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叶わないけど、幸せです!

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「友晴さん、急に呼び出したりしてごめんなさい」

 急きょ、会って話したいことがあると連絡し、仕事帰りの友晴さんに久宝家の離れへ寄ってもらったのは、いとこおじの正泰さんを銀座で見かけてから、三日後のことだった。

「遅くなっちゃったな」

 申し訳なさそうに後ろ頭に手を当てる友晴さんにコーヒーを淹れると、客間のテーブルを挟んで向かい合う。

 まだ貴彦さんは帰っていない。友晴さんとは別行動で調査を進めているから、今夜も帰りは遅いはずだ。

「貴彦さんから少し話は聞いてるの。友晴さんの調査の方は順調?」

 そう切り出すと、彼は拍子抜けした顔をする。

「なんだ、あのこと知ってるのか。俺は地道に従業員の経歴調べ。ちょっと引っかかる人材はピックアップして、社長に報告してるよ」
「貴彦さんはどんな調査をしてるのかしら」
「さあね。社長はなに考えてるのか、やたらと各部署の人たちと飲み会に出かけたり、あとは調査機関からの報告書を遅くまで読んでるよ。つい先日は、報告書の詳細を説明してもらうためにさ、アナリストと会ってたみたいだしね。報告書の内容は俺にも言わないよ」

 社長に報告してるというから、協力して調査してるのかと思いきや、詳しくは聞かされてないみたい。

「だから、毎晩遅かったのね。ついこの間もね、銀座で弁護士さんと会ってたみたいなの」

 世間話をするように、さらりと言う。

「弁護士って、前言ってた……えーっと」
「安西ゆかりさん」
「そうそう、彼女。へえ、社長、彼女と会ってたんだ? いつ?」
「火曜日よ」
「今週の?」
「そうよ」

 うなずくと、友晴さんはコーヒーに伸ばしかけた手を止める。

「気になることある?」
「あ、いや。たしか、火曜日は……海外事業部の人と飲み会じゃなかったかな」

 そう言いながら、少々、まずいといった顔を彼はする。浮気の疑いを考えたのだろう。

「私もそう聞いてたわ。河山さんって方と、今後の新規事業について話し合うって」
「じゃあ、その席に安西弁護士も同席したってことかな?」
「そんなことある?」
「まあ、考えにくい話ではあるよな」

 もごもごと、彼は口ごもる。

「でしょう? 何かあるのかしら」
「飲み会だって言って、女性と会ってた理由が知りたい?」
「知りたいわ。それとね、もう一つ、気になることがあるの」
「もう一つって?」
「あの日、見たの。正泰おじさんが菊月亭のあるビルに入っていくの。おじさんね、貴彦さんの行動を監視してるみたいだった」
「親父が? ……美奈子も近くにいたのか?」

 気まずい顔をすると、友晴さんは察してくれたみたい。

「社長のあとをつけてたなんて言えないから、俺に連絡してきたんだ?」
「私はただ、河山さんがどんな方か知りたかっただけ。各部署の方たちと平等に飲み会をしてるなんて知らなかったし」

 名前を聞いたのは私だけど、具体的な話をしてくれたのは初めてだったから、逆に何かあるんじゃないかって思ってしまったのはある。

「特別に会うぐらいの社員だから、気になって見に行ったら、女と一緒だったってわけか」
「タイミングが悪いって思ってるんでしょ?」
「まあね。その上、親父が来るなんて思ってなかったんだろうし、美奈子も驚いたよな。でもさ、親父が今回の一件に絡んでたら、俺も絡んでるとは思わなかった?」
「友晴さんが会社の危機を貴彦さんに教えてくれたんじゃない」

 友晴さんは私の味方。直感だけど、そう思えてる。

「乗っ取り計画を企てられてるってことが久宝のおじさんの耳に入って、美奈子が離婚したらいいのにって、俺が計画した可能性もあるだろ?」
「でも、違うでしょ?」
「違うけど、ちょっとは美奈子と結婚したかったなって、まだ思ってるよ」

 茶化すような笑みを浮かべる友晴さんが、優雅にコーヒーを口もとに運ぶ。

 またいとこだから、恋愛対象として意識したことはないし、やっぱり、今でもそんな目で見れない。

「友晴さんは結婚の予定はないの?」
「まったくないね。美奈子の結婚が青天の霹靂すぎて、何も考えられないよ」

 まっすぐに見つめられると困惑してしまう。

 貴彦さんと離縁させられたら、友晴さんとの縁談が持ち上がる可能性はあるのだろうか。彼は私が好きみたいだし、そうなったら、毎晩抱かれるのかな……。正直、考えられない。私は誰でもいいから抱いてもらいたいのではなくて、貴彦さんに抱かれたいのだと思う。

 うつむいたとき、玄関の方で物音がした。

「貴彦さんかしら?」

 そう言って立ち上がったとき、客間のドアが開く。

「久宝くん、来てたのか」

 客間へ踏み込んできた貴彦さんの目は、私を素通りして、友晴さんへと向かう。

「貴彦さん、お帰りなさい。今日も遅くなるとばかり思って」

 腕にそっと触れると、彼は柔らかな笑顔を見せる。

「美奈子に会いたくて、はやく帰って来たんだよ。さみしい思いをさせて悪かったね」
「ううん。友晴さんが来てること、連絡してなくてごめんなさい」
「そうだな。連絡は欲しかったね。で、ふたりで何を?」

 ちくりと嫌味を言われたみたい。気まずくて、私が目配せすると、友晴さんがため息をつく。

「イチノセ乗っ取り計画に、俺の親父が絡んでるんじゃないかって、美奈子が相談してきたんですよ」
「どういうことだ?」

 想像もしてない話だったのか、貴彦さんは面食らったように片方の眉をあげる。

「親父が社長のまわりをかぎ回ってるみたいで」
「本当なのか?」

 友晴さんは申し訳なさそうに肩をすくめる。

「今から美奈子に説明するところだったんですが、俺が親父に話したんですよ、イチノセの内部に裏切り者がいるって。親父もイチノセの株を持ってますからね、関心事ではあるわけです」
「そうだったの? 友晴さん。じゃあ……」

 驚く私に、彼はうなずく。

「親父は関係ないと思う。むしろ、親父が社長をどうして調べてるのかが、俺は気になる」
「正泰さんが調べてるのは、俺じゃないだろう」

 今度は、貴彦さんが驚くことを言う。

「貴彦さんは何か知ってるの?」
「なあ、美奈子。明日から旅行に行こうか」
「旅行?」

 思い切り、話をそらされて、きょとんとする私の髪を、彼はするりとなでる。まるで、友晴さんに夫婦仲の良さを見せつけるみたいに。その実、友晴さんは気まずそうな顔をしている。

「結婚してから、どこにも出かけてないからね。旅館の予約はもう済ませた。温泉もあるし、うまい酒も飲める。久しぶりにゆっくりしようじゃないか」
「いいですけど……、調査の方は?」

 連日、夜遅くに帰宅しているのに、休日なんて取れるのだろうか。心配する私などかまわない様子で、貴彦さんはメモ用紙に何かを書き込むと、友晴さんに差し出す。

「社長、これは?」

 二つ折りにしたメモ用紙を開いた友晴さんが眉をひそめる。

「久宝くん、悪いが、そこにある人物を監視してほしい。それと、正泰さんには、年明けすぐに臨時の株主総会を開くから、安心して待つよう伝えてくれ」
「親父の件はわかりましたけど、監視って……」

 貴彦さんは期待を込めるように、彼の肩にそっと触れる。

「美奈子との旅行を邪魔されては困るからね。しっかり頼むよ」
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