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君を守りたくて
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「私を……疑ってるんですね」
「関係者の女性みなさんにお願いしています。無関係であることを証明するためですよ」
うっすら笑む若村の口ぶりは軽薄だ。不快感を覚えたのは、拓海も同じようで、光莉をかばうように前へと出る。
「任意なんですよね? だったら、お断りします」
「無実である自信がありませんか?」
「無実だから調べる必要もないって言ってるんです」
「少し声を録らせてもらうだけですよ」
「そんなこと言って、取り調べしてあることないこと聞くんだろ? 光莉は松村を心配してここにいるだけで、事件とは関係ない」
拓海は警戒心をあらわにする。
「関係ないと言い切れる自信がおありのようですね」
「拓海、いいよ。私は大丈夫だから」
光莉は彼の腕を引っ張る。声を提供するだけだ。無実なんだから怖がる必要はない。だけれど、拓海の心配もわかる。自分には理乃を殺す動機がある。一度警察へ行けば、簡単に帰してもらえる確証などない。
「ダメだ。……俺、勇気がなくて言えなかったけどさ、そのせいで光莉が嫌な思いするのを見過ごす意気地なしにはなりたくないんだ」
「何言ってるの?」
勇気? 意気地なし? なんの話だろう。
きつ然と背筋を伸ばした拓海は、静かにこちらを見守る若村に言う。
「松村理乃の新しい恋人は俺です」
光莉はひゅっと音を立てて息を飲む。
「本当ですか?」
若村も驚きを隠せない様子で眉をあげる。
「証拠があります。ちょっとリビングに取りに行ってもいいですか?」
「中へ入っても?」
拓海が逃げ出すんじゃないかと警戒したのだろうか。若村はそう尋ねる。
「いいですよ」
リビングへ向かって歩き出す彼の後ろを若村がついていく。光莉もあわてて追いかける。
「どこですか?」
若村が尋ねる。
「テレビラックの引き出しにあります」
「どうぞ、出してください」
拓海はうなずくと、テレビラックの前に座り込み、引き出しを開く。
「あんまり俺に似合わないなって思って、ここに片付けておいたんです。まさか、松村からのプレゼントだなんて思ってなかった」
情けない顔でそう言った拓海は、何かをつかむと立ち上がり、若村へ向かって手を突き出す。
「拓海……、それ」
拓海が持っているのは、ブラックの文字盤の腕時計だった。先日、若村に見せられたカタログに載っていた腕時計に似ている。
若村はスーツの内ポケットからカタログの切り抜きを取り出すと、拓海の手のひらに乗る時計と見比べる。
「酷似していますね」
「松村を殺したのは俺かもしれない」
苦しげに声を押し殺す拓海の腕を無意識につかむ。
「そんなっ、拓海、記憶がないんでしょ? そんなこと言わないでよ」
「松村を殺して、犯した罪に耐えきれずに泥酔して川に落ちたって考えたら、なんだかしっくり来るよな」
「そんなわけない」
否定するのに、情けなさそうに彼はうっすらと笑む。うっかり生き残ってしまったことを後悔してるみたいな顔をするのだ。
「電話をかけた女に心当たりは?」
若村は容赦がない。まるで、拓海が犯人かのような質問をする。
「それはないですよ。交友関係も覚えてない」
「覚えていることは?」
「松村のことも、同僚も、学生時代の友人も、なんにも覚えてない」
「ですが、本田さんのことは覚えておられた?」
拓海は一瞬沈黙し、ひたいに手を当てる。
「俺だって、どうして光莉を覚えてたかなんてわからないです」
「何か意味があるとお考えですか?」
「光莉のことは調べたんでしょう? 俺たちは高校時代に付き合ってた。でも、光莉がアメリカに引っ越したから別れたんです。再会したのは、松村と連絡が取れなくなった光莉がアパートを訪ねてきたからです。俺たちが再会したのはたまたまなんです。偶然がなければ、出会ってもなかった」
拓海の言葉に嘘はない。若村も承知なのか、冷静だった。
「わかりました。署で詳しいお話を聞かせてください。本田さんも、よろしいですか?」
こちらへ若村の視線が向く前に、拓海が間に割り込んでくる。
「光莉は無実です。どうせ、声の照合して、光莉じゃないってわかっても容疑者からは外さないんだろ? だったら、光莉が関わってるって証拠を見つけてからここに来てくださいよ」
「勇ましいですね。では、月島さん、行きましょうか」
半ばあきれたように彼は言うと、玄関ドアの方へ腕を伸ばし、拓海を促す。
「拓海……」
「光莉、ごめんな。しばらく帰れないかもしれないからさ、これ」
拓海は力なく謝ると、ローテーブルの上に無造作に置かれたキーホルダーを差し出してくる。アパートと車の鍵がついている。
「帰れないなんて言わないでよ」
「もしも、だよ。ひまがあったら、カメラの手入れ頼むよ」
切なそうに空笑いする拓海からキーホルダーを受け取ると、胸に抱きしめる。
「大丈夫だよ、すぐ帰れるから。夜ごはん、作って待ってる」
「関係者の女性みなさんにお願いしています。無関係であることを証明するためですよ」
うっすら笑む若村の口ぶりは軽薄だ。不快感を覚えたのは、拓海も同じようで、光莉をかばうように前へと出る。
「任意なんですよね? だったら、お断りします」
「無実である自信がありませんか?」
「無実だから調べる必要もないって言ってるんです」
「少し声を録らせてもらうだけですよ」
「そんなこと言って、取り調べしてあることないこと聞くんだろ? 光莉は松村を心配してここにいるだけで、事件とは関係ない」
拓海は警戒心をあらわにする。
「関係ないと言い切れる自信がおありのようですね」
「拓海、いいよ。私は大丈夫だから」
光莉は彼の腕を引っ張る。声を提供するだけだ。無実なんだから怖がる必要はない。だけれど、拓海の心配もわかる。自分には理乃を殺す動機がある。一度警察へ行けば、簡単に帰してもらえる確証などない。
「ダメだ。……俺、勇気がなくて言えなかったけどさ、そのせいで光莉が嫌な思いするのを見過ごす意気地なしにはなりたくないんだ」
「何言ってるの?」
勇気? 意気地なし? なんの話だろう。
きつ然と背筋を伸ばした拓海は、静かにこちらを見守る若村に言う。
「松村理乃の新しい恋人は俺です」
光莉はひゅっと音を立てて息を飲む。
「本当ですか?」
若村も驚きを隠せない様子で眉をあげる。
「証拠があります。ちょっとリビングに取りに行ってもいいですか?」
「中へ入っても?」
拓海が逃げ出すんじゃないかと警戒したのだろうか。若村はそう尋ねる。
「いいですよ」
リビングへ向かって歩き出す彼の後ろを若村がついていく。光莉もあわてて追いかける。
「どこですか?」
若村が尋ねる。
「テレビラックの引き出しにあります」
「どうぞ、出してください」
拓海はうなずくと、テレビラックの前に座り込み、引き出しを開く。
「あんまり俺に似合わないなって思って、ここに片付けておいたんです。まさか、松村からのプレゼントだなんて思ってなかった」
情けない顔でそう言った拓海は、何かをつかむと立ち上がり、若村へ向かって手を突き出す。
「拓海……、それ」
拓海が持っているのは、ブラックの文字盤の腕時計だった。先日、若村に見せられたカタログに載っていた腕時計に似ている。
若村はスーツの内ポケットからカタログの切り抜きを取り出すと、拓海の手のひらに乗る時計と見比べる。
「酷似していますね」
「松村を殺したのは俺かもしれない」
苦しげに声を押し殺す拓海の腕を無意識につかむ。
「そんなっ、拓海、記憶がないんでしょ? そんなこと言わないでよ」
「松村を殺して、犯した罪に耐えきれずに泥酔して川に落ちたって考えたら、なんだかしっくり来るよな」
「そんなわけない」
否定するのに、情けなさそうに彼はうっすらと笑む。うっかり生き残ってしまったことを後悔してるみたいな顔をするのだ。
「電話をかけた女に心当たりは?」
若村は容赦がない。まるで、拓海が犯人かのような質問をする。
「それはないですよ。交友関係も覚えてない」
「覚えていることは?」
「松村のことも、同僚も、学生時代の友人も、なんにも覚えてない」
「ですが、本田さんのことは覚えておられた?」
拓海は一瞬沈黙し、ひたいに手を当てる。
「俺だって、どうして光莉を覚えてたかなんてわからないです」
「何か意味があるとお考えですか?」
「光莉のことは調べたんでしょう? 俺たちは高校時代に付き合ってた。でも、光莉がアメリカに引っ越したから別れたんです。再会したのは、松村と連絡が取れなくなった光莉がアパートを訪ねてきたからです。俺たちが再会したのはたまたまなんです。偶然がなければ、出会ってもなかった」
拓海の言葉に嘘はない。若村も承知なのか、冷静だった。
「わかりました。署で詳しいお話を聞かせてください。本田さんも、よろしいですか?」
こちらへ若村の視線が向く前に、拓海が間に割り込んでくる。
「光莉は無実です。どうせ、声の照合して、光莉じゃないってわかっても容疑者からは外さないんだろ? だったら、光莉が関わってるって証拠を見つけてからここに来てくださいよ」
「勇ましいですね。では、月島さん、行きましょうか」
半ばあきれたように彼は言うと、玄関ドアの方へ腕を伸ばし、拓海を促す。
「拓海……」
「光莉、ごめんな。しばらく帰れないかもしれないからさ、これ」
拓海は力なく謝ると、ローテーブルの上に無造作に置かれたキーホルダーを差し出してくる。アパートと車の鍵がついている。
「帰れないなんて言わないでよ」
「もしも、だよ。ひまがあったら、カメラの手入れ頼むよ」
切なそうに空笑いする拓海からキーホルダーを受け取ると、胸に抱きしめる。
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