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手放したくない幸福
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妹じゃない?
俺はますます眉をひそめた。
そんなはずはない。みちるは仁志や清貴を兄と慕っていて、清貴だって、みちるは妹じゃないなんて否定しなかった。
現に、みちるは富山家に暮らしてるじゃないか。彼女を何度か送迎し、豪邸と言える屋敷に入っていく姿も確認している。
「椎名さんが、作り話をする理由がわからないよ」
少々非難めいた言い方をしてしまった。ショックを受けた彩香を見たら、嫌われたな、と気まずくなる。職場で出会う女性とは、極力もめたくなかったのだが。
「悪いけど……」
追い討ちをかけられるとでも思ったのだろうか。俺が口を開くと、彩香はうっすら涙を浮かべて、無言で走り去った。
嫌な気分だ。
俺と付き合ったばかりに、みちるは変なうわさを立てられて、知らないところで傷つけられる。
ため息をついて、スマホを取り出す。まだ送信してなかったメールを削除して、電話をかけた。無性にみちるの声が聞きたかった。
「もしもし、総司さん?」
みちるはすぐに電話に出た。声を聞くと落ち着く。彼女は綺麗なだけじゃない。その優しい声音そのものが、彼女の繊細な優しさを表してるのではないかと思う。
「急に、悪いね。仕事中?」
「いいえ。少し休憩してました。総司さんはお仕事終わられたの?」
「今から帰るところなんだ。あさっての土曜、会えないかなと思って電話した」
「大丈夫です。何時でも」
みちるは大して予定を入れないのか、いつもデートの誘いに即答する。そんなところにも、安堵する。
「じゃあ、11時に迎えに行くよ。ああ、それと、誕生日はいつ?」
「誕生日……? 3月ですけど……どうして?」
「いや、まだ聞いてなかったと思ってね。みちるをもっとよく知りたいんだ」
「……そう、ですか」
どこか沈んだ声が返ってくる。
「みちるも、なんでも聞いてくれたらいい」
「……総司さんにご兄弟はいらっしゃらないって言ってましたよね?」
間を置いてから、みちるはそう尋ねてきた。いま、一番気になることだったのかもしれない。
「ああ、いない。気になる?」
家族構成を気にするなら、結婚を考えたりしてくれてるんだろうか。
俺ももう31歳。そろそろ落ち着いてもいいかと思う時もある。俺は金城の跡取りで、いずれは会社も継ぐ。富山不動産のご令嬢が結婚相手となれば、親族も納得するだろう。
「みちるはお兄さんがふたりだね」
彩香の言葉を真に受けたわけじゃないが、さりげなく穏やかに念を押すと、彼女は「はい……」とか細い声で返事をした。
まるで、泣いてるような声だ。
「今日会うのは、無理だよね」
「……ごめんなさい。明日までに終えないといけないお仕事が少しだけ残っていて」
「いや、いいんだ。聞いてみただけだから。また会える日を楽しみにしてる」
「はい、私も。総司さんに会いたいです」
その言葉が聞けただけで十分だ。
出会った時からお互いに惹かれていたのに、みちるはその気配すら感じさせなかった。今はこうして、ストレートに会いたいと言ってくれる。
「じゃあ、あさって、11時に」
「はい。11時に」
俺たちはそう約束して電話を切った。約束の11時が永遠に来ないなんて、この時の俺たちはまだ知らなかった。
俺はますます眉をひそめた。
そんなはずはない。みちるは仁志や清貴を兄と慕っていて、清貴だって、みちるは妹じゃないなんて否定しなかった。
現に、みちるは富山家に暮らしてるじゃないか。彼女を何度か送迎し、豪邸と言える屋敷に入っていく姿も確認している。
「椎名さんが、作り話をする理由がわからないよ」
少々非難めいた言い方をしてしまった。ショックを受けた彩香を見たら、嫌われたな、と気まずくなる。職場で出会う女性とは、極力もめたくなかったのだが。
「悪いけど……」
追い討ちをかけられるとでも思ったのだろうか。俺が口を開くと、彩香はうっすら涙を浮かべて、無言で走り去った。
嫌な気分だ。
俺と付き合ったばかりに、みちるは変なうわさを立てられて、知らないところで傷つけられる。
ため息をついて、スマホを取り出す。まだ送信してなかったメールを削除して、電話をかけた。無性にみちるの声が聞きたかった。
「もしもし、総司さん?」
みちるはすぐに電話に出た。声を聞くと落ち着く。彼女は綺麗なだけじゃない。その優しい声音そのものが、彼女の繊細な優しさを表してるのではないかと思う。
「急に、悪いね。仕事中?」
「いいえ。少し休憩してました。総司さんはお仕事終わられたの?」
「今から帰るところなんだ。あさっての土曜、会えないかなと思って電話した」
「大丈夫です。何時でも」
みちるは大して予定を入れないのか、いつもデートの誘いに即答する。そんなところにも、安堵する。
「じゃあ、11時に迎えに行くよ。ああ、それと、誕生日はいつ?」
「誕生日……? 3月ですけど……どうして?」
「いや、まだ聞いてなかったと思ってね。みちるをもっとよく知りたいんだ」
「……そう、ですか」
どこか沈んだ声が返ってくる。
「みちるも、なんでも聞いてくれたらいい」
「……総司さんにご兄弟はいらっしゃらないって言ってましたよね?」
間を置いてから、みちるはそう尋ねてきた。いま、一番気になることだったのかもしれない。
「ああ、いない。気になる?」
家族構成を気にするなら、結婚を考えたりしてくれてるんだろうか。
俺ももう31歳。そろそろ落ち着いてもいいかと思う時もある。俺は金城の跡取りで、いずれは会社も継ぐ。富山不動産のご令嬢が結婚相手となれば、親族も納得するだろう。
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彩香の言葉を真に受けたわけじゃないが、さりげなく穏やかに念を押すと、彼女は「はい……」とか細い声で返事をした。
まるで、泣いてるような声だ。
「今日会うのは、無理だよね」
「……ごめんなさい。明日までに終えないといけないお仕事が少しだけ残っていて」
「いや、いいんだ。聞いてみただけだから。また会える日を楽しみにしてる」
「はい、私も。総司さんに会いたいです」
その言葉が聞けただけで十分だ。
出会った時からお互いに惹かれていたのに、みちるはその気配すら感じさせなかった。今はこうして、ストレートに会いたいと言ってくれる。
「じゃあ、あさって、11時に」
「はい。11時に」
俺たちはそう約束して電話を切った。約束の11時が永遠に来ないなんて、この時の俺たちはまだ知らなかった。
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