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手放したくない幸福
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早めに帰宅した清貴さんの車で、ホテルベリシマに向かった。
金曜日の夜の繁華街は賑わっていて、穏やかな日常を好む私は、緊張感もあいまって、浮き足だっていた。
ひとりだったら、来れなかったかもしれない。清貴さんが、大丈夫さ、と楽観的に笑うのを見たら、人より少し私は神経質で心配症なのだろうと思った。いつも私は彼の明るさに助けられている。
「それにしても、こんな手紙だけじゃ、相手がいたってわからないよな」
真っ白な封筒をひらひらさせて、清貴さんはレストランカランコエへ入っていく。
「さゆみさんのお顔はご存知ないですか?」
「ああ、知らない。みちるとおんなじで、非社交的らしいからな。パーティーにも出てこないらしい」
「そうなんですか……」
「万里さんもおとなしい人だったよな。あんまり覚えてないけどな」
清貴さんはおかしそうに肩を揺らすと、出迎えに現れたグリーターに気安げな笑顔を向ける。
「いらっしゃいませ、富山様。いつもありがとうございます」
グリーターは恭しく頭を下げる。どうやら、清貴さんはカランコエの常連客みたい。
「久我の名前で2名の予約が入ってると思うんだけどね、ひとり追加で頼めるかな」
「承知いたしました。すぐにお席へご案内いたします」
「ありがとう」
清貴さんは目を丸くする私にニッと笑う。
「ビンゴだったな」
「あてずっぽうですか?」
「ベリシマは椎名グループのホテルだけどさ、予約なしで来ないかもしれない客を待てるレストランじゃない。かといって、みちるが来るまで毎日予約も無理だろう。今日来なかったら、別の方法で接触してくるつもりだったかもな」
「そこまで考えてらしたんですね」
「相手方に付き合ってやる義理はないけどな、たまにはカランコエの料理が食べたくなったんだ」
ちょっとあきれ顔見せる私の肩に手を置くと、彼は顔を寄せてささやく。
「もちろん、みちるが一番心配だから来たんだよ」
「楽しんでるみたいです」
「あんまり深刻にならないタイプなだけさ」
「富山様、お待たせいたしました。ご案内いたします。どうぞこちらへ」
戻ってきたグリーターに、私たちは店内の奥まった席に案内された。
窓際の景色のいい席をうらめしそうに清貴さんは横目で見やったが、手紙の主がなるべく人目に触れない場所を選んだのだろうと、私たちは無言で席に着いた。
「あと、1分だな」
袖をわずかにあげて、腕時計を確認する。
「清貴さんがいたら驚かれますね」
「みちる一人で来いなんて書いてなかったから大丈夫だろ」
「そういうものですか?」
「そういうもの。みちるは人が良すぎるんだ」
そう言って笑う清貴さんの後ろに、ふと視線を向ける。不意に現れたのは、ひとりの女性だった。
あ、と声にならない声をあげると、清貴さんも振り返る。
「あれ? 椎名さゆみじゃない方か」
彼のずけずけとした物言いで、彼女はやや顔をしかめる。
「椎名彩香です。富山清貴さんですね? それと、久我みちるさん」
清貴さんはにやにやするばかりだが、私は小さく頭を下げる。
「富山ビルの受付嬢がみちるを呼び出すにしては、手の込んだやり方だな」
「仕方なかったんです。久我さんは定期的にいらっしゃるわけじゃないし」
「それに、金城総司に知られたくなかった?」
ますますにやつく彼を、不愉快そうに彩香さんはにらみつけ、私たちの向かい側の席に座った。
「富山さんがいらっしゃるとは思いませんでした」
「みちるは俺たちの大切な妹だからね、物騒な手紙の誘いに一人で行かせるわけがない」
「そうやって、だましてるんですか」
「だます? 意味がわからない」
大げさに、清貴さんは肩をすくめる。
「大切な妹だなんて、嘘。富山豊彦に娘がいないのはわかっています」
「いちゃもんつけに来たの?」
「真実を確かめに来たんです。私、全部知ってるんですから」
清貴さんのおどけた態度にいらいらした様子で、彩香さんはバッグから手帳を取り出す。そして、手帳の真ん中あたりにはさんである一枚の写真を、私たちの前に突き出した。
写真に映る人物を見て、私は小さく息を飲んだ。それは、私が19歳の時の、成人式の写真だった。今でも覚えている。未知子が撮影してくれたものだ。
「おー、若いな、みちる。今も綺麗だけど、やっぱりこの頃はかわいいな」
振袖姿の19歳の私と困惑する私を交互に眺める清貴さんが、写真に手を伸ばそうとすると、彩香さんはそれをひっくり返した。
写真の裏側には、撮影日と私のフルネームが書かれていた。
「久我みちるさんは富山豊彦の娘じゃないっていう証拠です。あなたは翻訳家として働く前から久我なんですから。みちるさんの父親は、久我直己ですよね?」
早めに帰宅した清貴さんの車で、ホテルベリシマに向かった。
金曜日の夜の繁華街は賑わっていて、穏やかな日常を好む私は、緊張感もあいまって、浮き足だっていた。
ひとりだったら、来れなかったかもしれない。清貴さんが、大丈夫さ、と楽観的に笑うのを見たら、人より少し私は神経質で心配症なのだろうと思った。いつも私は彼の明るさに助けられている。
「それにしても、こんな手紙だけじゃ、相手がいたってわからないよな」
真っ白な封筒をひらひらさせて、清貴さんはレストランカランコエへ入っていく。
「さゆみさんのお顔はご存知ないですか?」
「ああ、知らない。みちるとおんなじで、非社交的らしいからな。パーティーにも出てこないらしい」
「そうなんですか……」
「万里さんもおとなしい人だったよな。あんまり覚えてないけどな」
清貴さんはおかしそうに肩を揺らすと、出迎えに現れたグリーターに気安げな笑顔を向ける。
「いらっしゃいませ、富山様。いつもありがとうございます」
グリーターは恭しく頭を下げる。どうやら、清貴さんはカランコエの常連客みたい。
「久我の名前で2名の予約が入ってると思うんだけどね、ひとり追加で頼めるかな」
「承知いたしました。すぐにお席へご案内いたします」
「ありがとう」
清貴さんは目を丸くする私にニッと笑う。
「ビンゴだったな」
「あてずっぽうですか?」
「ベリシマは椎名グループのホテルだけどさ、予約なしで来ないかもしれない客を待てるレストランじゃない。かといって、みちるが来るまで毎日予約も無理だろう。今日来なかったら、別の方法で接触してくるつもりだったかもな」
「そこまで考えてらしたんですね」
「相手方に付き合ってやる義理はないけどな、たまにはカランコエの料理が食べたくなったんだ」
ちょっとあきれ顔見せる私の肩に手を置くと、彼は顔を寄せてささやく。
「もちろん、みちるが一番心配だから来たんだよ」
「楽しんでるみたいです」
「あんまり深刻にならないタイプなだけさ」
「富山様、お待たせいたしました。ご案内いたします。どうぞこちらへ」
戻ってきたグリーターに、私たちは店内の奥まった席に案内された。
窓際の景色のいい席をうらめしそうに清貴さんは横目で見やったが、手紙の主がなるべく人目に触れない場所を選んだのだろうと、私たちは無言で席に着いた。
「あと、1分だな」
袖をわずかにあげて、腕時計を確認する。
「清貴さんがいたら驚かれますね」
「みちる一人で来いなんて書いてなかったから大丈夫だろ」
「そういうものですか?」
「そういうもの。みちるは人が良すぎるんだ」
そう言って笑う清貴さんの後ろに、ふと視線を向ける。不意に現れたのは、ひとりの女性だった。
あ、と声にならない声をあげると、清貴さんも振り返る。
「あれ? 椎名さゆみじゃない方か」
彼のずけずけとした物言いで、彼女はやや顔をしかめる。
「椎名彩香です。富山清貴さんですね? それと、久我みちるさん」
清貴さんはにやにやするばかりだが、私は小さく頭を下げる。
「富山ビルの受付嬢がみちるを呼び出すにしては、手の込んだやり方だな」
「仕方なかったんです。久我さんは定期的にいらっしゃるわけじゃないし」
「それに、金城総司に知られたくなかった?」
ますますにやつく彼を、不愉快そうに彩香さんはにらみつけ、私たちの向かい側の席に座った。
「富山さんがいらっしゃるとは思いませんでした」
「みちるは俺たちの大切な妹だからね、物騒な手紙の誘いに一人で行かせるわけがない」
「そうやって、だましてるんですか」
「だます? 意味がわからない」
大げさに、清貴さんは肩をすくめる。
「大切な妹だなんて、嘘。富山豊彦に娘がいないのはわかっています」
「いちゃもんつけに来たの?」
「真実を確かめに来たんです。私、全部知ってるんですから」
清貴さんのおどけた態度にいらいらした様子で、彩香さんはバッグから手帳を取り出す。そして、手帳の真ん中あたりにはさんである一枚の写真を、私たちの前に突き出した。
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「おー、若いな、みちる。今も綺麗だけど、やっぱりこの頃はかわいいな」
振袖姿の19歳の私と困惑する私を交互に眺める清貴さんが、写真に手を伸ばそうとすると、彩香さんはそれをひっくり返した。
写真の裏側には、撮影日と私のフルネームが書かれていた。
「久我みちるさんは富山豊彦の娘じゃないっていう証拠です。あなたは翻訳家として働く前から久我なんですから。みちるさんの父親は、久我直己ですよね?」
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