4 / 84
第一話 甘い夫婦生活とはなりません
4
しおりを挟む
*
「羽村幸枝、40歳」
千鶴さんはそう答えた。
俺は無言で申込書に女の名を書き込み、何か引っかかる思いを振りきれないまま、次の質問をした。
「ご主人のお名前とご年齢は?」
「羽村豊、50歳」
千鶴さんは短く答える。
「ご結婚されてどのぐらい?」
「20年になります」
「お子さんは?」
「結婚してすぐ子に恵まれ、18歳の娘がひとり」
淡々と答える千鶴さんは、申込書にすらすらと書き込む俺の手を注視している。
何を思うのか、次の質問をする前に、彼女は口を開く。
「主人も仕事熱心でした。毎日のように残業して、子育てに追われる私を振り返りもしなかった。はたから見れば幸せな家族でしたが、私の心はいつも虚しくて。仕事なんてしなくていい。一日でもいいから私と娘のことだけを考える日を持って欲しい。そんな風に願っていました」
「家族のために働いてくれている。そんな風に心を慰めることに疲れてしまわれた?」
「ええ、そう。主人が家族を顧みない虚しさで、自分を納得させるための理由ばかり……」
「ご主人の浮気を疑われたのはなぜ?」
「水曜日……」
千鶴さんは苦しげにのどを詰まらせる。
「水曜日?」
「……はい。毎週水曜、必ず決まった時間に帰るようになりました。残業続きだった主人が決まった時間に帰るなんて初めてのことでした」
それからも千鶴さんは俺の質問に何かをはぐらかす様子もなく淡々と答えていった。
羽村豊は真面目一辺倒の努力家。50歳になるまで家族を顧みず仕事に打ち込んだ。そして何によってか、新しい女性と関係を持つようになった。
真面目なだけに、のめり込んだらとことんなのだと、羽村幸枝と名乗った千鶴さんは苦々しげに笑った。
幸枝は確かに豊を愛していた。
だから死してのちも、夫の浮気に固執している。
浮気の事実を知ったからと言ってどうにもならないのに、この地に幸枝を留めている理由は解決しなくてはならないような気がした。
なぜなら、千鶴さんに憑依している幸枝の霊は……。
俺はそれを確信しながら腰を上げ、千鶴さんの隣へひざを進めた。
「あなたは千鶴さんのお母さんですね? 羽村千鶴は、俺の妻のかつての名前です」
「羽村幸枝、40歳」
千鶴さんはそう答えた。
俺は無言で申込書に女の名を書き込み、何か引っかかる思いを振りきれないまま、次の質問をした。
「ご主人のお名前とご年齢は?」
「羽村豊、50歳」
千鶴さんは短く答える。
「ご結婚されてどのぐらい?」
「20年になります」
「お子さんは?」
「結婚してすぐ子に恵まれ、18歳の娘がひとり」
淡々と答える千鶴さんは、申込書にすらすらと書き込む俺の手を注視している。
何を思うのか、次の質問をする前に、彼女は口を開く。
「主人も仕事熱心でした。毎日のように残業して、子育てに追われる私を振り返りもしなかった。はたから見れば幸せな家族でしたが、私の心はいつも虚しくて。仕事なんてしなくていい。一日でもいいから私と娘のことだけを考える日を持って欲しい。そんな風に願っていました」
「家族のために働いてくれている。そんな風に心を慰めることに疲れてしまわれた?」
「ええ、そう。主人が家族を顧みない虚しさで、自分を納得させるための理由ばかり……」
「ご主人の浮気を疑われたのはなぜ?」
「水曜日……」
千鶴さんは苦しげにのどを詰まらせる。
「水曜日?」
「……はい。毎週水曜、必ず決まった時間に帰るようになりました。残業続きだった主人が決まった時間に帰るなんて初めてのことでした」
それからも千鶴さんは俺の質問に何かをはぐらかす様子もなく淡々と答えていった。
羽村豊は真面目一辺倒の努力家。50歳になるまで家族を顧みず仕事に打ち込んだ。そして何によってか、新しい女性と関係を持つようになった。
真面目なだけに、のめり込んだらとことんなのだと、羽村幸枝と名乗った千鶴さんは苦々しげに笑った。
幸枝は確かに豊を愛していた。
だから死してのちも、夫の浮気に固執している。
浮気の事実を知ったからと言ってどうにもならないのに、この地に幸枝を留めている理由は解決しなくてはならないような気がした。
なぜなら、千鶴さんに憑依している幸枝の霊は……。
俺はそれを確信しながら腰を上げ、千鶴さんの隣へひざを進めた。
「あなたは千鶴さんのお母さんですね? 羽村千鶴は、俺の妻のかつての名前です」
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
愛娘(JS5)とのエッチな習慣に俺の我慢は限界
レディX
恋愛
娘の美奈は(JS5)本当に可愛い。そしてファザコンだと思う。
毎朝毎晩のトイレに一緒に入り、
お風呂の後には乾燥肌の娘の体に保湿クリームを塗ってあげる。特にお尻とお股には念入りに。ここ最近はバックからお尻の肉を鷲掴みにしてお尻の穴もオマンコの穴もオシッコ穴も丸見えにして閉じたり開いたり。
そうしてたらお股からクチュクチュ水音がするようになってきた。
お風呂上がりのいい匂いと共にさっきしたばかりのオシッコの匂い、そこに別の濃厚な匂いが漂うようになってきている。
でも俺は娘にイタズラしまくってるくせに最後の一線だけは超えない事を自分に誓っていた。
でも大丈夫かなぁ。頑張れ、俺の理性。
【完結】Mにされた女はドS上司セックスに翻弄される
Lynx🐈⬛
恋愛
OLの小山内羽美は26歳の平凡な女だった。恋愛も多くはないが人並に経験を重ね、そろそろ落ち着きたいと思い始めた頃、支社から異動して来た森本律也と出会った。
律也は、支社での営業成績が良く、本社勤務に抜擢され係長として赴任して来た期待された逸材だった。そんな将来性のある律也を狙うOLは後を絶たない。羽美もその律也へ思いを寄せていたのだが………。
✱♡はHシーンです。
✱続編とは違いますが(主人公変わるので)、次回作にこの話のキャラ達を出す予定です。
✱これはシリーズ化してますが、他を読んでなくても分かる様には書いてあると思います。
下品な男に下品に調教される清楚だった図書委員の話
神谷 愛
恋愛
クラスで目立つこともない彼女。半ば押し付けれられる形でなった図書委員の仕事のなかで出会った体育教師に堕とされる話。
つまらない学校、つまらない日常の中の唯一のスパイスである体育教師に身も心も墜ちていくハートフルストーリー。ある時は図書室で、ある時は職員室で、様々な場所で繰り広げられる終わりのない蜜月の軌跡。
歪んだ愛と実らぬ恋の衝突
ノクターンノベルズにもある
☆とブックマークをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
彼女の母は蜜の味
緋山悠希
恋愛
ある日、彼女の深雪からお母さんを買い物に連れて行ってあげて欲しいと頼まれる。密かに綺麗なお母さんとの2人の時間に期待を抱きながら「別にいいよ」と優しい彼氏を演じる健二。そんな健二に待っていたのは大人の女性の洗礼だった…
【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。
雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。
——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない)
※完結直後のものです。
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる