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あなたしか見えない
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「それにしても、今日のみちるは一段と綺麗だな。兄さんが自慢したくなるのもわかるよ」
清貴さんにエスコートされて、パーティー会場へ着くと、彼はあらためて私をしげしげと眺めた。
少し派手じゃないかと感じる赤いドレスは細身で、胸元こそ隠れているものの、腕も背中も、今まで見せたことないぐらい露出してる。
ドレスを変えて欲しいなんて言う勇気はないし、清貴さんが綺麗だと褒めそやすから、言われるがままに来てしまったけれど。
「自慢だなんて……」
「自慢だろ。前からみちるはうわさになってたし、そろそろ解禁って気分なんだろう。遅いぐらいだよ」
「うわさされてるんですか?」
思わず不安になるけれど、清貴さんはあっけらかんと笑う。
「飯沼だって、みちるにひとめぼれしたんだよ。俺に紹介しろしろってうるさくてさ。うちの編集社じゃ、かなりの有名人だよ」
「それは、翻訳のお仕事をいただいてるからで……」
清貴さんは、大手編集社の六花社に勤務している。私が翻訳の仕事に就けているのも、彼のおかげだ。
飯沼さんは清貴さんと仕事関係で知り合い、たまたま編集社に来ていた私を見かけたことがあったみたいだった。
「飯沼も別れて後悔してるみたいだよ。より、戻す気はない?」
「……ないです」
「はっきりしてるなぁ、みちるは。今度はもっといい男に出会えるさ」
「お付き合いはもう、あきらめてます」
「そんなこと言うなよ。みちるはもっと自信持っていいよ」
伏し目がちになる私を元気付けるように、清貴さんは私の肩にそっと手を乗せる。
そのまま軽く押されて、パーティー会場となるホテルの一室へ向かう。
会場へ、数人の着飾った貴人が優雅な足取りで入っていく。
彼らに続いて、中へ入る。すでにパーティーは始まっていた。ワインを片手に、紳士淑女は各々に談笑し、立食パーティーを楽しんでいる。
彼らのきらびやかさに圧倒されながら、さらに中へ進む。胸の前でキュッとこぶしを握ると、緊張が伝わったのか、清貴さんが小さく笑った。
「いい男がいたら、声かけていいよ。そうだ。名刺でももらっておくといい。みちるにつり合う男か、俺が調べるから」
「私につり合う方なんて、ここにいらっしゃるとは思えません」
「みちるは卑下しすぎだよ。ほらもう、みちるに視線が集まってる。俺がいるから簡単には近づいてこないと思うけどね」
「離れないでくださいね」
周りをじっくり見る余裕はないまま、清貴さんに寄り添う。
「なるべくそうするよ」
臆病だなぁ、なんて彼は笑いながら、ワイングラスを差し出してくれる。あまりお酒は飲まないけれど、乾く喉を潤すようにグラスを傾ける。
口の中に広がる苦味をこくんと喉に落とした時、少し離れた場所からこちらを見ている青年に気づいた。
アッと声を上げそうになって、すぐに口をつぐんだ。
その青年には見覚えがあった。どこにいても目を惹く美しい人だからこそ、余計に記憶は鮮明だったのだと思う。
金城総司さんだろう、彼は。絶対に、そう。私にじっと注がれる視線がなかなか離れなくて落ち着かない。
すぐに目をそらしたけど、緊張したからか、ワインをどんどん飲み進めてしまう。最後の一滴の渋みが喉の奥へと流れ落ちていくと、じわっと身体が熱くなる。
「みちるはほんとに弱いなぁ。あっという間に赤いよ」
「もう?」
ほおに手のひらをあてる。ほんのり熱い。真っ赤かもしれない。
「別の飲み物にしよう。おいで」
清貴さんに先導されて、会場内を移動していく。
振り返った時には、総司さんは人の波にかき消されていた。
優しい味のお酒をいくつかいただいて、和食から洋食、見た目も味も完璧な料理を楽しんだ。途中、忙しい仁志さんに挨拶も済ませ、あっという間に時間は過ぎた。
その間も、総司さんと何度か目が合った。
決して私に近づいてこようとはしないけど、無関心に離れていく様子でもなかった。だから私も、彼と同じように頭を下げるでもなく、歩み寄るわけでもなくやり過ごした。
そんな私に気づくことなく、清貴さんは時折、知り合いに会っては私を紹介し、また一緒に仕事をしましょうと顔を売っていた。
そのためのパーティーだったとようやく気づいた時にはもう、足元は浮かれてしまっていた。
ふらふらっとする身体を清貴さんに預けると、彼は心配そうに私の顔をのぞき込む。
「少し休む?」
「は、はい。ごめんなさい。飲み過ぎちゃって」
「そんなに飲んでないだろう? ほとんどジュースだよ」
ほんとに弱い、と彼はおかしそうに笑って、私の背に手を当てる。
「ロビーに行ってて。俺もすぐに抜け出すよ」
「まだ仁志さんと少ししかお話してないですよね。……私、先に帰ります」
落ち着いたらゆっくり話そう、と仁志さんが清貴さんに耳打ちしていたのを思い出して、そう言う。
パーティーはまだまだ続くだろう。もしかしたら、二次会だってあるかもしれない。
「帰る?」
「やっぱり、こういう雰囲気は苦手で……」
「まあ、疲れるのは仕方ないよな。一人で大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。思ったより、楽しめました」
「楽しんでた? それならいいけど。じゃあ、俺もテキトーに楽しんでから帰るよ」
会場の入り口まで送ってもらい、大きなドアを抜け出る。ドアが閉じると、喧騒が消えた。
ホッと肩の力が抜ける。やっぱり、パーティーは慣れそうにない。はやく帰ろう。
静かな廊下を進み、先にあるエレベーターに乗り込むと、「待って」と青年が中へ飛び込んできた。
「あっ」
今度は遠慮なしに声を上げていた。金城総司さんだった。
「やっぱり、あなたでしたか。いえ、見間違えるはずなんてないんですが」
なぜか照れくさそうにする彼に、ゆっくりと頭を下げる。
「先日はありがとうございました。金城さんもお帰りですか?」
「あなたとお話がしたくて追いかけてしまいました。少し時間ありますか?」
「えっ」
唐突なお誘いで、酔いがさめてしまう。
「上に雰囲気のいいラウンジがあります。飲み直しませんか」
「でも……」
「ぜひ、お話したいです。少しだけでも時間をください」
総司さんがエレベーターのボタンを押す。ドアが閉まるとともに、エレベーターは上昇し始める。
どうしよう。迷う余地なんてなくて、はやく帰りたいって思ってるのに、彼を止められない。
男性に強引にされた経験なんてないし、こういう時は気がなくてもお誘いに乗るものなんだろうかと考えてもいる。
良い人そうな総司さんだから、少しぐらいお話してもいいかもしれない。そう思ってる私もいて、戸惑っている。
ちょっとした好奇心が、彼に対する好意かどうかも判断できないまま、ラウンジへと到着した。
「それにしても、今日のみちるは一段と綺麗だな。兄さんが自慢したくなるのもわかるよ」
清貴さんにエスコートされて、パーティー会場へ着くと、彼はあらためて私をしげしげと眺めた。
少し派手じゃないかと感じる赤いドレスは細身で、胸元こそ隠れているものの、腕も背中も、今まで見せたことないぐらい露出してる。
ドレスを変えて欲しいなんて言う勇気はないし、清貴さんが綺麗だと褒めそやすから、言われるがままに来てしまったけれど。
「自慢だなんて……」
「自慢だろ。前からみちるはうわさになってたし、そろそろ解禁って気分なんだろう。遅いぐらいだよ」
「うわさされてるんですか?」
思わず不安になるけれど、清貴さんはあっけらかんと笑う。
「飯沼だって、みちるにひとめぼれしたんだよ。俺に紹介しろしろってうるさくてさ。うちの編集社じゃ、かなりの有名人だよ」
「それは、翻訳のお仕事をいただいてるからで……」
清貴さんは、大手編集社の六花社に勤務している。私が翻訳の仕事に就けているのも、彼のおかげだ。
飯沼さんは清貴さんと仕事関係で知り合い、たまたま編集社に来ていた私を見かけたことがあったみたいだった。
「飯沼も別れて後悔してるみたいだよ。より、戻す気はない?」
「……ないです」
「はっきりしてるなぁ、みちるは。今度はもっといい男に出会えるさ」
「お付き合いはもう、あきらめてます」
「そんなこと言うなよ。みちるはもっと自信持っていいよ」
伏し目がちになる私を元気付けるように、清貴さんは私の肩にそっと手を乗せる。
そのまま軽く押されて、パーティー会場となるホテルの一室へ向かう。
会場へ、数人の着飾った貴人が優雅な足取りで入っていく。
彼らに続いて、中へ入る。すでにパーティーは始まっていた。ワインを片手に、紳士淑女は各々に談笑し、立食パーティーを楽しんでいる。
彼らのきらびやかさに圧倒されながら、さらに中へ進む。胸の前でキュッとこぶしを握ると、緊張が伝わったのか、清貴さんが小さく笑った。
「いい男がいたら、声かけていいよ。そうだ。名刺でももらっておくといい。みちるにつり合う男か、俺が調べるから」
「私につり合う方なんて、ここにいらっしゃるとは思えません」
「みちるは卑下しすぎだよ。ほらもう、みちるに視線が集まってる。俺がいるから簡単には近づいてこないと思うけどね」
「離れないでくださいね」
周りをじっくり見る余裕はないまま、清貴さんに寄り添う。
「なるべくそうするよ」
臆病だなぁ、なんて彼は笑いながら、ワイングラスを差し出してくれる。あまりお酒は飲まないけれど、乾く喉を潤すようにグラスを傾ける。
口の中に広がる苦味をこくんと喉に落とした時、少し離れた場所からこちらを見ている青年に気づいた。
アッと声を上げそうになって、すぐに口をつぐんだ。
その青年には見覚えがあった。どこにいても目を惹く美しい人だからこそ、余計に記憶は鮮明だったのだと思う。
金城総司さんだろう、彼は。絶対に、そう。私にじっと注がれる視線がなかなか離れなくて落ち着かない。
すぐに目をそらしたけど、緊張したからか、ワインをどんどん飲み進めてしまう。最後の一滴の渋みが喉の奥へと流れ落ちていくと、じわっと身体が熱くなる。
「みちるはほんとに弱いなぁ。あっという間に赤いよ」
「もう?」
ほおに手のひらをあてる。ほんのり熱い。真っ赤かもしれない。
「別の飲み物にしよう。おいで」
清貴さんに先導されて、会場内を移動していく。
振り返った時には、総司さんは人の波にかき消されていた。
優しい味のお酒をいくつかいただいて、和食から洋食、見た目も味も完璧な料理を楽しんだ。途中、忙しい仁志さんに挨拶も済ませ、あっという間に時間は過ぎた。
その間も、総司さんと何度か目が合った。
決して私に近づいてこようとはしないけど、無関心に離れていく様子でもなかった。だから私も、彼と同じように頭を下げるでもなく、歩み寄るわけでもなくやり過ごした。
そんな私に気づくことなく、清貴さんは時折、知り合いに会っては私を紹介し、また一緒に仕事をしましょうと顔を売っていた。
そのためのパーティーだったとようやく気づいた時にはもう、足元は浮かれてしまっていた。
ふらふらっとする身体を清貴さんに預けると、彼は心配そうに私の顔をのぞき込む。
「少し休む?」
「は、はい。ごめんなさい。飲み過ぎちゃって」
「そんなに飲んでないだろう? ほとんどジュースだよ」
ほんとに弱い、と彼はおかしそうに笑って、私の背に手を当てる。
「ロビーに行ってて。俺もすぐに抜け出すよ」
「まだ仁志さんと少ししかお話してないですよね。……私、先に帰ります」
落ち着いたらゆっくり話そう、と仁志さんが清貴さんに耳打ちしていたのを思い出して、そう言う。
パーティーはまだまだ続くだろう。もしかしたら、二次会だってあるかもしれない。
「帰る?」
「やっぱり、こういう雰囲気は苦手で……」
「まあ、疲れるのは仕方ないよな。一人で大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。思ったより、楽しめました」
「楽しんでた? それならいいけど。じゃあ、俺もテキトーに楽しんでから帰るよ」
会場の入り口まで送ってもらい、大きなドアを抜け出る。ドアが閉じると、喧騒が消えた。
ホッと肩の力が抜ける。やっぱり、パーティーは慣れそうにない。はやく帰ろう。
静かな廊下を進み、先にあるエレベーターに乗り込むと、「待って」と青年が中へ飛び込んできた。
「あっ」
今度は遠慮なしに声を上げていた。金城総司さんだった。
「やっぱり、あなたでしたか。いえ、見間違えるはずなんてないんですが」
なぜか照れくさそうにする彼に、ゆっくりと頭を下げる。
「先日はありがとうございました。金城さんもお帰りですか?」
「あなたとお話がしたくて追いかけてしまいました。少し時間ありますか?」
「えっ」
唐突なお誘いで、酔いがさめてしまう。
「上に雰囲気のいいラウンジがあります。飲み直しませんか」
「でも……」
「ぜひ、お話したいです。少しだけでも時間をください」
総司さんがエレベーターのボタンを押す。ドアが閉まるとともに、エレベーターは上昇し始める。
どうしよう。迷う余地なんてなくて、はやく帰りたいって思ってるのに、彼を止められない。
男性に強引にされた経験なんてないし、こういう時は気がなくてもお誘いに乗るものなんだろうかと考えてもいる。
良い人そうな総司さんだから、少しぐらいお話してもいいかもしれない。そう思ってる私もいて、戸惑っている。
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