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募る思い
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美術館を出ると、辺りは薄暗くなっていた。思ったよりも混雑していた美術館の中を、ゆっくり見てまわっていたからだろう。
総司さんと過ごす時間は穏やかだった。時折、彼は絵画を指さして、好きな作品を教えてくれた。優しい雰囲気の絵画が好きなようだった。
「みちるさんは好きな画家とかいらっしゃるんですか?」
美術館を出たところで、総司さんは尋ねてきた。
「私は、優しい絵画が好きです。深い愛に包まれたら、こんな気持ちになるのかなって感じられるような、優しいもの」
「そうですか」
「絵画も音楽も……なんでも、優しいものが好きです」
だから、総司さんにも惹かれるのだろう。彼を見上げてにこりとすると、彼は急に足を止めて、私のほおに触れた。
「みちるさ……」
「あれ? 総司?」
不意に、後ろから声をかけられた。
「あ、ああ、幹斗か」
総司さんはそっと私を後ろ手に回すと、軽やかな足取りで近づいてきた青年と向かい合う。
「今日は休みか。社畜のおまえが珍しいな」
「そうでもないよ」
「本当かよ」
幹斗と呼ばれた青年は、おかしそうに笑い、ひょこっと総司さんの後ろに隠れる私をのぞき込む。
「はじめまして。三好幹斗です」
私は無言で頭を下げた。人好きのする顔の青年だったけど、ありありとわかる好奇心むき出しの笑顔に警戒心を抱いた。
あまりの反応のなさに拍子抜けしたのか、彼はちょっと首をひねると、総司さんに目を戻す。
「こんなに綺麗な彼女がいるなんて聞いてなかったよ」
「まあ、いいだろ、それは」
「良くないけどな。総司には先越されてばっかりだ」
「幹斗はひとりか?」
総司さんはあからさまに話をそらす。
「これから飲み会だよ、飲み会。受付の子と部下の子たちで」
「受付って、椎名さん? 楽しそうだな」
「総司の方が楽しそうに見えるけどな」
茶化す幹斗さんに、彼は苦笑いする。
「椎名さんは話し上手じゃないか。退屈しないだろ?」
「退屈しない話だといいけどな。椎名さんのお姉さん、結婚しただろ? 相手がすごいやつらしくてさ、自慢したくて仕方ないらしいよ」
「またそのうち、聞かせてくれよ。じゃあ、俺たちは行くから」
話が長くなりそうで、総司さんは軽くあしらうように言う。気心が知れた仲なのか、幹斗さんも気を害す様子なく、うなずく。
「呼び止めて悪かったよ。……彼女さん、またね」
無邪気な笑顔で手を振る幹斗さんに、無言で頭をさげる。どうにも、さっきからずっと、警戒心が働いている。どうしてかわからないのだけど。
「行こうか、みちるさん」
立ち去る幹斗さんの背中を見送り、見えなくなった頃に、総司さんは私の肩に手を置いた。
「あ、はい」
うなずいて、彼に寄り添う。
総司さんの世界に一歩踏み込んだような気がして、不安が増す。新しい人に出会うのは苦手だった。
飯沼さんは、清貴さんが紹介してくれた人だったから安心して会えた。彼は必要以上に私を誰かに会わせようとはしなかったし、彼の交友関係は、清貴さんの交友関係でもあった。
でも、なんでだろう。そこまで気にする必要はないって頭ではわかってるのに、神経が張り詰めている。嫌な予感がした、というのが一番率直な思いかもしれない。
「大学時代からの友人です」
私の不安を察してか、総司さんがそう言う。
「彼も、富山ビルのオフィスで働いてるんですよ。受付の椎名さんというのは、富山ビルの受付嬢です」
「そうなんですか……」
好奇心は湧かなくて、そっけなく答える。
「幹斗とは腐れ縁なので、また会うことがあるかもしれません」
「……はい」
「俺の友人と仲良くしてもらえたらうれしいですが、無理強いはしませんよ。みちるさんが男性に全然興味を示さないのは、まあ、今となってはありがたいような気もしますし」
「え?」
何を言うのだろうと、総司さんを見上げると、彼はうっすら笑む。
「幹斗は俺よりモテるし。俺に興味ないみちるさんが彼に興味持つなら傷つくところでした」
「傷つくだなんて……。金城さんが私に興味を持つ方がふしぎなぐらいです」
「言ったでしょう。すごくタイプなんです。もっと笑ったらいいのに、とは思いますが……いや、たまの笑顔も悪くないです」
そう言って、彼は私のほおに触れる。幹斗さんに声をかけられる前、こうやって彼は触れてきて、何か言いかけたんだった。
「さっき、何を言おうとしてらっしゃったんですか?」
「みちるさんがあまりに幸せそうにほほえんだので驚いて、つい……触れたくなりました」
「そんなに笑ってませんか……?」
恥ずかしくて赤らむと、彼は目を細める。
「いいんです。まだ知り合ったばかりですから。何度か、今日みたいに会いましょう。みちるさんに会うためなら、いくらでも時間を作りますよ」
美術館を出ると、辺りは薄暗くなっていた。思ったよりも混雑していた美術館の中を、ゆっくり見てまわっていたからだろう。
総司さんと過ごす時間は穏やかだった。時折、彼は絵画を指さして、好きな作品を教えてくれた。優しい雰囲気の絵画が好きなようだった。
「みちるさんは好きな画家とかいらっしゃるんですか?」
美術館を出たところで、総司さんは尋ねてきた。
「私は、優しい絵画が好きです。深い愛に包まれたら、こんな気持ちになるのかなって感じられるような、優しいもの」
「そうですか」
「絵画も音楽も……なんでも、優しいものが好きです」
だから、総司さんにも惹かれるのだろう。彼を見上げてにこりとすると、彼は急に足を止めて、私のほおに触れた。
「みちるさ……」
「あれ? 総司?」
不意に、後ろから声をかけられた。
「あ、ああ、幹斗か」
総司さんはそっと私を後ろ手に回すと、軽やかな足取りで近づいてきた青年と向かい合う。
「今日は休みか。社畜のおまえが珍しいな」
「そうでもないよ」
「本当かよ」
幹斗と呼ばれた青年は、おかしそうに笑い、ひょこっと総司さんの後ろに隠れる私をのぞき込む。
「はじめまして。三好幹斗です」
私は無言で頭を下げた。人好きのする顔の青年だったけど、ありありとわかる好奇心むき出しの笑顔に警戒心を抱いた。
あまりの反応のなさに拍子抜けしたのか、彼はちょっと首をひねると、総司さんに目を戻す。
「こんなに綺麗な彼女がいるなんて聞いてなかったよ」
「まあ、いいだろ、それは」
「良くないけどな。総司には先越されてばっかりだ」
「幹斗はひとりか?」
総司さんはあからさまに話をそらす。
「これから飲み会だよ、飲み会。受付の子と部下の子たちで」
「受付って、椎名さん? 楽しそうだな」
「総司の方が楽しそうに見えるけどな」
茶化す幹斗さんに、彼は苦笑いする。
「椎名さんは話し上手じゃないか。退屈しないだろ?」
「退屈しない話だといいけどな。椎名さんのお姉さん、結婚しただろ? 相手がすごいやつらしくてさ、自慢したくて仕方ないらしいよ」
「またそのうち、聞かせてくれよ。じゃあ、俺たちは行くから」
話が長くなりそうで、総司さんは軽くあしらうように言う。気心が知れた仲なのか、幹斗さんも気を害す様子なく、うなずく。
「呼び止めて悪かったよ。……彼女さん、またね」
無邪気な笑顔で手を振る幹斗さんに、無言で頭をさげる。どうにも、さっきからずっと、警戒心が働いている。どうしてかわからないのだけど。
「行こうか、みちるさん」
立ち去る幹斗さんの背中を見送り、見えなくなった頃に、総司さんは私の肩に手を置いた。
「あ、はい」
うなずいて、彼に寄り添う。
総司さんの世界に一歩踏み込んだような気がして、不安が増す。新しい人に出会うのは苦手だった。
飯沼さんは、清貴さんが紹介してくれた人だったから安心して会えた。彼は必要以上に私を誰かに会わせようとはしなかったし、彼の交友関係は、清貴さんの交友関係でもあった。
でも、なんでだろう。そこまで気にする必要はないって頭ではわかってるのに、神経が張り詰めている。嫌な予感がした、というのが一番率直な思いかもしれない。
「大学時代からの友人です」
私の不安を察してか、総司さんがそう言う。
「彼も、富山ビルのオフィスで働いてるんですよ。受付の椎名さんというのは、富山ビルの受付嬢です」
「そうなんですか……」
好奇心は湧かなくて、そっけなく答える。
「幹斗とは腐れ縁なので、また会うことがあるかもしれません」
「……はい」
「俺の友人と仲良くしてもらえたらうれしいですが、無理強いはしませんよ。みちるさんが男性に全然興味を示さないのは、まあ、今となってはありがたいような気もしますし」
「え?」
何を言うのだろうと、総司さんを見上げると、彼はうっすら笑む。
「幹斗は俺よりモテるし。俺に興味ないみちるさんが彼に興味持つなら傷つくところでした」
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「言ったでしょう。すごくタイプなんです。もっと笑ったらいいのに、とは思いますが……いや、たまの笑顔も悪くないです」
そう言って、彼は私のほおに触れる。幹斗さんに声をかけられる前、こうやって彼は触れてきて、何か言いかけたんだった。
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「みちるさんがあまりに幸せそうにほほえんだので驚いて、つい……触れたくなりました」
「そんなに笑ってませんか……?」
恥ずかしくて赤らむと、彼は目を細める。
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