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もう一度やり直せるのなら
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「春はすごくかわいいです」
産んでよかった。彼の笑顔や寝顔を見るたびに実感する。そこに後悔は一つもないのだと、私は笑顔になって、そう言う。
「3歳だったよね」
「はい」
「大学はどうしてた?」
「一年、休学したんです」
「そうか。大変だったね。薬剤師になって、子育てもして、羽純の努力はちゃんと伝わってくるよ」
「正直、子育てと勉強の両立は大変だろうって思ってたので、大学はあきらめるつもりだったんです。でも、辞めなくても大丈夫だからって、あの人が精神的に支えてくれました」
春を産むことが本当に正しいのか。何度も不安になる私を励ましてくれたのは、ほかならない将吾だった。
「ご主人の態度が変わったのは、出産後だったね」
「……そうですね。春が生まれてからはうまくいかなくて、離婚に向けての話し合いにもなかなか応じてくれなかったけど、勉強に集中できるように、あの人も気をつかってくれていたと思います」
将吾にも良い面はあった。私が将吾の愛情に応えられていたなら、春から父親を奪うこともなかっただろう。
「感謝してるんだね。だったら、結婚は間違いじゃなかったよ」
私の人生を労わってるみたいに、隼人はそう言う。
「なんか……」
「ん?」
私はあきれたようにちょっと笑う。
「カウンセリングの続きしてるみたいです」
隼人は目を丸くし、肩をすくめた。
「そんなつもりはなかったよ。俺と別れたあと、羽純がどうしてたのか気になってね。質問攻めにしてるように感じたなら悪かったよ」
「どうして気にしてくれてるんですか?」
とてもナチュラルに私は尋ねた。
「今さらだけど、嫌いで別れたわけじゃなかったからだよ」
彼もさらりとそう答える。
私たちの中にわだかまりがないことを確認する。昔のような、情熱的な愛はもうないけれど、お互いを大切に思う気持ちはまだ残ってるんじゃないだろうかと感じられる。
「教えてくれますか? 別れを切り出した理由」
「気にする必要はないと思いながらも、あのときは別れた方がいいと思ったんだろうね」
「そう思う何かがあったんですね」
だから今でも、恋人がいないのだろうか。
「正直、今でも悩んだりはするんだよ。過去の俺は、羽純を不幸にする選択をしてなかっただろうかってね」
「私が幸せかどうか、気にしてくれてるんですか?」
幸せにはなれてないと知って、どう思ったのだろう。
「ずっと気がかりだったんだ。だからさ、クリニックに羽純が来たときは驚いた。話を聞いて、責任は感じたよ」
「何に?」
「別れなければ、羽純がご主人と結婚することはなかった。今でも苦しめられてるって聞いたら、俺だって後悔するよ」
「別れなきゃよかったって思ってくれてるんですか?」
隼人が後悔してるなら、私は期待してしまう。
「責任を感じてるって話だよ」
私が求める答えを察しただろうか。彼はわずかに目をそらす。それはあまりにも、責任という言葉とは真逆の、逃げのように見える。
「春が生まれたことにも、責任を感じてくれてますか?」
「間接的にはあるかもしれない」
彼は断言しない。
「責任を感じたから、体操教室にわざわざ来たんですか?」
「羽純のお子さんはどんな子だろう。責任というよりは、好奇心があった。それは認めるよ」
「春に会って、どう思いましたか?」
春は隼人の子だ。会って、何か感じたことがあるかもしれない。
「羽純はいい子育てをしてるよね」
「それだけ? 父親がいなくて可哀想とは思いませんでしたか?」
「それはないよ。羽純に愛されてる春くんは幸せそうだった。羽純を苦しめる父親なら、いない方がいいこともある」
「それでも、春はパパにいてほしいって思ってると思います」
「そう感じるんだね」
さっきから、私たちの間にある空気がひりついている。彼は私を心配してくれている。それは伝わってくるのに、必要以上に関わるのを拒んでいるようにも感じる。
「隼人さん」
あらたまるように、私は彼の名を呼ぶ。
「何?」
「私たち、もう一度やり直せますか?」
「羽純、それは……」
淡々と切り出す私に、隼人は動揺を見せた。
昔のような甘い恋ができるなんて思ってない。でも、彼の様子を見ていると、期待は捨てきれない。
「何か理由があって、恋人を作らないんですよね?」
「そうだね。もう誰かと付き合う気はないよ」
「だったら、一つお願いがあります。私と別れたことに責任を感じてるなら、春の父親にはなれませんか?」
「本気でそう言ってるのか?」
「私ももう、恋人を作る気はないんです」
隼人に再会して、私はもう彼しか愛せないだろうと感じている。
それは、彼が春の父親だからかもしれないし、献身的だった将吾に心を奪われることなく、彼を一途に愛していたことに気づいたからかもしれない。
「お子さんがいると、再婚を悩むのはわかるよ。それは相手が俺でも同じだよね」
「結婚したいなんて言いません。春の父親代わりとして、ずっと私たちのそばにいてほしいんです」
「簡単に返事ができるような話じゃない」
「考えてくれますか?」
じっと彼を見つめる。私が思いつきで言い出したわけじゃないことは伝わってくれるといい。そう願いながら、見つめあう。
「無理だと言っても、すぐには納得してくれなさそうだね」
程なくして、彼はため息をつく。
「困らせてごめんなさい」
「いや。もう少し考える時間がほしい。羽純の望む答えは返せないかもしれないけど、俺もね、羽純には幸せでいてほしいから」
そう言うと、ようやく隼人は柔らかな表情を見せた。
産んでよかった。彼の笑顔や寝顔を見るたびに実感する。そこに後悔は一つもないのだと、私は笑顔になって、そう言う。
「3歳だったよね」
「はい」
「大学はどうしてた?」
「一年、休学したんです」
「そうか。大変だったね。薬剤師になって、子育てもして、羽純の努力はちゃんと伝わってくるよ」
「正直、子育てと勉強の両立は大変だろうって思ってたので、大学はあきらめるつもりだったんです。でも、辞めなくても大丈夫だからって、あの人が精神的に支えてくれました」
春を産むことが本当に正しいのか。何度も不安になる私を励ましてくれたのは、ほかならない将吾だった。
「ご主人の態度が変わったのは、出産後だったね」
「……そうですね。春が生まれてからはうまくいかなくて、離婚に向けての話し合いにもなかなか応じてくれなかったけど、勉強に集中できるように、あの人も気をつかってくれていたと思います」
将吾にも良い面はあった。私が将吾の愛情に応えられていたなら、春から父親を奪うこともなかっただろう。
「感謝してるんだね。だったら、結婚は間違いじゃなかったよ」
私の人生を労わってるみたいに、隼人はそう言う。
「なんか……」
「ん?」
私はあきれたようにちょっと笑う。
「カウンセリングの続きしてるみたいです」
隼人は目を丸くし、肩をすくめた。
「そんなつもりはなかったよ。俺と別れたあと、羽純がどうしてたのか気になってね。質問攻めにしてるように感じたなら悪かったよ」
「どうして気にしてくれてるんですか?」
とてもナチュラルに私は尋ねた。
「今さらだけど、嫌いで別れたわけじゃなかったからだよ」
彼もさらりとそう答える。
私たちの中にわだかまりがないことを確認する。昔のような、情熱的な愛はもうないけれど、お互いを大切に思う気持ちはまだ残ってるんじゃないだろうかと感じられる。
「教えてくれますか? 別れを切り出した理由」
「気にする必要はないと思いながらも、あのときは別れた方がいいと思ったんだろうね」
「そう思う何かがあったんですね」
だから今でも、恋人がいないのだろうか。
「正直、今でも悩んだりはするんだよ。過去の俺は、羽純を不幸にする選択をしてなかっただろうかってね」
「私が幸せかどうか、気にしてくれてるんですか?」
幸せにはなれてないと知って、どう思ったのだろう。
「ずっと気がかりだったんだ。だからさ、クリニックに羽純が来たときは驚いた。話を聞いて、責任は感じたよ」
「何に?」
「別れなければ、羽純がご主人と結婚することはなかった。今でも苦しめられてるって聞いたら、俺だって後悔するよ」
「別れなきゃよかったって思ってくれてるんですか?」
隼人が後悔してるなら、私は期待してしまう。
「責任を感じてるって話だよ」
私が求める答えを察しただろうか。彼はわずかに目をそらす。それはあまりにも、責任という言葉とは真逆の、逃げのように見える。
「春が生まれたことにも、責任を感じてくれてますか?」
「間接的にはあるかもしれない」
彼は断言しない。
「責任を感じたから、体操教室にわざわざ来たんですか?」
「羽純のお子さんはどんな子だろう。責任というよりは、好奇心があった。それは認めるよ」
「春に会って、どう思いましたか?」
春は隼人の子だ。会って、何か感じたことがあるかもしれない。
「羽純はいい子育てをしてるよね」
「それだけ? 父親がいなくて可哀想とは思いませんでしたか?」
「それはないよ。羽純に愛されてる春くんは幸せそうだった。羽純を苦しめる父親なら、いない方がいいこともある」
「それでも、春はパパにいてほしいって思ってると思います」
「そう感じるんだね」
さっきから、私たちの間にある空気がひりついている。彼は私を心配してくれている。それは伝わってくるのに、必要以上に関わるのを拒んでいるようにも感じる。
「隼人さん」
あらたまるように、私は彼の名を呼ぶ。
「何?」
「私たち、もう一度やり直せますか?」
「羽純、それは……」
淡々と切り出す私に、隼人は動揺を見せた。
昔のような甘い恋ができるなんて思ってない。でも、彼の様子を見ていると、期待は捨てきれない。
「何か理由があって、恋人を作らないんですよね?」
「そうだね。もう誰かと付き合う気はないよ」
「だったら、一つお願いがあります。私と別れたことに責任を感じてるなら、春の父親にはなれませんか?」
「本気でそう言ってるのか?」
「私ももう、恋人を作る気はないんです」
隼人に再会して、私はもう彼しか愛せないだろうと感じている。
それは、彼が春の父親だからかもしれないし、献身的だった将吾に心を奪われることなく、彼を一途に愛していたことに気づいたからかもしれない。
「お子さんがいると、再婚を悩むのはわかるよ。それは相手が俺でも同じだよね」
「結婚したいなんて言いません。春の父親代わりとして、ずっと私たちのそばにいてほしいんです」
「簡単に返事ができるような話じゃない」
「考えてくれますか?」
じっと彼を見つめる。私が思いつきで言い出したわけじゃないことは伝わってくれるといい。そう願いながら、見つめあう。
「無理だと言っても、すぐには納得してくれなさそうだね」
程なくして、彼はため息をつく。
「困らせてごめんなさい」
「いや。もう少し考える時間がほしい。羽純の望む答えは返せないかもしれないけど、俺もね、羽純には幸せでいてほしいから」
そう言うと、ようやく隼人は柔らかな表情を見せた。
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