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猫耳の上司

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 気づくと、アパートのベッドで横になっていた。

 夢……だったんだろうか。
 門堂に残業を頼まれたところからすでに夢で、いつものように缶チューハイ飲みながらドラマ見て、寝入ってしまったのかも。

 変な夢だった。
 猫耳をつけた美青年……つまり、コスプレを趣味とする青年に出会ってしまった。しかも、あまりにも美しい。どこかの雑誌かなんかで紹介されれば人気沸騰間違いなしの青年だ。

 いやいや、私は健全な、お堅いぐらいの男子が好きで、誰もいない夜の路地裏をコスプレして歩く青年は、タイプとかけ離れてる。どんな美青年でも、出会えたからって喜ぶことはないし、夢に見るほど好きなわけじゃない。

 じゃあなんで、あんな夢見たんだろう……。

 ベッドに仰向けになった時、枕もとの目覚まし時計が鳴った。

「あー、結局、ドラマの内容覚えてない」

 ぼやきながら目覚まし時計を止めて、ベッドから降りる。

 部屋の中は普段と変わらず、ほどほどに片付いていた。缶チューハイを飲んだ形跡も、ない。

 洗面所の鏡にうつる私を見て、眉をひそめる。お化粧も落としてないし、服もパジャマに着替えてない。

「夢じゃなかったのかー。まじかー」

 洗面台に手をついてつぶやくが、頭の中は大混乱だ。

 夢じゃなかったのだとしたら、私はどうやってここに帰ってきたんだろう。まさか、猫耳の青年に連れてこられた? だとしたら、アパートの場所まで知られてしまったことになる。

 そうか。自分で帰ってきたんだ。うん、そう。たぶん、そう。絶対、そう! 正常性バイアスの働いた私に、たちまち活力が湧いてくる。

 そうとなったら、さっさと準備してしまおう。シャワーを浴びて、服を着替え、パンと牛乳で朝食を済ませると、私はいつも通りに出社した。

 オフィスの朝は、始業のチャイムが鳴るまでざわついている。普段と何も変わらない光景がある。

 ホッと息をついてデスクに座り、パソコンを立ち上げる。

「昨日はさんざんだったよなー。悪かったな、残業付き合わせて。おかげで助かったよ、美森みもり

 隣のデスクに座った青年が、私に話しかけてくる。目を合わせると、彼はにこっと笑った。背筋がちょっとだけゾッとする。

「門堂係長……?」
「係長? 美森、寝ぼけてんの? 俺、まだ主任……って、美森は主任でもないかぁ」

 わはは、と笑う門堂の嫌さは昨日までと変わらないが、間違いなく彼は係長なはず。

「どういうこと……」

 門堂は眉をひそめると、ネームプレートをご丁寧に見せてくる。確かに、門堂渉主任と書かれている。

「係長は、あっち。忘れたのかよ。忘れてんなら、マジやばいけどな。先月、本社からやってきた、狐坂京こさかきょうだよ」
「こさか、きょう……?」

 聞いたこともない名前だ。
 そう思って、門堂の指差す方を見た私は、ヒュッと変な息をもらしていた。

 いつも門堂が座っている係長の席に、なぜか昨日の青年が座っている。ううん。それは正確じゃない。

 昨夜とは違って、猫耳はないし、髪も短髪。どちらかというと、スーツを着た凛々しい姿は、私のタイプどんぴしゃな好青年風。いやいや、待って。夜になると、あれは猫耳のコスプレして、路地裏を徘徊するのだ。私のタイプでは、断じてない。

 私の視線を感じたのか、不意に狐坂京がこちらを見る。すると彼は、ゆっくりと手をあげ、手招きした。

「美森ましろ、ちょっと話がある。会議室に来てくれ」
「あっ、はいっ!」

 勢いよく立ち上がる私の横で、門堂が「変な仕事押し付けられるなよ」と忠告する。お前が言うか、と心の中で悪態をつきながら、私はオフィスを出ていく京の後を追った。
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