嘘よりも真実よりも

水城ひさぎ

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嘘よりも真実よりも

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 みちると連絡が取れなくなって、一週間が過ぎた。

 メールも電話も反応がない。仕事でトラブルがあったとは言うが、少しも連絡できないなんておかしい。百歩譲って、もし、トラブルが本当だというなら、余計に心配だ。

 富山ビルのロビーにあるソファーに座って、スマホを操作する。みちる宛のメールを作成していると、幹斗がやってきた。

「悪いな、総司。ちょっと興味深い記事、見つけてさ」

 仕事帰りに話があると、幹斗からメールをもらったのは、昼過ぎのことだった。

「いや、かまわない」
「まあ、そうだよな。都合悪いと遠慮なくおまえは断るしな」

 にやっとしながら、彼は脇に抱えていた雑誌をテーブルの上に広げる。

 芸能人のゴシップ記事と、ひとめでわかる、週刊誌だった。

「四乃森直己の隠し子? 好きだな、幹斗も。これ見せるために呼び出したのか」

 記事の真ん中に大きく、隠し子発覚の文字がある。四乃森直己と言えば、椎名彩香の姉と結婚した俳優だったか。

「再婚だったのか?」

 大して読む気もおきず、なんとなく記事を眺める。タイトルの横に、四乃森直己の写真が掲載されている。50歳らしいが、とても若々しい顔立ちをしている。

「いや、四乃森直己は初婚だよ。で、隠し子の年齢は20代後半。未婚の母親が育ててたみたいだけど、ちょっと気になってさ」

 幹斗はページを一枚めくり、右下にある写真を指差す。そこには、目元を隠した女性の斜め後ろ姿が映っていた。

「これ、この人がその隠し子だってさ」
「ふーん」

 写真を眺める。顔はわかりにくいが、スレンダーな女性だった。ゆるくパーマをかけた髪は長く、柔らかに腰まで伸びている。ロングスカートに、コートを羽織っているが、上品な印象を受ける。きっと、かなりの美女だろう。

「ちょっと、みちるに似て……」

 思わず、そう言葉にして、口をつぐむ。

「おまえも、気づいた? これ、彼女じゃね?」

 俺はじろりと幹斗を見た後、週刊誌を手に取る。

 女性はホテルに入っていくところを撮られているようだった。肩にはビジネスバッグをかけている。

 目を凝らして、写真を見つめる。このホテルは、アザレアホテルだろうか。入り口のドアに、アザレアの花をかたどったロゴが半分ほど見えている。

 みちるは仕事の時によくアザレアホテルを利用するのだと言っていた。

「最近、連絡取れないんだろ? 何かに巻き込まれてるんじゃないのか?」
「記者につきまとわれてるから、連絡できないって?」
「ご明察」

 そう答えたのは、幹斗じゃなかった。
 俺は眉をひそめて、顔を上げる。いつの間にか、目の前に、富山清貴が立っていた。

 清貴はにやけた顔で、俺の前に座る。緊張感がないというか、大して動じない男なのだろう。

 誰? と目くばせする幹斗に、黙ってろ、と口パクで伝えて、清貴に尋ねる。

「みちるは元気にしてますか?」
「ん、まあ……、変わらない生活はしてるよ。ちょっと落ち込んでたみたいだけどね、結構いろいろ覚悟して生きてるからね」
「じゃあ、この記事は真実ですか」

 ふたたび、週刊誌に目を落とす。

 写真の下には、隠し子とされるMさん、と小さく書かれている。

「真実ってなんだろうな。俺たちはずっと、みちるを妹として扱ってきたよ。こんな記事で、俺たちの全部がわかるはずない」

 幹斗が横で、ハッと息を飲む。清貴が富山の息子だと気づいたみたいだった。

「なあ、総司。次週号はさ、このMさんが隠し子だっていう決定的証拠の写真を掲載するって予告が出てるんだよ」

 記事の全文を読んだ幹斗はあわてたように言う。

「本当ですか?」

 清貴に尋ねる。彼はあっさりうなずく。

「椎名さゆみさんと一緒にいるところを撮られたらしい。その写真さえあれば、テキトーな記事つけて、真実らしく報道できるだろうな」
「真実らしく……ですか。確かに、真実がどうかなんて、こんなものからはわかりませんね」

 パタンと週刊誌を閉じると、清貴はにやりと笑む。

「一緒に確かめに行きませんか? 金城さん」
「確かめに、とは?」
「これから四乃森直己と会う約束をしてます。真実を確かめに行くんですよ」
「今からですか」
「直己さんも会見を開くでしょうからね。その前に話しておきたいので」
「しかし、俺が行く理由が……」

 そう言いかける俺の前へ、清貴は手のひらを立てる。

「金城さんには、ライターとして四乃森直己に会ってもらいます。飯沼ってライターを連れていくつもりだったんですが、真実は金城さんに見届けてもらいたい気もしたので」
「飯沼さんという方のふりをして行くんですね」
「そうです。飯沼の名刺、渡しておきますよ」

 清貴は無造作にポケットから取り出した名刺をテーブルの上に乗せる。

「フリーライターの飯沼基紀もときさんですね。わかりました」

 名刺をポケットにしまう。

「では、行きましょうか。ちょうどいい時間だ」

 そう言うと、清貴は22時を示す腕時計を俺に見せた。
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