわくつきかと疑うのも不思議ではない。
「ええっと、先月千鶴ちゃんがうちに来てくれた二日後ぐらいだったかしら。ほら、亡くなり方が亡くなり方でしょう? 池上さんはひっそりと密葬で夏乃ちゃんを送り出したのよ」
「まだ最近ですね。何も気づきませんでした」
仕事柄知らないことを恥じるのか、誠さんは反省するように眉をさげる。
「池上さんはもともと秘密主義の方だし、愛娘が自殺したなんて、とてもじゃないけれど言わないと思うわ。ほら、私は池上さんの奥さまと時々お茶をするお仲間だから、時折悩みを聞いたりもするけれど」
「なるほど。しかし夏乃さんは自殺なんですね。まだお若いのでは?」
「そうね。夏乃ちゃんは半年前に大学を中退してここへ戻ってきたから……確か、21、年子の秋帆ちゃんは20ね」
「私と同い年……」
ぽつりとつぶやく。同じ年の娘が自殺したことに軽く衝撃を受ける私がいた。ひとごとではない気もして。
両親が他界し、誠さんに出会うまでの期間、私も死を意識するほどつらいこともあった。乗り越えて来られたのはミカンがいてくれたからだ。夏乃さんにはそういう存在がなかったのかと悲しくもなる。
「同情は禁物ですよ、千鶴さん」
私の憑依体質をよく理解している誠さんは苦言する。
「はい、気をつけます……」
「あら、御影さんも千鶴ちゃんにそんな厳しい顔を見せるのね。大事にしていること」
愉快げに笑った八枝さんは、私の背後に視線を移すとますます目尻をさげる。
「ミカンちゃんとマヨイも仲良しねぇ。中へ入って来ればいいのに、よっぽどふたりでいたいのかしら」
私も振り返り、庭へ視線を向ける。
そこには寒そうに身を寄せ合いながらも、幸せそうに見つめ合うミカンとマヨイくんがいた。
「それは池上さんちのお嬢様ね。池上秋帆ちゃんと、きっと一緒にいたのは藤沢彰人さん。小夜おばあちゃんというのは秋帆ちゃんのお祖母さんで、秋帆ちゃんがねえさまと呼んだのは、夏乃ちゃんのことね」
快活な八枝さんが珍しく表情を暗くして教えてくれたのは、杉野家の隣家、池上家のことだった。
池上家はこの土地に古くから住む一族で、かつては黒石城城主に仕えていた武家である。
長い垣根の奥には広大な土地があり、大きな屋敷があるという。その全貌は広すぎて、同じくこの土地に詳しい隣家の八枝さんでも中の様子までは知らないらしい。
「あ、立ち話でごめんなさいね。いつもありがとう、御影さん。せっかくだから一緒にいただきましょうか。客間へどうぞ」
誠さんが先ほど渡したお歳暮の包みを見た八枝さんは、コーヒーを用意すると言って玄関から姿を消す。
懇意にしている八枝さんのお宅は勝手知ったる自宅のように出入りを許されている。
おじゃまします、と私たちは玄関を上がり、右手の和室へ入る。そこには古びたローテーブルと座布団が四枚、テレビがあるだけ。
つましい生活をする八枝さんのお宅はほとんど物がなく、古びた中にもきちんと整頓された清潔感がある。
誠さんと並んでテーブルの前に腰を下ろし、脱いだ和装用のコートをたたんで、脇に置く。
すぐにくつろぐようにあぐらをかく誠さんに私は尋ねる。
「誠さんは池上さんちのことはあまりご存知ないんですか?」
誠さんはこの辺りで顔が広い。結婚したときは駅近くの土産店のほとんどに挨拶回りした。しかし御影家より天目川上流のお宅へ挨拶にうかがったのは杉野八枝さんのお宅だけだった。
「ええ。地元の方とあまり交流のないお宅のようですから」
「そうなんですか。立派なお家柄だから、別格なんでしょうか」
「それでなくてもさびれた村です。昔は黒石城を訪れる観光客で賑わうこともあったようですが、今はよほどの城好きでなければ訪れないですからね。村人たちの交流が希薄なのは否めません」
「そんな中、御影さんはよく遊びに来てくれるから嬉しいわ」
客間に現れた八枝さんがほがらかに微笑んで、そう言う。
「あ、いえ。あたりまえのことをしているだけですから」
頭を軽くさげる誠さんを見て目を細めた八枝さんは、私たちにコーヒーとカステラを差し出す。
「ここのカステラが大好きで、いつも年末は楽しみにしているの。ありがとう、御影さん」
茶目っ気たっぷりに八枝さんは、もう一度頭をさげる誠さんにお礼を言う。毎年八枝さんへのお歳暮をカステラにしているのは彼女の期待に応えてのもののようだ。
「一つ、気になったのですが」
と、コーヒーをひとくち飲んだ誠さんが話を差し戻す。
「秋帆さんがねえさまは死んだと言ってました。先ほどの八枝さんのお話ですと、そのねえさまは池上夏乃さんのことになりますね」
「ええ、夏乃ちゃんは亡くなったのよ」
八枝さんはちらりと外を見やり、小さなため息をつく。
「いつ頃でしょう? 掲示板でご不幸はこのところ見ていませんが、何かわけでも?」
誠さんはご近所の情報に無関心ではない。その彼が知らないのだから、いわくつきかと疑うのも不思議ではない。
「ええっと、先月千鶴ちゃんがうちに来てくれた二日後ぐらいだったかしら。ほら、亡くなり方が亡くなり方でしょう? 池上さんはひっそりと密葬で夏乃ちゃんを送り出したのよ」
「まだ最近ですね。何も気づきませんでした」
仕事柄知らないことを恥じるのか、誠さんは反省するように眉をさげる。
「池上さんはもともと秘密主義の方だし、愛娘が自殺したなんて、とてもじゃないけれど言わないと思うわ。ほら、私は池上さんの奥さまと時々お茶をするお仲間だから、時折悩みを聞いたりもするけれど」
「なるほど。しかし夏乃さんは自殺なんですね。まだお若いのでは?」
「そうね。夏乃ちゃんは半年前に大学を中退してここへ戻ってきたから……確か、21、年子の秋帆ちゃんは20ね」
「私と同い年……」
ぽつりとつぶやく。同じ年の娘が自殺したことに軽く衝撃を受ける私がいた。ひとごとではない気もして。
両親が他界し、誠さんに出会うまでの期間、私も死を意識するほどつらいこともあった。乗り越えて来られたのはミカンがいてくれたからだ。夏乃さんにはそういう存在がなかったのかと悲しくもなる。
「同情は禁物ですよ、千鶴さん」
私の憑依体質をよく理解している誠さんは苦言する。
「はい、気をつけます……」
「あら、御影さんも千鶴ちゃんにそんな厳しい顔を見せるのね。大事にしていること」
愉快げに笑った八枝さんは、私の背後に視線を移すとますます目尻をさげる。
「ミカンちゃんとマヨイも仲良しねぇ。中へ入って来ればいいのに、よっぽどふたりでいたいのかしら」
私も振り返り、庭へ視線を向ける。
そこには寒そうに身を寄せ合いながらも、幸せそうに見つめ合うミカンとマヨイくんがいた。
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