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春を一番に愛してくれる人
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しおりを挟む車を走らせて、ひだまりに着いたときには、電話を切ってから30分が経っていた。
イライラしている将吾の姿が容易に想像できて、緊張しながら扉を開ける。
店内を見回すと、窓際の奥の席に将吾の姿があった。水の入ったグラスだけがテーブルに置かれている。注文はまだのようだ。
「ホットでいいよな?」
向かいに座ると、いつものように選択肢を与えてくれずに、グラスを運んでくる店員にホットコーヒーをふたつ注文する。
「もうすぐクリスマスだな。春に何かプレゼントしたいんだが」
私たちの間にあるわだかまりなど忘れたように、将吾はそう切り出す。
彼はずっとそうだった。自分のペースに私たちを巻き込んで、思い通りにしようとしてくる。その姿を見て、私は頼りになる男の人だと信じてついてきてしまった。
しかし、今はもう、彼は昔のようには私に優しくできないし、私も優しくされたいとも思っていない。
「何もいらないです」
突っぱねると、将吾は不機嫌そうにこちらをにらんでくる。
「なんだよ、その言い方は」
「春はずっと我慢してたんです。将吾さんはやってあげたいばっかりで、春の気持ちに寄り添ってあげたことなんてなかったでしょう?」
「ずっと考えてるさ。考えてるから、クリスマスは楽しく過ごそうって言ってるんだ」
「それを春は望んでないって言ってます。将吾さんのやってあげたいって気持ちは、優しさじゃないんです」
ようやく、胸にため込んでいた気持ちを吐き出したら、ため息が出た。彼の見せる優しさは全部自分のためで、それに付き合うのに疲れてしまった。
「羽純は俺が嫌いか?」
頼りなげに、将吾は尋ねてくる。
「これ以上、嫌いにさせないでほしいとは思ってます」
「まだ期待できるのか? あいつには話した。春を引き取れって。俺は羽純と暮らしたい」
「春と私を引き裂かないで」
「あいつとやり直すのは、春のためだけなんだろう?」
「そんなわけないじゃない」
ぴしゃりと言って、口をつぐむ。こちらにやってくる店員が見えたからだ。
将吾もまた、物言いたげにこちらをにらんでいたが、ホットコーヒーを差し出されると、あいそよく女性店員に礼を言った。
形ばかりにコーヒーをひと口飲んだ彼は、少し冷静になったのか、穏やかに言う。
「羽純には俺が必要だよ。俺だって羽純が必要だ。春がいなければ、きっとうまくいく」
「春のいない人生は考えてないです」
「あいつだって、別に春が欲しかったわけじゃないだろう?」
胸がズキリと痛む。
「そんな言い方やめて。彼は春の存在を知らなかっただけ。知ってたら、私と別れたいなんて言わなかったはずです」
「俺が悪いっていうのか?」
将吾とはうまく話ができなくて、途方にくれる。
「どうしてそんなふうに受け取るの?」
「あいつには知らせなくていいって、俺が羽純を説得したからだ。羽純を捨てた男にすがる必要なんてあったか? 今だって、あいつが羽純を愛する資格なんてないだろう」
「私は愛されたかったの」
「俺は愛してるよ、羽純を」
「私は……春を一番に愛してくれる人に愛されたいんです」
「俺は羽純を一番に愛したいんだ」
私たちの気持ちはすれ違う。
「私は一番なんて望んでないんです。今はもう、春は私よりも大事な存在だから。そのぐらい、子どもって尊いんです」
「あいつが羽純を愛してなくても、春の父親だからよりを戻すのか?」
「彼が私を愛してないなんて言ってない。でも、春を一番に愛せるのは彼しかいないんです」
それは将吾にはできないことだ。
「春が無事に生まれるように、俺だって羽純を守ってきてやっただろう?」
「……わかってます。今の私がいるのは、将吾さんのおかげなのはわかってます。私を守ってくれたことは感謝してます」
「だったら……」
「これからは彼に守ってもらいます。私だって彼を守るつもりです。守る覚悟があるんです」
「羽純が、あいつを守る?」
私が隼人を守りたいと思うのは、そんなにも滑稽だろうか。
信じられないといった表情でこちらを見つめる将吾をまっすぐに見つめ返す。
あなたの知る弱い私はもういない。春が生まれて、守るものができて、強くなった。隼人は私に足りないものを補ってくれる同志で、春をともに守れる両親だ。
「不安はないんです」
清々しい気持ちで、そう言う。
隼人が私たちにどんな形で寄り添ってくれるのかはまだ聞いていない。しかし、どんな答えを出そうとも、春をふたりで守っていくと決めたことに不安はない。
「泣かないんだな」
将吾はぽつりとこぼす。
「不安になるとすぐに泣いてたのにな」
「泣かずにすむ人と一緒にいられてるからかもしれないです」
「泣き虫で、守ってやらないといけない羽純が泣かないんだから、よっぽど、あの男と生きていきたいんだな」
「うん。生きていきたい。ずっと、彼と生きていきたいんです」
「羽純は俺がいないとダメだったのにな」
「将吾さんに頼っていた私はもういないんです。これからは春と彼の三人で生きていきます」
「……わかったよ」
あきらめたように言った将吾は、伝票をつかんで席を離れる。カフェを出ていく彼の背中が、初めて小さく見えた。
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