上 下
39 / 75
君を守りたくて

20

しおりを挟む
「私を……疑ってるんですね」
「関係者の女性みなさんにお願いしています。無関係であることを証明するためですよ」

 うっすら笑む若村の口ぶりは軽薄だ。不快感を覚えたのは、拓海も同じようで、光莉をかばうように前へと出る。

「任意なんですよね? だったら、お断りします」
「無実である自信がありませんか?」
「無実だから調べる必要もないって言ってるんです」
「少し声を録らせてもらうだけですよ」
「そんなこと言って、取り調べしてあることないこと聞くんだろ? 光莉は松村を心配してここにいるだけで、事件とは関係ない」

 拓海は警戒心をあらわにする。

「関係ないと言い切れる自信がおありのようですね」
「拓海、いいよ。私は大丈夫だから」

 光莉は彼の腕を引っ張る。声を提供するだけだ。無実なんだから怖がる必要はない。だけれど、拓海の心配もわかる。自分には理乃を殺す動機がある。一度警察へ行けば、簡単に帰してもらえる確証などない。

「ダメだ。……俺、勇気がなくて言えなかったけどさ、そのせいで光莉が嫌な思いするのを見過ごす意気地なしにはなりたくないんだ」
「何言ってるの?」

 勇気? 意気地なし? なんの話だろう。

 きつ然と背筋を伸ばした拓海は、静かにこちらを見守る若村に言う。

「松村理乃の新しい恋人は俺です」

 光莉はひゅっと音を立てて息を飲む。

「本当ですか?」

 若村も驚きを隠せない様子で眉をあげる。

「証拠があります。ちょっとリビングに取りに行ってもいいですか?」
「中へ入っても?」

 拓海が逃げ出すんじゃないかと警戒したのだろうか。若村はそう尋ねる。

「いいですよ」

 リビングへ向かって歩き出す彼の後ろを若村がついていく。光莉もあわてて追いかける。

「どこですか?」

 若村が尋ねる。

「テレビラックの引き出しにあります」
「どうぞ、出してください」

 拓海はうなずくと、テレビラックの前に座り込み、引き出しを開く。

「あんまり俺に似合わないなって思って、ここに片付けておいたんです。まさか、松村からのプレゼントだなんて思ってなかった」

 情けない顔でそう言った拓海は、何かをつかむと立ち上がり、若村へ向かって手を突き出す。

「拓海……、それ」

 拓海が持っているのは、ブラックの文字盤の腕時計だった。先日、若村に見せられたカタログに載っていた腕時計に似ている。

 若村はスーツの内ポケットからカタログの切り抜きを取り出すと、拓海の手のひらに乗る時計と見比べる。

「酷似していますね」
「松村を殺したのは俺かもしれない」

 苦しげに声を押し殺す拓海の腕を無意識につかむ。

「そんなっ、拓海、記憶がないんでしょ? そんなこと言わないでよ」
「松村を殺して、犯した罪に耐えきれずに泥酔して川に落ちたって考えたら、なんだかしっくり来るよな」
「そんなわけない」

 否定するのに、情けなさそうに彼はうっすらと笑む。うっかり生き残ってしまったことを後悔してるみたいな顔をするのだ。

「電話をかけた女に心当たりは?」

 若村は容赦がない。まるで、拓海が犯人かのような質問をする。

「それはないですよ。交友関係も覚えてない」
「覚えていることは?」
「松村のことも、同僚も、学生時代の友人も、なんにも覚えてない」
「ですが、本田さんのことは覚えておられた?」

 拓海は一瞬沈黙し、ひたいに手を当てる。

「俺だって、どうして光莉を覚えてたかなんてわからないです」
「何か意味があるとお考えですか?」
「光莉のことは調べたんでしょう? 俺たちは高校時代に付き合ってた。でも、光莉がアメリカに引っ越したから別れたんです。再会したのは、松村と連絡が取れなくなった光莉がアパートを訪ねてきたからです。俺たちが再会したのはたまたまなんです。偶然がなければ、出会ってもなかった」

 拓海の言葉に嘘はない。若村も承知なのか、冷静だった。

「わかりました。署で詳しいお話を聞かせてください。本田さんも、よろしいですか?」

 こちらへ若村の視線が向く前に、拓海が間に割り込んでくる。

「光莉は無実です。どうせ、声の照合して、光莉じゃないってわかっても容疑者からは外さないんだろ? だったら、光莉が関わってるって証拠を見つけてからここに来てくださいよ」
「勇ましいですね。では、月島さん、行きましょうか」

 半ばあきれたように彼は言うと、玄関ドアの方へ腕を伸ばし、拓海を促す。

「拓海……」
「光莉、ごめんな。しばらく帰れないかもしれないからさ、これ」

 拓海は力なく謝ると、ローテーブルの上に無造作に置かれたキーホルダーを差し出してくる。アパートと車の鍵がついている。

「帰れないなんて言わないでよ」
「もしも、だよ。ひまがあったら、カメラの手入れ頼むよ」

 切なそうに空笑いする拓海からキーホルダーを受け取ると、胸に抱きしめる。

「大丈夫だよ、すぐ帰れるから。夜ごはん、作って待ってる」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

夫が浮気をしたので、子供を連れて離婚し、農園を始める事にしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 10月29日「小説家になろう」日間異世界恋愛ランキング6位 11月2日「小説家になろう」週間異世界恋愛ランキング17位 11月4日「小説家になろう」月間異世界恋愛ランキング78位 11月4日「カクヨム」日間異世界恋愛ランキング71位 完結詐欺と言われても、このチャンスは生かしたいので、第2章を書きます

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

旦那様は私が好きじゃなかった。ただ、それだけ。

天災
恋愛
 旦那様は私なんて好きじゃなかった。

【完】前世で子供が産めなくて悲惨な末路を送ったので、今世では婚約破棄しようとしたら何故か身ごもりました

112
恋愛
前世でマリアは、一人ひっそりと悲惨な最期を迎えた。 なので今度は生き延びるために、婚約破棄を突きつけた。しかし相手のカイルに猛反対され、無理やり床を共にすることに。 前世で子供が出来なかったから、今度も出来ないだろうと思っていたら何故か懐妊し─

届かない手紙

白藤結
恋愛
子爵令嬢のレイチェルはある日、ユリウスという少年と出会う。彼は伯爵令息で、その後二人は婚約をして親しくなるものの――。 ※小説家になろう、カクヨムでも公開中。

人生の全てを捨てた王太子妃

八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。 傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。 だけど本当は・・・ 受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。 ※※※幸せな話とは言い難いです※※※ タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。 ※本編六話+番外編六話の全十二話。 ※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。

処理中です...