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再会はメンタルクリニックにて
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「将吾くんに会ったの? 春がおじさんにもらったって、貨物列車見せてくれたよー」
縁側で貨物列車を走らせて元気よく遊ぶ春を眺めながら、姉の朝香がちゃぶ台の前でひざを折る。
「ありがとう」
と、姉の運んできたお盆から湯呑みを受け取ると、実家へ来る途中に買ってきた和菓子の包みに指をかける。
「先週ね、面会したいって連絡があって」
「ふーん。それで浮かない顔してるの? 面会なんて拒否したらいいのに」
姉はなんでもないことのように言うが、心配してくれているのだろう。和菓子の包みに苦戦する私の顔をのぞき込んでくる目にはいたわりが浮かんでいる。
姉だって後悔してるのかもしれない。私と将吾を引き合わせた張本人だから。
「断ってもいいのかな。いつも悩んじゃって」
「断りにくいなら、私から言おうか?」
将吾と姉は高校時代の先輩後輩。三年生の将吾のいるバスケ部に、一年生の姉がマネージャーとして入部したことがきっかけで知り合った。学年も違うし、特別仲良くしていたわけではなかったようだが、将吾はモテる学生だったから、姉の印象に強く残っていたらしい。
そして、大人になって再会したのが、約4年前。そのとき、私も姉と一緒にいた。
元彼に振られて落ち込む私を、姉が高級ステーキの食べられるレストランへ連れていってくれた。そこで、たまたまひとりでやってきていた将吾に出会った。
将吾も姉を覚えていて、ふたりはすぐに打ち解けあった。それからも、将吾が姉を食事に誘うから、流れでなんとなく私も同席するようになった。そんなふうにして彼との付き合いが始まった。
「それはいいよ。将吾さん、機嫌悪くしそうだし」
「怒ったりするの?」
「怒るっていうか、不機嫌な感じ。春も怖がってるんじゃないかな」
「学年時代はいつも穏やかで、悪い噂なんてなかったし、人当たりのいい爽やか青年だったんだけどねー。春くんが嫌がってるなら、なおさら、会わない方がいいよ」
「だよね……」
「って、羽純もわかってるか。そんなに簡単に結論出せないから悩んでるんだもんね」
うなずいて、姉とともに春へと目を移す。
春はまだ貨物列車をつかんで縁側の端から端まで走って遊んでいる。プレゼント自体はうれしかったのだろう。このところはほかのおもちゃに目もくれず、ずっと貨物列車で遊んでいる。
ようやく、包みから取り出した和菓子を口に運ぶ。口の中に広がる甘さを、温かい緑茶で流し込む。
姉とこうして、甘いものを食べながら、のんびりと過ごす休日が、私の癒しだ。
でも、姉にぶつけられない感情もある。将吾は姉の友人だから、あまり彼を悪く言いたくない気持ちもある。
「羽純、ひとりで泣いたりしてない?」
「なに、突然」
「春くんが、お風呂でママ泣いてるって言ってたから」
「春が? ……ダメだよね、そんな姿見せたら」
春と湯船につかりながら、うっすら泣いてしまう、そんな日もあったかもしれない。
「春くんってさ、すごく優しくて、観察力があるよね。羽純に似てるけど、パパにも似てるのかな?」
「そうかも……」
成長するにつれ、春はどんどん別れた彼に似ていく。彼を思い出さずにはいられなくて、そんなときは胸が痛んで、涙がこぼれる。
「パパ、どこにいるの? 一度、会わせてみてもいいんじゃない?」
「彼は春が生まれたことも知らないから」
「近くに住んでる人なんだよね?」
春の実の父親が誰なのかは、誰にも教えたことがない。両親や姉は相手に伝えるべきだと言ってくれたけど、将吾が話さなくていい、自分の子として育てるからと言ってくれて、彼に甘えてしまった。
将吾との結婚生活はうまくいかなかったけど、別れた彼に春のことを伝えたい気持ちは今もない。春を身ごもってると気づいたのは、彼と別れたあとだったし、産む決心ができたのは、将吾の支えがあったからだ。
彼はもう、私のことなんて忘れてるだろうし、もしかしたら、新しい恋人や家族がいるかもしれない。今さら、あなたの子です、なんて言えるわけがない。
「近くにいても、この4年会えてないんだもん。縁がないんだよ」
「そっか。いつか、春くんのパパのこと、話したくなったら教えてよ。お父さんやお母さんには話しにくいことでも、私なら聞けるからさ」
姉は穏やかにそう言うと、うなずく私の顔色をうかがいながら、さらに慎重な様子で切り出す。
「もし、家族には言いたくないけど、ひとりで抱えきれない気持ちがあるならさ、誰かに聞いてもらわない?」
「誰かって?」
「前に、カウンセリング受けてみたら? って話したじゃない」
「カウンセリングかぁ」
「気持ちが少しでも落ち着くなら、春くんのためにもなると思うよ」
「春のためなら、行ってみてもいいけど……」
あまり気乗りはしないが、春のためと聞けば、気持ちがぐらつく。
「あさがおメンタルクリニックっていうね、新しいクリニックが近くにできたの知ってる?」
ちゃぶ台の上のスマホに手を伸ばしながら、姉は言う。
「あ、うん。知ってる。できたの、最近だよね?」
「駅の方から移転してきて、今は親子で診療してるんだって」
「親子でやるから移転してきたのかな」
「そうみたい。前から通ってるっていう知り合いに話聞いたんだけど、じっくり話聞いてくれる優しい先生らしいよ」
「そうなんだね」
「評判いいらしいよー。しかもね、副院長がイケメン先生なんだって。ちょっと見てみる?」
そう言って、姉はスマホを操作すると、画面をこちらに向けてくる。私は思わず、息を飲み、食い入るように画面を見つめた。
そこに副院長として紹介されている青年は、忘れもしない、私が人生で愛したたった一人の男……芦沢隼人だった。
「将吾くんに会ったの? 春がおじさんにもらったって、貨物列車見せてくれたよー」
縁側で貨物列車を走らせて元気よく遊ぶ春を眺めながら、姉の朝香がちゃぶ台の前でひざを折る。
「ありがとう」
と、姉の運んできたお盆から湯呑みを受け取ると、実家へ来る途中に買ってきた和菓子の包みに指をかける。
「先週ね、面会したいって連絡があって」
「ふーん。それで浮かない顔してるの? 面会なんて拒否したらいいのに」
姉はなんでもないことのように言うが、心配してくれているのだろう。和菓子の包みに苦戦する私の顔をのぞき込んでくる目にはいたわりが浮かんでいる。
姉だって後悔してるのかもしれない。私と将吾を引き合わせた張本人だから。
「断ってもいいのかな。いつも悩んじゃって」
「断りにくいなら、私から言おうか?」
将吾と姉は高校時代の先輩後輩。三年生の将吾のいるバスケ部に、一年生の姉がマネージャーとして入部したことがきっかけで知り合った。学年も違うし、特別仲良くしていたわけではなかったようだが、将吾はモテる学生だったから、姉の印象に強く残っていたらしい。
そして、大人になって再会したのが、約4年前。そのとき、私も姉と一緒にいた。
元彼に振られて落ち込む私を、姉が高級ステーキの食べられるレストランへ連れていってくれた。そこで、たまたまひとりでやってきていた将吾に出会った。
将吾も姉を覚えていて、ふたりはすぐに打ち解けあった。それからも、将吾が姉を食事に誘うから、流れでなんとなく私も同席するようになった。そんなふうにして彼との付き合いが始まった。
「それはいいよ。将吾さん、機嫌悪くしそうだし」
「怒ったりするの?」
「怒るっていうか、不機嫌な感じ。春も怖がってるんじゃないかな」
「学年時代はいつも穏やかで、悪い噂なんてなかったし、人当たりのいい爽やか青年だったんだけどねー。春くんが嫌がってるなら、なおさら、会わない方がいいよ」
「だよね……」
「って、羽純もわかってるか。そんなに簡単に結論出せないから悩んでるんだもんね」
うなずいて、姉とともに春へと目を移す。
春はまだ貨物列車をつかんで縁側の端から端まで走って遊んでいる。プレゼント自体はうれしかったのだろう。このところはほかのおもちゃに目もくれず、ずっと貨物列車で遊んでいる。
ようやく、包みから取り出した和菓子を口に運ぶ。口の中に広がる甘さを、温かい緑茶で流し込む。
姉とこうして、甘いものを食べながら、のんびりと過ごす休日が、私の癒しだ。
でも、姉にぶつけられない感情もある。将吾は姉の友人だから、あまり彼を悪く言いたくない気持ちもある。
「羽純、ひとりで泣いたりしてない?」
「なに、突然」
「春くんが、お風呂でママ泣いてるって言ってたから」
「春が? ……ダメだよね、そんな姿見せたら」
春と湯船につかりながら、うっすら泣いてしまう、そんな日もあったかもしれない。
「春くんってさ、すごく優しくて、観察力があるよね。羽純に似てるけど、パパにも似てるのかな?」
「そうかも……」
成長するにつれ、春はどんどん別れた彼に似ていく。彼を思い出さずにはいられなくて、そんなときは胸が痛んで、涙がこぼれる。
「パパ、どこにいるの? 一度、会わせてみてもいいんじゃない?」
「彼は春が生まれたことも知らないから」
「近くに住んでる人なんだよね?」
春の実の父親が誰なのかは、誰にも教えたことがない。両親や姉は相手に伝えるべきだと言ってくれたけど、将吾が話さなくていい、自分の子として育てるからと言ってくれて、彼に甘えてしまった。
将吾との結婚生活はうまくいかなかったけど、別れた彼に春のことを伝えたい気持ちは今もない。春を身ごもってると気づいたのは、彼と別れたあとだったし、産む決心ができたのは、将吾の支えがあったからだ。
彼はもう、私のことなんて忘れてるだろうし、もしかしたら、新しい恋人や家族がいるかもしれない。今さら、あなたの子です、なんて言えるわけがない。
「近くにいても、この4年会えてないんだもん。縁がないんだよ」
「そっか。いつか、春くんのパパのこと、話したくなったら教えてよ。お父さんやお母さんには話しにくいことでも、私なら聞けるからさ」
姉は穏やかにそう言うと、うなずく私の顔色をうかがいながら、さらに慎重な様子で切り出す。
「もし、家族には言いたくないけど、ひとりで抱えきれない気持ちがあるならさ、誰かに聞いてもらわない?」
「誰かって?」
「前に、カウンセリング受けてみたら? って話したじゃない」
「カウンセリングかぁ」
「気持ちが少しでも落ち着くなら、春くんのためにもなると思うよ」
「春のためなら、行ってみてもいいけど……」
あまり気乗りはしないが、春のためと聞けば、気持ちがぐらつく。
「あさがおメンタルクリニックっていうね、新しいクリニックが近くにできたの知ってる?」
ちゃぶ台の上のスマホに手を伸ばしながら、姉は言う。
「あ、うん。知ってる。できたの、最近だよね?」
「駅の方から移転してきて、今は親子で診療してるんだって」
「親子でやるから移転してきたのかな」
「そうみたい。前から通ってるっていう知り合いに話聞いたんだけど、じっくり話聞いてくれる優しい先生らしいよ」
「そうなんだね」
「評判いいらしいよー。しかもね、副院長がイケメン先生なんだって。ちょっと見てみる?」
そう言って、姉はスマホを操作すると、画面をこちらに向けてくる。私は思わず、息を飲み、食い入るように画面を見つめた。
そこに副院長として紹介されている青年は、忘れもしない、私が人生で愛したたった一人の男……芦沢隼人だった。
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