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嘘よりも真実よりも
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「みちる、テレビを見ようか」
「テレビ……?」
顔をあげると、総司さんは指の腹で私の涙をぬぐった。
「四乃森直己っていう俳優は、有名な人らしいね。俺は全然知らなかったんだけどね」
「……あの人が、出るんですか」
「会見を開くそうだよ」
リモコンをテレビへ向けて、総司さんが電源ボタンを押すと、画面に現れたのは、ちょうど、記者の待つ会見場へ姿を見せた四乃森直己だった。
「なんの会見ですか」
「隠し子騒動についてらしいよ。彼がみちるをどう思ってるのか知る、良い機会じゃないかな」
「見たくないです」
「見た方がいい。彼がみちるについて語るのは、きっと最後になるはずです」
厳しい横顔を見せる総司さんの視線は、まっすぐテレビの中の四乃森直己に向けられていた。
総司さんの目に、父はどう映るのだろう。
それを確かめるのは怖い。怖気付く私の手を、総司さんがしっかりつかんで離さないから、逃げ出したらダメなんだと思うけれど、怖かった。
テレビを見たら、四乃森直己と目が合った気がした。その時、彼は静かに息を吐いて頭を下げた。
『わたくしごとで、このような遅い時間にお集まりいただき、まことに申し訳ございません。えー、本日は、大変恐縮ではございますが、報道にありました通り、私の娘について、少しお話させていただきたいと思います』
そう挨拶をした父は、神妙な面持ちで、ふたたび口を開く。
『まず、私の娘に関してですが、報道にあります通り、30年近く前の話になります。結婚には至りませんでしたが、当時交際していた女性との間に、娘が生まれました。これは、事実です。そして、妻も承知しております』
『奥さまはなんと?』
記者がすかさず質問を飛ばす。
『妻は、理解してくれていますとだけ、お答えします。そして、一部報じられました私の娘とされる女性についてですが、これはまったくの事実無根であります。本日会見を開きましたのも、その女性に、取材等、大変なご迷惑をかけてしまっている事実があり、黙認するわけにはいかなかったからです』
『事実無根ってどういうことですか? 娘とはお認めにならないってことですかっ』
総司さんの手をぎゅっと握り返す。
やっぱり、そうだ。父は私を娘とは認めない。久我の名前だけ与えて、私に会いに来なかった父に、何か期待でもしていただろうか、私は。
『認める認めないの話ではありません。報道の女性は、私の娘ではありません。私の実の娘は、7年前に亡くなりました』
会場がざわつく。しかし、父の表情はまったく変わらない。
『事情があって、娘とは離れて暮らしていましたが、彼女の成長は、成人する20歳まで見守りました。その後、亡くなりましたので、公にすることもなくやってきました。今うわさされている女性はまったくの赤の他人です。ですので、これ以上の取材はご遠慮くださいますよう、お願い申し上げます』
『亡くなられてるって本当ですかっ?』
『本当です。私の中の娘は……、こう言ってはなんですが、私に似た、とても綺麗な娘でした。心根の優しい娘でした。私はお世辞でも立派な人生を歩んできたとは言えません。私には出来すぎた、素晴らしい娘でした。だから、離れていても安心してしまっていたのかもしれません。もっとたくさん、連絡を取っていればよかった。そう思うこともありますが、娘のことは、私も、みなさまにも、そっと胸の中におさめてもらえたらと思っています』
『では、今日発売の一部週刊誌が報じた記事が正しいと?』
『はい』
記者たちはふたたび、ざわつく。
「今日発売って……?」
そうつぶやくと、総司さんがテーブルの上の週刊誌を私に差し出す。
「六花社の週刊キャストに、四乃森直己さんの語った真実が掲載されています」
「六花……。清貴さんが書かせたの? それに、真実って……」
週刊誌を開く。私の記事はすぐに見つかった。
四乃森直己の娘は亡くなっていた!
報じられた女性は無関係のOL!
大きな見出しが目に飛び込んでくる。
「これ……、飯沼さんが書いたの……」
ライター、飯沼基紀の名前を指でなぞる。
彼はゴシップ記事を書くようなライターではなかったのに。
「清貴さんと飯沼さんが、嘘の記事を?」
清貴さんが考えた筋書きを、飯沼さんが形にして、四乃森直己が演じた。これは、脚本だろう。
「みちる。真実も、嘘も、簡単に作り出せます。それを、清貴さんは証明してみせただけのことです」
「……あの人に、頼んだんですね。私は死んだって、会見で話すようにって」
「みちるを救うために、四乃森直己は嘘をついた。みちるのためです。それが、真実です」
総司さんはまだ会見の続くテレビを消して、私に向き合い、両手に優しく手を重ねる。
見つめ合う彼の目は優しかった。
別れてほしい。
そう願ったことすら、全部受け止めてくれるような、温かいまなざしをしている。
「どうしていつもみちるがさみしそうにしてるのか、ずっと考えていました。あなたの生い立ちを知って、納得しましたよ。みちるはとても綺麗で、優しくて、少しだけ意固地だ。俺はそんなあなたが好きなんです。みちるの育った環境を否定したら、今のあなたを否定することになる。だから、気に病まなくていいんです」
「でも私は……総司さんにはふさわしくなくて……」
「四乃森直己の会見を聞いていたでしょう? 彼の娘はもういないんです。みちるは、何もおびえることなく生きていける」
「そんな嘘、すぐに……」
「みちる」
総司さんは首をふって、私の肩を優しくなでる。
「ただあなたを愛してるだけではだめですか? 嘘よりも真実よりも、大切なことがあります。愛してる……この想いだけでは、いけませんか」
「テレビ……?」
顔をあげると、総司さんは指の腹で私の涙をぬぐった。
「四乃森直己っていう俳優は、有名な人らしいね。俺は全然知らなかったんだけどね」
「……あの人が、出るんですか」
「会見を開くそうだよ」
リモコンをテレビへ向けて、総司さんが電源ボタンを押すと、画面に現れたのは、ちょうど、記者の待つ会見場へ姿を見せた四乃森直己だった。
「なんの会見ですか」
「隠し子騒動についてらしいよ。彼がみちるをどう思ってるのか知る、良い機会じゃないかな」
「見たくないです」
「見た方がいい。彼がみちるについて語るのは、きっと最後になるはずです」
厳しい横顔を見せる総司さんの視線は、まっすぐテレビの中の四乃森直己に向けられていた。
総司さんの目に、父はどう映るのだろう。
それを確かめるのは怖い。怖気付く私の手を、総司さんがしっかりつかんで離さないから、逃げ出したらダメなんだと思うけれど、怖かった。
テレビを見たら、四乃森直己と目が合った気がした。その時、彼は静かに息を吐いて頭を下げた。
『わたくしごとで、このような遅い時間にお集まりいただき、まことに申し訳ございません。えー、本日は、大変恐縮ではございますが、報道にありました通り、私の娘について、少しお話させていただきたいと思います』
そう挨拶をした父は、神妙な面持ちで、ふたたび口を開く。
『まず、私の娘に関してですが、報道にあります通り、30年近く前の話になります。結婚には至りませんでしたが、当時交際していた女性との間に、娘が生まれました。これは、事実です。そして、妻も承知しております』
『奥さまはなんと?』
記者がすかさず質問を飛ばす。
『妻は、理解してくれていますとだけ、お答えします。そして、一部報じられました私の娘とされる女性についてですが、これはまったくの事実無根であります。本日会見を開きましたのも、その女性に、取材等、大変なご迷惑をかけてしまっている事実があり、黙認するわけにはいかなかったからです』
『事実無根ってどういうことですか? 娘とはお認めにならないってことですかっ』
総司さんの手をぎゅっと握り返す。
やっぱり、そうだ。父は私を娘とは認めない。久我の名前だけ与えて、私に会いに来なかった父に、何か期待でもしていただろうか、私は。
『認める認めないの話ではありません。報道の女性は、私の娘ではありません。私の実の娘は、7年前に亡くなりました』
会場がざわつく。しかし、父の表情はまったく変わらない。
『事情があって、娘とは離れて暮らしていましたが、彼女の成長は、成人する20歳まで見守りました。その後、亡くなりましたので、公にすることもなくやってきました。今うわさされている女性はまったくの赤の他人です。ですので、これ以上の取材はご遠慮くださいますよう、お願い申し上げます』
『亡くなられてるって本当ですかっ?』
『本当です。私の中の娘は……、こう言ってはなんですが、私に似た、とても綺麗な娘でした。心根の優しい娘でした。私はお世辞でも立派な人生を歩んできたとは言えません。私には出来すぎた、素晴らしい娘でした。だから、離れていても安心してしまっていたのかもしれません。もっとたくさん、連絡を取っていればよかった。そう思うこともありますが、娘のことは、私も、みなさまにも、そっと胸の中におさめてもらえたらと思っています』
『では、今日発売の一部週刊誌が報じた記事が正しいと?』
『はい』
記者たちはふたたび、ざわつく。
「今日発売って……?」
そうつぶやくと、総司さんがテーブルの上の週刊誌を私に差し出す。
「六花社の週刊キャストに、四乃森直己さんの語った真実が掲載されています」
「六花……。清貴さんが書かせたの? それに、真実って……」
週刊誌を開く。私の記事はすぐに見つかった。
四乃森直己の娘は亡くなっていた!
報じられた女性は無関係のOL!
大きな見出しが目に飛び込んでくる。
「これ……、飯沼さんが書いたの……」
ライター、飯沼基紀の名前を指でなぞる。
彼はゴシップ記事を書くようなライターではなかったのに。
「清貴さんと飯沼さんが、嘘の記事を?」
清貴さんが考えた筋書きを、飯沼さんが形にして、四乃森直己が演じた。これは、脚本だろう。
「みちる。真実も、嘘も、簡単に作り出せます。それを、清貴さんは証明してみせただけのことです」
「……あの人に、頼んだんですね。私は死んだって、会見で話すようにって」
「みちるを救うために、四乃森直己は嘘をついた。みちるのためです。それが、真実です」
総司さんはまだ会見の続くテレビを消して、私に向き合い、両手に優しく手を重ねる。
見つめ合う彼の目は優しかった。
別れてほしい。
そう願ったことすら、全部受け止めてくれるような、温かいまなざしをしている。
「どうしていつもみちるがさみしそうにしてるのか、ずっと考えていました。あなたの生い立ちを知って、納得しましたよ。みちるはとても綺麗で、優しくて、少しだけ意固地だ。俺はそんなあなたが好きなんです。みちるの育った環境を否定したら、今のあなたを否定することになる。だから、気に病まなくていいんです」
「でも私は……総司さんにはふさわしくなくて……」
「四乃森直己の会見を聞いていたでしょう? 彼の娘はもういないんです。みちるは、何もおびえることなく生きていける」
「そんな嘘、すぐに……」
「みちる」
総司さんは首をふって、私の肩を優しくなでる。
「ただあなたを愛してるだけではだめですか? 嘘よりも真実よりも、大切なことがあります。愛してる……この想いだけでは、いけませんか」
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