20 / 52
第一話 早坂さん、黄昏を楽しむ。
20
しおりを挟む黄昏の光がなければ、夜は明けない。そう言ったのは、康代だったか。
穏やかな灯りがあれば、朝が来るのも怖くない。そう言っていたのかもしれないと、店内に並ぶビンテージランプを眺めながら、奈江は思う。
ずっと一人でさみしくないの? と、いつだったか、奈江は康代に聞いたことがある。若い頃はそう思うこともあったわね、と彼女は笑ったが、そんなときに、ランプに出会ったのだろうか。
奈江だって、さみしい日がまったくないわけではない。時々、誰かに会いたくなるときはある。
人恋しい。そんなときは、ランプがあれば、さみしくないだろうか。康代のように生きるのも悪くはない。むしろ、そんな人生を送りたい。そう思う奈江は、店内の端に置かれた、すずらんの形をしたランプの前へと移動する。以前、秋也に見せてもらった無名作家のビンテージランプだ。
「やっぱり、それが気になる?」
奈江がそのランプに関心を向けるのを待っていたみたいに、秋也が声をかけてくる。
「物悲しい感じがするのに凛としてて、なのに可愛いですよね」
「早坂さんみたいだよね」
「私?」
「ひとめぼれだったんだ」
秋也はそうつぶやくと、すずらんのランプを手に取る。
「これを見つけたときも、屋敷の片隅に置かれてたよ。さみしそうにしてるのに、一人でいるのが好きみたいに凛としてた」
「見つけたときって……。猪川さんが買い付けたランプなんですか?」
「そう。唯一、俺が買い付けたランプ。吉沢さんと懇意にしてたビンテージランプのコレクターが亡くなって、ご家族がいくつか譲ってくれるっていうから、遥希の代わりに俺がフランスまで行ってきたんだ」
「そうだったんですね。猪川さんが……」
だから、秋也は以前、すずらんのランプを売ってもいいと言ったのだ。店主の吉沢が買い付けたものではないから。
作業台の上へ、彼はそっと大切そうにランプを置き、灯りをつける。
奈江はかがむと、すずらんのシェードを見つめる。まぶたを伏せている、美しい女性の横顔に見えるからふしぎだ。
「本当に綺麗なランプですね」
「飾らないのに美しい姿って、俺、好きなんだよね」
「ひとめぼれする気持ち、わかります」
奈江もきっと、ひとめぼれだった。店内には、ほかにもたくさん素晴らしい作品があるのに、このランプに心惹かれた。心を揺り動かすものが、このランプにはある。
「少しでも興味があるなら、手に入れたらいいんじゃないか? 俺ならそうする」
「でも、猪川さんだって手放したくないんじゃないですか?」
ひとめぼれしたランプをそんなに簡単に売って大丈夫なのだろうか。後悔しないだろうか。心配する奈江だが、彼は未練のない様子で明るい笑顔を見せる。
「早坂さんがもらってくれるなら、喜んで手放すよ」
物も人の心も、必要なところへ渡り歩いていく。秋也から奈江へ。それは必然だろうか。ランプがこちらへ来たがっているなら、ためらう必要はないだろう。
「大切にしますね」
「毎晩、つけてあげてよ。きっと喜ぶから」
「はい、必ず」
このランプを見てると、大切な人を思い出せる気がする。黄昏色の中に、秋也の笑顔が浮かぶから。ひとりの夜は、このランプがあれば、さみしくないだろう。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
おしゃべりな雑貨店でティータイムを
水城ひさぎ
ライト文芸
「おはなしをしてくれませんか」
雑貨店『お話や』の店主、幸子。
幸子のもとへ、時折、悩みを抱えた客は訪れる。
毒親になりたくないと願う妊婦の女性。
結婚相手に高い理想を求める姉の元恋人。
世界に一つだけのものに魅せられる青年。
いつからか恋も仕事もあきらめた幸子の、下町から始まる恋のものがたり___
マキノのカフェで、ヒトヤスミ ~Café Le Repos~
Repos
ライト文芸
田舎の古民家を改装し、カフェを開いたマキノの奮闘記。
やさしい旦那様と綴る幸せな結婚生活。
試行錯誤しながら少しずつ充実していくお店。
カフェスタッフ達の喜怒哀楽の出来事。
自分自身も迷ったり戸惑ったりいろんなことがあるけれど、
ごはんをおいしく食べることが幸せの原点だとマキノは信じています。
お店の名前は 『Cafe Le Repos』
“Repos”るぽ とは フランス語で『ひとやすみ』という意味。
ここに訪れた人が、ホッと一息ついて、小さな元気の芽が出るように。
それがマキノの願いなのです。
- - - - - - - - - - - -
このお話は、『Café Le Repos ~マキノのカフェ開業奮闘記~』の続きのお話です。
<なろうに投稿したものを、こちらでリライトしています。>
カメラとわたしと自衛官〜不憫なんて言わせない!カメラ女子と自衛官の馴れ初め話〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
「かっこいい……あのボディ。かわいい……そのお尻」ため息を漏らすその視線の先に何がある?
たまたま居合わせたイベント会場で空を仰ぐと、白い煙がお花を描いた。見上げた全員が歓声をあげる。それが自衛隊のイベントとは知らず、気づくとサイン会に巻き込まれて並んでいた。
ひょんな事がきっかけで、カメラにはまる女の子がファインダー越しに見つけた世界。なぜかいつもそこに貴方がいた。恋愛に鈍感でも被写体には敏感です。恋愛よりもカメラが大事! そんか彼女を気長に粘り強く自分のテリトリーに引き込みたい陸上自衛隊員との恋のお話?
※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。
※もちろん、フィクションです。
花に祈り
海乃うに
ライト文芸
森に囲まれたヴィラ・フロレシーダは、すこし離れたところに位置する大きな町ジャルディン・ダ・ライーニャの名家バレット家が管理する静かで美しい村である。ある日その村にエリザベス・バレットというひとりの女性が越してくることになった。バレット家の当主ローズ・バレットの手紙によればエリザベスは療養のため自然の多いところで暮らす必要があるのだという。しかし実際にやってきたエリザベスには病気らしいところは見受けられない。彼女はすこしずつ村人たちと打ち解けヴィラ・フロレシーダでの暮らしを楽しんでいた。
エリザベスの身の回りの世話係には村いちばんの料理上手と言われるアゼリア・メロが選ばれた。アゼリアの料理と優しさに触れるうち、エリザベスはすこしずつ彼女に心を開くようになってゆき、またエリザベスの身の上を知ったアゼリアはなんとか彼女の心に寄り添おうとする。
ある日、アゼリアは春になったら一緒に雪を見ようとエリザベスに持ちかけた。雪の積もらないヴィラ・フロレシーダでそれも春に、ということにエリザベスは首を傾げたが、約束の日アゼリアはエリザベスを連れ出した。目の前に広がる雪景色のあまりの美しさに胸を打たれたエリザベスは、その景色を見せてくれたアゼリアとの出会いに感謝するのだった。
COVERTー隠れ蓑を探してー
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
潜入捜査官である山崎晶(やまざきあきら)は、船舶代理店の営業として生活をしていた。営業と言いながらも、愛想を振りまく事が苦手で、未だエス(情報提供者)の数が少なかった。
ある日、ボスからエスになれそうな女性がいると合コンを秘密裏にセッティングされた。山口夏恋(やまぐちかれん)という女性はよいエスに育つだろうとボスに言われる。彼女をエスにするかはゆっくりと考えればいい。そう思っていた矢先に事件は起きた。
潜入先の会社が手配したコンテナ船の荷物から大量の武器が発見された。追い打ちをかけるように、合コンで知り合った山口夏恋が何者かに連れ去られてしまう。
『もしかしたら、事件は全て繋がっているんじゃないのか!』
山崎は真の身分を隠したまま、事件を解決することができるのか。そして、山口夏恋を無事に救出することはできるのか。偽りで固めた生活に、後ろめたさを抱えながら捜索に疾走する若手潜入捜査官のお話です。
※全てフィクションです。
※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
命の灯火 〜赤と青〜
文月・F・アキオ
ライト文芸
交通事故で亡くなったツキコは、転生してユキコという名前の人生を歩んでいた。前世の記憶を持ちながらも普通の小学生として暮らしていたユキコは、5年生になったある日、担任である園田先生が前世の恋人〝ユキヤ〟であると気付いてしまう。思いがけない再会に戸惑いながらも次第にツキコとして恋に落ちていくユキコ。
6年生になったある日、ついに秘密を打ち明けて、再びユキヤと恋人同士になったユキコ。
だけど運命は残酷で、幸せは長くは続かない。
再び出会えた奇跡に感謝して、最期まで懸命に生き抜くツキコとユキコの物語。
雪町フォトグラフ
涼雨 零音(すずさめ れいん)
ライト文芸
北海道上川郡東川町で暮らす高校生の深雪(みゆき)が写真甲子園の本戦出場を目指して奮闘する物語。
メンバーを集めるのに奔走し、写真の腕を磨くのに精進し、数々の問題に直面し、そのたびに沸き上がる名前のわからない感情に翻弄されながら成長していく姿を瑞々しく描いた青春小説。
※表紙の絵は画家の勅使河原 優さん(@M4Teshigawara)に描いていただきました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる