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もう一度やり直せるのなら
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30分の診察は短くて、愚痴のように過去を吐き出したら泣いてしまい、あっという間に終了してしまった。
隼人と別れたあと、いろいろあったけど、今はひとりで大丈夫。元気にやってるんだって伝えるつもりだったのに、何ひとつ伝えられなかった。
「泣いてごめんなさい」と謝ったら、隼人は、「大丈夫ですよ」と言ってくれた。
次回の予約は取らず、薬の処方も断った。必要なら信頼のおける医師を紹介するからまた来てほしいと言われたけれど、もう行かないだろう。
将吾との間にあった事実をどんなに訴えても、私の心は満たされないと気づいてしまった。しかし、どうしたら満たされるのかもよくわからない。
淡々と私の話に耳を傾けた隼人から、私に対する情は見えなくて、きっと、将吾とやり直せないように、隼人とふたたび愛し合うこともできないのだろうということだけはわかった。
「よくがんばって来られましたね」
隼人は最後にそう言った。
将吾から受けた心ない行為を、私は一方的に話した。それだけで、私を肯定するのは違うようにも感じて、違和感があった。
がんばってきたのは、私だけじゃない。将吾だって、知らない男の子どもを宿した私との結婚に葛藤したかもしれないのに。だから私は、将吾に絶望するとともに、感謝の気持ちを捨てきれないでいる。
それは、愛情とはまた別の感情で、将吾に囚われてしまっている原因かもしれない。そこまでわかっていても、どうしたらいいかわからないのだから、隼人の言葉をすんなりと受け入れることもできなかったのかもしれない。
結局、すっきりした気分にはなれなかったけれど、不思議とその日の夜はよく眠れた。春を抱きしめて、隼人を想うと安らげると気づけたのはよかったのかもしれない。
日曜日の午後は体操教室がある。春が3歳になったときから、実家近くのスポーツクラブに通わせている。活発な彼はこの日をいつも楽しみにしていた。
春と背格好が似てる幼児は10人ほどいるが、まだ入会して間もないし、知り合いのママもいない。すでにグループを作っているママには話しかけづらくて、いつもひとりで見学している。
かけっこをする春を、体育館の片隅から眺めていると、入り口のドアが開く。
誰か来たのだろうかと、何気にそちらを眺めると、ひとりの青年が姿を見せる。ここにいるはずのない人物を見て、息を飲む。
ママグループのひとりが、「誰かのパパ?」と誰にともなく尋ねる。
「新しく入ってきた子?」
と、また別の誰かが言ったとき、数人がこちらに目を向けてくる。同時に、誰かを探すように辺りを見回す青年が、私を見つけると駆け足で近づいてくる。
「カッコいいパパねぇ」
勝手な憶測が聞こえたが、私は何も言えずに、ママたちにぺこりと頭を下げた。ママたちはにっこり笑んだあと、違う話で盛り上がり始める。そのときには、青年は目の前まで来ていた。
「やっぱり、ここだったんだね。会えてよかった」
「芦沢先生がどうしてここに?」
「先生じゃなくていいよ。診察のときはかしこまってたけど、昔みたいに隼人でいいから」
そう言って、にこやかにほほえむ隼人は、恋人だったころの彼のままだ。診察のときは他人行儀だったけれど、あっという間に距離を縮めてくる。
「羽純のお子さんはどこ?」
行儀よく列を作って集まる小さな子どもたちの方へ、隼人は目を向ける。
「あの子に会いに来たんですか?」
「どんな子か、会ってみたくなってね」
どうして? もう診察には行かないって言ったんだから、干渉してくる必要はないはずだ。
黙っていると、隼人は「勘違いしないでほしい」と肩をすくめる。
「ここのコーチとは前から知り合いで、よく見学に来てるんだよ。もしかしたら、羽純のお子さんが通ってるかもなぐらいには思ってたけど、わざわざ探したわけじゃないよ」
30分の診察は短くて、愚痴のように過去を吐き出したら泣いてしまい、あっという間に終了してしまった。
隼人と別れたあと、いろいろあったけど、今はひとりで大丈夫。元気にやってるんだって伝えるつもりだったのに、何ひとつ伝えられなかった。
「泣いてごめんなさい」と謝ったら、隼人は、「大丈夫ですよ」と言ってくれた。
次回の予約は取らず、薬の処方も断った。必要なら信頼のおける医師を紹介するからまた来てほしいと言われたけれど、もう行かないだろう。
将吾との間にあった事実をどんなに訴えても、私の心は満たされないと気づいてしまった。しかし、どうしたら満たされるのかもよくわからない。
淡々と私の話に耳を傾けた隼人から、私に対する情は見えなくて、きっと、将吾とやり直せないように、隼人とふたたび愛し合うこともできないのだろうということだけはわかった。
「よくがんばって来られましたね」
隼人は最後にそう言った。
将吾から受けた心ない行為を、私は一方的に話した。それだけで、私を肯定するのは違うようにも感じて、違和感があった。
がんばってきたのは、私だけじゃない。将吾だって、知らない男の子どもを宿した私との結婚に葛藤したかもしれないのに。だから私は、将吾に絶望するとともに、感謝の気持ちを捨てきれないでいる。
それは、愛情とはまた別の感情で、将吾に囚われてしまっている原因かもしれない。そこまでわかっていても、どうしたらいいかわからないのだから、隼人の言葉をすんなりと受け入れることもできなかったのかもしれない。
結局、すっきりした気分にはなれなかったけれど、不思議とその日の夜はよく眠れた。春を抱きしめて、隼人を想うと安らげると気づけたのはよかったのかもしれない。
日曜日の午後は体操教室がある。春が3歳になったときから、実家近くのスポーツクラブに通わせている。活発な彼はこの日をいつも楽しみにしていた。
春と背格好が似てる幼児は10人ほどいるが、まだ入会して間もないし、知り合いのママもいない。すでにグループを作っているママには話しかけづらくて、いつもひとりで見学している。
かけっこをする春を、体育館の片隅から眺めていると、入り口のドアが開く。
誰か来たのだろうかと、何気にそちらを眺めると、ひとりの青年が姿を見せる。ここにいるはずのない人物を見て、息を飲む。
ママグループのひとりが、「誰かのパパ?」と誰にともなく尋ねる。
「新しく入ってきた子?」
と、また別の誰かが言ったとき、数人がこちらに目を向けてくる。同時に、誰かを探すように辺りを見回す青年が、私を見つけると駆け足で近づいてくる。
「カッコいいパパねぇ」
勝手な憶測が聞こえたが、私は何も言えずに、ママたちにぺこりと頭を下げた。ママたちはにっこり笑んだあと、違う話で盛り上がり始める。そのときには、青年は目の前まで来ていた。
「やっぱり、ここだったんだね。会えてよかった」
「芦沢先生がどうしてここに?」
「先生じゃなくていいよ。診察のときはかしこまってたけど、昔みたいに隼人でいいから」
そう言って、にこやかにほほえむ隼人は、恋人だったころの彼のままだ。診察のときは他人行儀だったけれど、あっという間に距離を縮めてくる。
「羽純のお子さんはどこ?」
行儀よく列を作って集まる小さな子どもたちの方へ、隼人は目を向ける。
「あの子に会いに来たんですか?」
「どんな子か、会ってみたくなってね」
どうして? もう診察には行かないって言ったんだから、干渉してくる必要はないはずだ。
黙っていると、隼人は「勘違いしないでほしい」と肩をすくめる。
「ここのコーチとは前から知り合いで、よく見学に来てるんだよ。もしかしたら、羽純のお子さんが通ってるかもなぐらいには思ってたけど、わざわざ探したわけじゃないよ」
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