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あなたしか見えない
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「ありがとう、助かったよ」
革の手帳を受け取ると、仁志さんは安堵の息をついた。
安堵するのは、私の方。47階に到着したものの、すぐに仁志さんを見つけられるか不安だったけれど、連絡を受けていた秘書に誘導されて、すんなりと彼の部屋に通された。
「珍しいですね、忘れ物されるなんて」
「ちょっとね、動揺してしまったかな」
仁志さんは困り顔で笑うと、私を案じるような目で見つめてくる。
動揺した理由も、私を心配する理由もすぐに察したけれど、首を横にふる。私は、彼ほど何も動揺してない。
「そう。大丈夫ならいいんだ。……ああ、そうだ。みちる、週末は空いてる?」
「はい。ずっと家にいる予定です」
「それはよかった。土曜日の夜、パーティーがあるんだけどね、みちるも来るといいよ」
「パーティーですか?」
思わず、目を見開いて驚いてしまう。
これまで何度となくパーティーに出かける仁志さんを見かけたけれど、誘われたのは初めてだった。
人見知りの私がパーティーで楽しめないことは彼も承知だったし、できる限り、日の当たらない生活をさせてくれていた。
私が翻訳の仕事をしているのも、ほとんど家で仕事ができるからだし、極力知らない人と会わずに生活できるからだった。
パーティーなんていう、華やかな世界は私に無縁で、むしろ、縁などあってはいけなかった。それなのに、いったいどういう風の吹き回しなのだろう。
「取引先の方を呼んでの親睦会というのかな。清貴も来るって言ってたしね、気楽な気持ちで参加してくれたらいいよ」
「でも……」
「少しずつ、社交の場になれていかないと」
「どうして?」
「いつか、みちるも結婚するからだよ」
慈愛に満ちた彼の目を見たら、ため息が出た。
清貴さんはずっと富山の家にいていいんだよ、と言ってくれたけど、仁志さんは違う。はやくひとり立ちしてほしいって思ってるんだろう。
以前、清貴さんに男性を紹介してもらった時、仁志さんは無理に彼氏なんて作らなくていいんだよと言ったけど、すぐに別れてしまったから心配してるのかもしれない。
私自身、結婚願望もないし、許されるなら、富山の家にずっといたいと思っていたけれど。
「わかりました」
沈んだ声で頭を下げたら、仁志さんは心配そうに眉を寄せつつ、言う。
「ドレスは今日、届く予定だから、一度着てみて。パーティーには清貴と一緒に来るといい」
「何から何までありがとうございます」
「いいんだよ。俺が、来てほしいんだから」
仁志さんは柔らかな笑みを見せる。
ホッとできる笑顔を見せてくれるから、自然と私の表情もやわらぐ。母が富山夫妻に大事にされていたように、私も彼らに大切に思われている。
心を許せる人はごくわずかだった。元カレの飯沼さんとお付き合いしたのだって、清貴さんが紹介してくれた人だから、だった。
優しい人だったから、ある一定の愛情は持っていたし、望んでくれるなら、結婚してもいいとも思っていた。だけど、飯沼さんは私と一緒にいると疲れてしまうと去ってしまった。
結婚なんて無理だろう。そう思うようになったのは、飯沼さんと別れてからだった。
男性とのお付き合いに憧れを抱いていた気持ちは今はもうなくて、出会う機会すらなくてもいいと思ってて、パーティーに参加するなんて考えてもいなかった。
帰り道、富山ビルを振り返ったら、名刺をくれた金城総司を思い出した。
彼もパーティーに来るのだろうかと思ったが、なぜそんな風に思ったのかとふしぎに感じるほど、どこか他人事だった。
パーティーには行くけど、すぐに帰ろう。富山家にずっといられるように、私は富山家に尽くすしかない。今も昔も、富山家にしか、私の居場所はないのだから。
「ありがとう、助かったよ」
革の手帳を受け取ると、仁志さんは安堵の息をついた。
安堵するのは、私の方。47階に到着したものの、すぐに仁志さんを見つけられるか不安だったけれど、連絡を受けていた秘書に誘導されて、すんなりと彼の部屋に通された。
「珍しいですね、忘れ物されるなんて」
「ちょっとね、動揺してしまったかな」
仁志さんは困り顔で笑うと、私を案じるような目で見つめてくる。
動揺した理由も、私を心配する理由もすぐに察したけれど、首を横にふる。私は、彼ほど何も動揺してない。
「そう。大丈夫ならいいんだ。……ああ、そうだ。みちる、週末は空いてる?」
「はい。ずっと家にいる予定です」
「それはよかった。土曜日の夜、パーティーがあるんだけどね、みちるも来るといいよ」
「パーティーですか?」
思わず、目を見開いて驚いてしまう。
これまで何度となくパーティーに出かける仁志さんを見かけたけれど、誘われたのは初めてだった。
人見知りの私がパーティーで楽しめないことは彼も承知だったし、できる限り、日の当たらない生活をさせてくれていた。
私が翻訳の仕事をしているのも、ほとんど家で仕事ができるからだし、極力知らない人と会わずに生活できるからだった。
パーティーなんていう、華やかな世界は私に無縁で、むしろ、縁などあってはいけなかった。それなのに、いったいどういう風の吹き回しなのだろう。
「取引先の方を呼んでの親睦会というのかな。清貴も来るって言ってたしね、気楽な気持ちで参加してくれたらいいよ」
「でも……」
「少しずつ、社交の場になれていかないと」
「どうして?」
「いつか、みちるも結婚するからだよ」
慈愛に満ちた彼の目を見たら、ため息が出た。
清貴さんはずっと富山の家にいていいんだよ、と言ってくれたけど、仁志さんは違う。はやくひとり立ちしてほしいって思ってるんだろう。
以前、清貴さんに男性を紹介してもらった時、仁志さんは無理に彼氏なんて作らなくていいんだよと言ったけど、すぐに別れてしまったから心配してるのかもしれない。
私自身、結婚願望もないし、許されるなら、富山の家にずっといたいと思っていたけれど。
「わかりました」
沈んだ声で頭を下げたら、仁志さんは心配そうに眉を寄せつつ、言う。
「ドレスは今日、届く予定だから、一度着てみて。パーティーには清貴と一緒に来るといい」
「何から何までありがとうございます」
「いいんだよ。俺が、来てほしいんだから」
仁志さんは柔らかな笑みを見せる。
ホッとできる笑顔を見せてくれるから、自然と私の表情もやわらぐ。母が富山夫妻に大事にされていたように、私も彼らに大切に思われている。
心を許せる人はごくわずかだった。元カレの飯沼さんとお付き合いしたのだって、清貴さんが紹介してくれた人だから、だった。
優しい人だったから、ある一定の愛情は持っていたし、望んでくれるなら、結婚してもいいとも思っていた。だけど、飯沼さんは私と一緒にいると疲れてしまうと去ってしまった。
結婚なんて無理だろう。そう思うようになったのは、飯沼さんと別れてからだった。
男性とのお付き合いに憧れを抱いていた気持ちは今はもうなくて、出会う機会すらなくてもいいと思ってて、パーティーに参加するなんて考えてもいなかった。
帰り道、富山ビルを振り返ったら、名刺をくれた金城総司を思い出した。
彼もパーティーに来るのだろうかと思ったが、なぜそんな風に思ったのかとふしぎに感じるほど、どこか他人事だった。
パーティーには行くけど、すぐに帰ろう。富山家にずっといられるように、私は富山家に尽くすしかない。今も昔も、富山家にしか、私の居場所はないのだから。
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