嘘よりも真実よりも

水城ひさぎ

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募る思い

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 帰宅するとすぐ、パソコンを立ち上げた。時間を惜しむように、ネクタイをほどきながら、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、パソコンの前へ戻る。

 パスワードを入力し、インターネットを立ち上げる。迷わず、『翻訳家 フリーランス 富山みちる』と検索する。

「あれ? ……違うな」

 検索上位のサイトをいくつか開いてみるが、直接みちるにつながる情報は見つからない。

 次は、『六花社 富山みちる』と入力してみた。すると、六花社のサイトが検索上位に上がった。

「文芸翻訳って言ってたな」

 六花社のサイトを開き、海外作家のページを開いてみる。たくさんの書籍名がズラリと並んでいる。上から順に、ひとつずつ確認していく。

 有名なミステリー作家や、歴史ある名作が並ぶ中に、とある純文学作品を見つけた。

「久我……みちる。これか」

 どうやら、みちるは富山の名では活動していないようだ。ペンネームぐらい持っていても不思議ではない。

 ふたたび、サイトの検索画面に戻り、『翻訳家 久我みちる』と入力してみた。

 みちるへ直接つながる連絡先はないかと探してみるが、検索に引っかかるのは、書籍ばかりで、久我みちる個人に関わる内容はまったく見つからない。

 これでは、富山みちるが久我みちるなのかどうかすら見当がつかない。

 富山家は莫大な財産を有していると聞く。それだけの名家に生まれたみちるなら、翻訳の仕事に本腰なんていれてない可能性がある。

 翻訳会社にすら登録しておらず、自身もサイトを持っていない。清貴を通じて仕事をもらっているぐらいかもしれない。あれほどの美女なのだから、翻訳家として大きな活躍をしてるなら、写真の一枚ぐらい出てきても良さそうなものなのに。

 仕方なく、六花社のホームページにアクセスした。みちるが訳した書籍は三冊見つかった。そのうちの一冊を購入した。

『答えのない回廊』というタイトルのついたその書籍は、身分違いの恋に悩む女の話のようだった。内容には大して興味はなかったが、彼女の仕事に触れてみたい思いはあった。

 書籍は、二日後に届いた。風呂から出ると、ポスト投函されていた包装からそれを取り出し、ベッドに横になった。

 舞台は現代。とある映画をきっかけに、映画スターだったジョニーに恋した女、リサ。リサは大富豪の屋敷に勤める家政婦。

 ある日、富豪が自身の屋敷で開催したパーティーで、リサはジョニーに出会う。ジョニーに見染められたリサは、周囲に内緒で交際を始める。しかし、リサはある日を境にジョニーの前から姿を消す。彼女はジョニーの子を妊娠していたのだ。

 妊娠を知ったリサの両親は、ジョニーに結婚するよう頼みに行こうとするが、彼にはすでに新しい恋人がいた。

 ジョニーを愛するリサを両親は説得し、以前からリサを慕っていた幼なじみのイーサンと結婚させる。

 イーサンは優しい男で、彼を愛しきれないリサとその子ども、アンナを生涯愛し続けた。一方、ジョニーもリサへの想いを立ち切れないまま、数多の浮名を流すようになる。

 自らが愛してやまない男ジョニーと、全身全霊かけて己を愛してくれる男イーサン……ふたりの男の間で揺れるリサの心、女に溺れながらもリサに未練を持つジョニーの心情が、アンナ目線でどこか悲しくて、優しい文章で綴られている。

 しかし、リサが幸せだったかどうかは、導き出せずに物語は終わりを迎えた。最後まで読んでも明確な答えが出せない、どこかに心が取り残されたような読後感の残る話だった。

 きっと、恋に答えなどないのだろう。
 愛し合うジョニーとリサが離れてしまった時に、未来は決まってしまったのだ。それが正しいのか、間違っていたかどうかは別として。

 ただアンナ目線で描かれた作品であることに違和感を覚えた。アンナはイーサンに、ジョニーとリサの恋を聞かされて育っている。そして、アンナは恋を後ろめたいものと理解し、恋ができずに成長した。

 答えのない回廊を歩き続けているのはきっと、リサではなく、アンナなのだろう。

 本を枕元に置き、そのまま目を閉じた。

 物悲しい物語だったが、みちるの訳した文章は、アンナの心に寄り添う優しいものだった。まるで、アンナはみちる自身じゃないのかと感じるような。

 みちるの持つはかなさは、どこから来るものなんだろう。彼女もまた、恋ができずにいるのだろうか。

 だから、俺から逃げた。キスをしている間は、みちるだって俺の唇を求めてくれていて、心を通わせているように思えていたのに。

 すべては俺の願望が見せた幻想だったのか。それとも、みちるには素直になれない理由があるのか……。
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