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嘘よりも真実よりも
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実際会ってみると、四乃森直己は年相応の落ち着いた男だった。芸能界というきらびやかな世界に身を投じているようには見えない、ひかえめで、物静かな紳士といったところか。
目元はみちるによく似ている。彼らが親子なのは、まず間違いないだろうと思った。
「富山清貴です、はじめまして」
清貴はそう挨拶した。意外だった。彼らは初対面らしい。
「彼はライターの飯沼です。同席させていただきますが、よろしいでしょうか」
紹介された俺は、あらかじめ渡されていた名刺を、直己に差し出す。
「飯沼基紀と言います。よろしくお願いします」
直己は名刺を受け取り、ゆっくりと俺を見上げた。ぞくりとする。やはり、第一線で活躍する俳優なだけあるのか、その眼力には揺るぎない力強さがある。
「飯沼さんは……存じ上げていますよ。いつだったかな、深夜ドラマをたまたま見たんです。その脚本が飯沼基紀さんでした。面白かったですよ」
「そうでしたか。ありがとうございます」
聞いてない情報が出てきた。頭を下げつつ、清貴に目くばせする。彼はにやにやしながら、直己に答える。
「飯沼は、脚本の仕事は向かないってやめたんですよ。今は雑誌のライターが主です」
「それは残念だな。本当に面白かったのに。……ああ、どうぞ、座って。清貴くん……と呼んでいいかな。清貴くんは富山さんの次男の? あまり、富山さんのお宅のことは知らないようにしていてね、詳しくなくて申し訳ない」
俺たちは直己の向かいに並んで座った。
ここはホテル内にあるレストランの個室。三人分のコーヒーだけ注文すると、すぐに運ばれてきた。
「かまいませんよ。兄の仁志はうわさ話に興味がないですが、俺はそれでメシ食ってます」
「またまた。清貴くんの担当してる六花社のビジネス雑誌、早速拝読したよ。なかなか興味深い記事が多くて面白かったよ」
「それはありがとうございます。うちの両親とは全然?」
「みちるが成人した時に、未知子さんからいただいた手紙を最後に連絡はしてないよ。連絡っていっても、いつも未知子さんが手紙を送ってくれるだけだったんだけどね」
「近況報告程度ですか」
「そう。父親として、何ができたわけでもないけどね、みちるは成人して、俺とは関わりなく生きていけばいいと思ってたよ」
直己はコーヒーカップに口をつけると、小さく息を吐き出した。
「いろいろとね、雑誌は見たよ。六花社は何も書いてないね」
「今週金曜日発売の週刊キャストに、四乃森さんの記事を掲載します。反論などあれば、どうぞ」
「反論か……。俺がどう書かれようとかまわないが、みちるには迷惑かけてしまったね」
「奥さまは?」
「さゆみは落ち込んでしまってるよ。自分が富山家に行ったからこんな事態になったって、責めてる。どうも、俺に関わる女性はみんな不幸になるらしい」
自嘲ぎみに笑う直己は、ポケットから手帳を取り出すと、ページの後ろの方を開いた。
「金曜日といえば、俺が会見を開く日だ。隠し子の存在を否定するつもりはないよ」
「何時から?」
「23時だね。痛い腹はどこまで探られるんだろうね」
「事故の件ですね」
「そうだな。それが一番、気がかりだよ」
俺は無言で直己と清貴のやりとりを聞いていた。
ここへ来るまでに、四乃森直己の本名は久我直己であること、みちるの母である相楽万里と直己の関係など、清貴が知ってる話は全部聞いていたつもりだが、事故というワードは初耳だった。
「どんな事故だったんですか? 正直、俺もみちるもまだ生まれる前の話で、母から聞かされただけなんです」
「どんなも何も……」
直己はちらりと俺を見て、清貴に視線を戻す。
「飯沼さんはメモを取らないのか? ボイスレコーダーでもあるのかい?」
「ん、ああ、大丈夫ですよ。彼は恐ろしく記憶力が高いんです。ボイスレコーダーは必要ありません」
にやつく清貴を見て、直己は眉をぴくりとあげた。清貴の不遜な態度は、ところかまわず出るらしい。
「事故の話だけは記録しないでほしい」
そう前置きをして、直己はテーブルの上で指をからめる。
「あれは、俺たちが20歳になる少し前の話だよ。あの日は万里と彼女の両親、4人で食事をする予定だった」
「万里さんのご両親は気さくな方だったと聞いてます」
直己は肯定するように、うなずく。
「俺たちが交際してることも反対しないで……たまに食事に連れていってくれたよ。あの日は、俺が車でご両親を迎えに行く予定だった。万里は先にレストランで待ってるからって」
「向かう途中の事故だったんですね」
「ああ、……そうだよ。家で待ってくれてればよかったのにね。コンビニまで行くからいいって、ご両親はふたりで歩いてた。万里の母親は俺の車に気づいて手を振ったな……」
遠い目をしてそう語った直己は、前髪をくしゃりとつかみ、苦しそうにうつむいた。
「どうしてあんなことになったんだろう……。万里の母親の笑顔が、驚きと恐怖に染まっていった。もう、ずっとだ。ずっと、頭から離れない……」
「アクセルとブレーキを踏み間違えたと聞きましたが」
ハッと直己は顔をあげ、身を乗り出す。
「そうだ。俺がふたりを轢いた。万里の両親を殺したのは、俺だ」
清貴はジッと直己を見返して、唇をかんだ。
「そうやって、ずっと嘘をついてきたんですね。みちるは信じていますよ、あなたの嘘を」
実際会ってみると、四乃森直己は年相応の落ち着いた男だった。芸能界というきらびやかな世界に身を投じているようには見えない、ひかえめで、物静かな紳士といったところか。
目元はみちるによく似ている。彼らが親子なのは、まず間違いないだろうと思った。
「富山清貴です、はじめまして」
清貴はそう挨拶した。意外だった。彼らは初対面らしい。
「彼はライターの飯沼です。同席させていただきますが、よろしいでしょうか」
紹介された俺は、あらかじめ渡されていた名刺を、直己に差し出す。
「飯沼基紀と言います。よろしくお願いします」
直己は名刺を受け取り、ゆっくりと俺を見上げた。ぞくりとする。やはり、第一線で活躍する俳優なだけあるのか、その眼力には揺るぎない力強さがある。
「飯沼さんは……存じ上げていますよ。いつだったかな、深夜ドラマをたまたま見たんです。その脚本が飯沼基紀さんでした。面白かったですよ」
「そうでしたか。ありがとうございます」
聞いてない情報が出てきた。頭を下げつつ、清貴に目くばせする。彼はにやにやしながら、直己に答える。
「飯沼は、脚本の仕事は向かないってやめたんですよ。今は雑誌のライターが主です」
「それは残念だな。本当に面白かったのに。……ああ、どうぞ、座って。清貴くん……と呼んでいいかな。清貴くんは富山さんの次男の? あまり、富山さんのお宅のことは知らないようにしていてね、詳しくなくて申し訳ない」
俺たちは直己の向かいに並んで座った。
ここはホテル内にあるレストランの個室。三人分のコーヒーだけ注文すると、すぐに運ばれてきた。
「かまいませんよ。兄の仁志はうわさ話に興味がないですが、俺はそれでメシ食ってます」
「またまた。清貴くんの担当してる六花社のビジネス雑誌、早速拝読したよ。なかなか興味深い記事が多くて面白かったよ」
「それはありがとうございます。うちの両親とは全然?」
「みちるが成人した時に、未知子さんからいただいた手紙を最後に連絡はしてないよ。連絡っていっても、いつも未知子さんが手紙を送ってくれるだけだったんだけどね」
「近況報告程度ですか」
「そう。父親として、何ができたわけでもないけどね、みちるは成人して、俺とは関わりなく生きていけばいいと思ってたよ」
直己はコーヒーカップに口をつけると、小さく息を吐き出した。
「いろいろとね、雑誌は見たよ。六花社は何も書いてないね」
「今週金曜日発売の週刊キャストに、四乃森さんの記事を掲載します。反論などあれば、どうぞ」
「反論か……。俺がどう書かれようとかまわないが、みちるには迷惑かけてしまったね」
「奥さまは?」
「さゆみは落ち込んでしまってるよ。自分が富山家に行ったからこんな事態になったって、責めてる。どうも、俺に関わる女性はみんな不幸になるらしい」
自嘲ぎみに笑う直己は、ポケットから手帳を取り出すと、ページの後ろの方を開いた。
「金曜日といえば、俺が会見を開く日だ。隠し子の存在を否定するつもりはないよ」
「何時から?」
「23時だね。痛い腹はどこまで探られるんだろうね」
「事故の件ですね」
「そうだな。それが一番、気がかりだよ」
俺は無言で直己と清貴のやりとりを聞いていた。
ここへ来るまでに、四乃森直己の本名は久我直己であること、みちるの母である相楽万里と直己の関係など、清貴が知ってる話は全部聞いていたつもりだが、事故というワードは初耳だった。
「どんな事故だったんですか? 正直、俺もみちるもまだ生まれる前の話で、母から聞かされただけなんです」
「どんなも何も……」
直己はちらりと俺を見て、清貴に視線を戻す。
「飯沼さんはメモを取らないのか? ボイスレコーダーでもあるのかい?」
「ん、ああ、大丈夫ですよ。彼は恐ろしく記憶力が高いんです。ボイスレコーダーは必要ありません」
にやつく清貴を見て、直己は眉をぴくりとあげた。清貴の不遜な態度は、ところかまわず出るらしい。
「事故の話だけは記録しないでほしい」
そう前置きをして、直己はテーブルの上で指をからめる。
「あれは、俺たちが20歳になる少し前の話だよ。あの日は万里と彼女の両親、4人で食事をする予定だった」
「万里さんのご両親は気さくな方だったと聞いてます」
直己は肯定するように、うなずく。
「俺たちが交際してることも反対しないで……たまに食事に連れていってくれたよ。あの日は、俺が車でご両親を迎えに行く予定だった。万里は先にレストランで待ってるからって」
「向かう途中の事故だったんですね」
「ああ、……そうだよ。家で待ってくれてればよかったのにね。コンビニまで行くからいいって、ご両親はふたりで歩いてた。万里の母親は俺の車に気づいて手を振ったな……」
遠い目をしてそう語った直己は、前髪をくしゃりとつかみ、苦しそうにうつむいた。
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「アクセルとブレーキを踏み間違えたと聞きましたが」
ハッと直己は顔をあげ、身を乗り出す。
「そうだ。俺がふたりを轢いた。万里の両親を殺したのは、俺だ」
清貴はジッと直己を見返して、唇をかんだ。
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